ウーゴ・ノエ・ヴァンサン





 空の星々がざわめいている。

 なぜか、そう感じた。


 ウーゴは寝台から降りて窓辺に立ち外を眺めた。


 やはり、何かがおかしい。

 獣も魔物も森の木々も神経をとがらせているようだ。



「ウーゴ、起きているか」


 慌ただしいノックと同時に男が部屋へ入ってくる。


「クライヴ。何があった」

 数刻前に別れた時には整っていたはずの、友人のローズクォーツを思わせる薄桃色の髪が乱れており、何か事件が起きたのだとウーゴは察知した。


「うちの移転塔に不審な者たちが現れ、あっという間に去ったらしい」


 クライヴはアシュフィールド国ハドウィック辺境伯として領内を治めている。


「不審者たち? なぜ捕らえなかった」


 辺境伯の邸宅とは少し離れた場所に辺境伯の騎士団と国の騎士団の合同拠点がある。その敷地内に転移魔法のために作られた塔があるがあくまでも公的な使用に限るという規則があり、軍や国の上層部の承認を得ねば跳べない筈だ。


「構成は騎士十人に女性一人。なんでも、騎士たちは王家の承認印がついた通行証を持っていたらしいが、着くなり馬と馬車も要求された。もちろんこれも指令書は偽造ではなく本物だった」


「なら、何がひっかかる」


 ウーゴは背中にかかる白銀の髪を手櫛で整え、紐で縛りながら問う。


「行き先が聖グレジオ教会。即刻罪人の護送せよと第三王子ジュリアンのサインがでかでかと書かれていたよ。問題はその罪人と思われる女性だ。彼女はおそらく貴族の令嬢。しかし粗末なフードとマントを厳重に被せられて誰なのかわからない。尋ねても機密事項とにべもなかった」


「聖グレジオの修道院へ放り込むにしては、ずいぶんたいそうなことだな」


 王都で問題を起こした令嬢が辺境の修道院送りになるのはそう珍しいことではない。

 政争に巻き込まれた場合も同じく。


 ただ、最も王都から遠いこのハドゥィックへわざわざ魔力と貴重な魔石を大量に消費してまで転移してきたことはかつてないことだとは、他国人のウーゴでも容易に想像がつく。


「だろう。しかし運よくうちのマーティンが騎士たち全員の顔に見覚えがあると言ってきた」


 マーティンはハドゥィックの騎士で、元は王立騎士団に所属していたが、有能にもかかわらず平民出身というだけで冷遇され数年前にこの地へ配属された。

 そこで領内の女性と結婚して王立騎士団を辞し、ハドゥィックの参加に加わった。

 彼には記憶力が人並外れているという特技があり、一度見た人間の顔と情報は忘れない。

 ハドゥィックの騎士には同じような能力の物が数人おり、彼らのおかげで不審者が領内を通過することが激減した。


「それで、そいつらはなんなんだ」


「八人は王立騎士団の王都警備を主にやらされている低位貴族の子息たちであまり素行が良くないためになかなか出世できない奴らだ。そして一人は第三王子の近衛騎士のダニエル・コンデレ。まあそれは想定内だが。最後の一人が妙だ」


 何が、と窓辺に寄りかかり、腕を組んでウーゴは続きを促す。


「ヘイヴァース公爵の騎士、デイヴ・バリー。長年公女エステルの護衛を務めていたはずなのに、なぜ奴が今夜ここにいる?」


 後ろ手に縛られているらしい女性を馬車へ押し込めたのはその男だった。


「考えられるのは、第三王子の婚約者であるエステル嬢を貶めようとした令嬢が罰を受けているのか、あるいは――」


「エステル・ディ・ヘイヴァース公爵令嬢本人か」


 そこへ廊下を全力で走る音と扉を叩く音がし、入室を許可すると騎士が何かを握りしめ駆け込んだ。


「マーティンから急ぎこれが届きました。馬乗り場に落ちていた連れられていた女性の物と思われる装飾品です」


 彼が握りこんでいた布を解くと、中には親指ほどの大きさの精緻な金細工のかけらがあった。


「これは……」


「俺のところで作られたものだな。老彫金師の遺作に似ている。おそらく親が先王へ贈った髪飾りの一部だ」


 ウーゴは金細工のかけらを指でつまみ、燭台の灯りの下でしげしげと見つめて呟く。



 彼の名はウーゴ・ノエ・ヴァンサン。


 ハドウィクと隣接しているローラン国ヴァンサン辺境伯領の元当主である。



「マーティンからの知らせは他にもあるのだろう。詳しく話せ」


 白狼伯爵と呼ばれた男の右目がきらりと金色に瞬いた。




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