探索






「はい。まず、彼らは修道院への道のりの途中に猟師小屋はないかと聞いたそうで、こんな時間に出発するより夜明けを待ってからにしてはどうかとうちの団長が提案したのですが、急ぐからと。不審に思った団長が馬車で通る道にはないと答えました。すると、警備隊の騎士二人が『ま、どうせヤルことは変わらねえ。地べたもなかなかオツなもんだよな』と囁き合っていたそうです」


 聞きつけたマーティンがすぐさま問いただそうとしたが、ダニエル・コンデレが間に入ってごまかし、出立の準備をさせたと言う。


「……なら必ず一度、どこかで止まるな、奴らは」


 クライヴは嫌悪感を露わにしながら考える。

 その女性を好きにして良い、もしくは必ず辱めろと言い渡されていたとしか思えない。


「ポンコツ王子め。とうとうやりやがったな」


 王都に定住している血統主義の貴族たちに比べ、領地に重心を置く辺境伯たちの中で第三王子ジュリアンに対する評価は昔から限りなく低い。

 幼いころは愛らしい外見と確固たる血筋で何をしても許されたが、もう大人だ。

 醜聞どころの騒ぎではない。


「騎士は全員馬上か? それとも見張りの同乗者がいるのか?」


 先を尋ねながらウーゴも軍の駐屯地からどの道を通って向かうか思案した。

 彼は隣国の元領主だが、子どもの頃から互いの領地を行き来し今夜のように客人として長期滞在することが多いため、この周辺の地形は知り尽くしている。

 馬車を走らせることができるルートはそう多くなく、王都から来た騎士たちは全員外部の人間。

 修道院の建物で最も高い尖塔に常に光を放つ魔石がはめ込まれており、それを目指して走らせることができるとしても、彼らはどこで『休憩』をとるつもりか。


「いえ、一頭立ての最も小さな箱馬車で御者も一人、九人は馬に乗りものすごい勢いで走り去ったそうです」


「そうか……。疾走状態なら乗り心地は最悪だろうからな」


 失神させるつもりなのだろう。


「あ、それと。女性のドレスの裾の後ろが少し長めだったそうです。マーティンが言うには、あまりスカートを膨らませてはおらず、表面は限りなく黒に近い濃紺の総レースだったのではないかと」


「夜会用のドレスということか」


 クライヴは顎に拳をあてて思案する。


 膨らみを抑えめでトレーンが長い型は今の流行ではない。

 それに、黒に近いということは。

 先王が最愛の末娘に贈った有名なドレスではないか。


「闇色……『闇夜姫』、エステル・ディ・ヘイヴァース公爵令嬢で間違いない」


 結論付けると、クライヴは窓を開け口元に指をあてて息を強く吹いた。


「ピィィィィ――――」


 彼の口笛が満天の星空の下響き渡る。

 ほどなくして、一羽のフクロウが飛んできてクライヴの腕にとまった。

 クルルと甘えた声で鳴く茶色の頬を指先で優しく撫でつけながら目を覗き込む。


「――――――。行け」


 外に向かって腕を振り上げると、大きな羽を広げ森に向かって飛んだ。

 クライヴは鳥を使役する能力を持ち、様々な種族を偵察に使う。

 今は夜行性のフクロウを呼び、念話で指示を出したのだろう。


「ウーゴ、悪いが先に出て公女を探してくれないか」


「ああ、もちろんそのつもりだ」


 ウーゴは乗馬用上着を着こみ、武具を装着しながら答えた。

 もともとここに滞在している理由は、冬を前に国境をまたいで生息する魔物をクライヴの領地から順に追い込んで狩るためだ。


「俺は王都の家宰からあの馬鹿が何をしたのか聞いてからエイドリアンに連絡する。家の者たちとも話が付いたら追いかけるから、頼んだ」


 エステルの父であるエイドリアン・ヘイヴァース公爵とクライヴ、そしてウーゴは同世代で、昔から気の合う友だ。エステルの事も生まれたときから知っている。


「ああ。とにかくエステル嬢を探す」


 ウーゴはうなずくと、待機していた騎士たちと部屋を出た。



「月は……ようやく出たころ合いか」


 騎士たちに指示を出しそれぞれ散らばったのを見守った後、ウーゴは独り、愛馬にまたがり見晴らしの良い崖上に立つ。


 眼下の森ではちらちらと木々の間に魔石で作られた松明の灯りが見える。

 彼らにはとりあえず修道院と駐屯地を目指しつつ不審者を探してもらうことにした。

 上から眺めた様子ではまだ探し物は見つからないが、確実に森の様子は異常だ。


「これは、魔物たちも余所者をねらうかもしれんな……」


 この領内の夜の森を軽装備で突っ切ろうなどと愚か者のすることだとマーティンたちは忠告したが、聞く耳を持たなかった王都の騎士たち。


 彼らは田舎の騎士を見下し『悪戯』のことで頭がいっぱいときている。

 その油断を魔物たちは確実にかぎつけるに違いない。

 自ら死にに行くようなものだと言う事を理解しているのは馬車の中の公女だけだろう。


「まったく……」


 深く息をついてゆっくりと周辺を見渡した。

 東の空に金色に光る細い月が浮かんでいる。

 あと数日で新月が来るため、このような深夜になってようやく昇ってくれた。

 しかしその光は淡く、公女の髪とドレスは闇に紛れやすい。


「最初から殺すつもりなら……」


 ウーゴは首に下げていた小さな角笛を取り出し唇に当て、強く吹いた。


【――――――】


 犬や狼にしか聞こえない、犬笛。


『……アオ――――――ン、オオウ――――』

『オ――――ン、オオオ――ン』


 森で、崖で、様々な所にいた獣たちが鳴き交わし始める。

 そして。


 ガサガサと白く大きな身体の獣が背後の木々から姿を現した。


 狼の姿をした魔物、フェンリルだった。


 ウーゴは馬から降りて『彼』の頭をゆっくりと撫でる。


「この髪飾りの持ち主である若い女性が十人の男に連れ去られた。恐らく金色の瞳に濃紺の髪。東の、太古の血の匂いがするだろう。彼女をいそぎ、探してもらいたい」


 預かっていた金細工のかけらを掲げるとスンスンと鼻先でしばらく嗅いだ後、尻尾を左右に振った。


「スノウ。全ての眷属に周知してくれ。その女性を保護するためなら男たちは殺して構わないと」


『アオオウ……』


 鼻面をウーゴの頬に摺り寄せ、軽くうなずいた後、ばっと崖下に向かってそれは飛んだ。


 フェンリルの王者、スノウ。

 ウーゴ・ノエ・ヴァンサンを敬愛し、忠実に従う僕。


 彼は、ウーゴの望みをかなえるために風となり、闇深い森を目指した。


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