5 『神の心臓』
「——『結晶の魔術師』ウィレイズが最後に遺した結晶を、叔母さんを殺したあいつは、欲しがってる」
堂々と、そう言い切ったフォズを前に、ツグはその内容に目を見開いた。『結晶の魔術師』、【魔術師】の心臓、今聞かねばならないことは山積みだが、何よりもツグの個人的な理由で確認しなければならないことが一つ。
「——勇者、スティ?」
「ん? うん。あなたもその年齢なら知ってるよね? 勇者スティ」
「いや、知ってはいる、けど……」
多分、ツグとフォズでは知ってる、の内容が違っている。
確かに、異世界では有名だった、と言っていたが、そこまでベターでわかりやすく英雄的な称号を冠しているなどとは思っていなかった。
だが、同時に出てきた名前、ウィレイズは、スティが何度も話題に出した名前である。その度に惚気が入るものだから嫌でも印象に残っていた。
「知ってはいるけど詳しくはない。……スティは、なんで勇者って呼ばれてるんだ?」
「何でって……そりゃ、100年続いた『人亜戦争』の終戦の立役者だからだよ」
ツグの疑問に答えたのはミリアだった。
「7年前かな。勇者スティと【魔術師】ウィレイズ。この2人が、魔王——【
「戦争を終わらせた……確かにあいつ、そんなこと言ってたな」
その話をする時はいつも凄く鬱っぽいテンションなので、相当な苦難と苦労の連続だったことは想像に難くないが。
それに、7年前といえばちょうどツグとスティが出会った頃である。
「スティの、戦争のその後は?」
「…………」
「?」
そう問うと、フォズの表情に一瞬翳りが生じた。
「戦争が終わって少し経った頃。叔母さ……ウィレイズが、魔獣を率いる【悪魔】に殺された、って。あの人は泣きながら私の家族の元に来て何度も頭を下げてた。子供ながらによく覚えてる」
「…………」
「それからは、先代魔王の失踪と同時にとんと行方不明になった。勇者、【魔術師】、魔王……平和の礎が今や全員夢の跡。彼らの末路を知っている人も、今やほとんどいないとか」
「…………なるほど」
なんとなく、事情が見えてきた。
彼女の言う【悪魔】——おそらくは、あの悪魔面の彼から逃れるために、スティはツグたちの世界に逃げ込んだ、ということか。そしておそらく、フォズたちはそのことを知らない。スティが再び、この世界に現れたことも。
何にせよ——僕の友達は、異世界の勇者様だったらしい。
「…………スティは」
それを言うべきか、迷った。フォズとスティは多少の知り合いであるらしいし、「ウィレイズを助ける」と明言したことを伝えれば、フォズの安堵は得られるだろう。
一方で、何か猛烈に嫌な予感もするのだ。7年に渡って、異世界やウィレイズのことについてちょくちょく話を聞かされたツグには、どうにもスティやウィレイズの状況が救いのあるものに見えなかった。根拠が無い話で、自分でもうまく説明できないのだが。
「……いや、なんでもない。話を戻そう。その、あいつが求めてる結晶ってのは何か特別な力とかがあったり?」
言葉を一旦濁して、話を本筋に戻すことにした。話題は、フォズの手に握られた真紅の結晶。宝石と見紛うほどに美しく煌めくそれを見つめながら、フォズは綺麗な眉を寄せた。
「……この結晶自体に特別な力は、ない。叔母さんの魔力が詰まってるだけ。でも叔母さんは『心臓持ち』だから、魔力だけ切り取ったからといって同じ力が使えるわけでもないし。ただの魔力の塊を、【悪魔】がここまで欲しがってる理由はわからない」
「『心臓持ち』?」
「……あなた、どんな秘境の出身?」
「ニホンっていう島国。知らない?」
「知らない。……えっとね」
目を細めてじっとりとした視線を浮かべるフォズが、ため息を吐いて説明を始めた。
「ウェルト神の——え、その表情……この名前も知らないの?」
「世間知らず極めててすいません……とりあえず、一旦先に進んで下さい」
「……ウェルト神による『不老不死』の探求。その過程で生まれた、『
「なんか凄い魔法を使う存在が21人いる、みたいな認識でいい?」
「何個かの心臓はもう無いらしいけど、大体そんな感じ。でも、その特別な魔法は基本的に心臓ありきの能力だから、叔母さんの魔力の塊に過ぎないこの結晶を奪ったところで、叔母さんと同じ力が使えるわけでもないんだよ」
「含んでる魔力量は凄いけど、わざわざここまでするほどの代物でもない、ってことか」
この場合、結晶が持つ唯一の性質は、ウィレイズの魔力である、という一点のみだが、肝心の心臓の力は使えない、という点でその価値も相殺されているように聞こえる。少なくとも、フォズはそう思っているようだった。
「もしかして、この謎空間も心臓の力だったりする?」
「おー、お目が高いね! 厳密には『心臓持ち』の人に力をちょこっと借りてるみたいな感じかな。あたしは普通の魔法すら使えないよ」
杖のような、30センチほどの棒をクルクルと手で弄びながら、ミリアが笑う。すると突然、杖の先端をツグの方に向けて——、
「ばん!」
「うわあっ!?」
閃光が瞬いたかと思えば、次の瞬間、頬を微かな熱気が掠めた。目で追うことすら叶わなかった一撃の出元に目をやると、ミリアの持つ杖の先端が僅かな煙を吹かしている。
「こんな感じで、道具に頼るしかないんだよねえ……だから、家族を真似て自分で魔道具を作ったりしてるんだ! へへ、凄いだろー!」
「凄いのは凄いけど褒めてほしいなら不意打ちはやめてほしかった」
普通に心臓が止まるかと思った。
「まあでも、魔法が使えないのはキミも同じでしょ? 仲良くしようぜ!」
「え?」
「え?」
よく聞こえなかったけど、密かに抱いていた期待が捻じ伏せられた気がする。
「僕、魔法使えないの?」
「違うの? 寝てる間に色々キミの体の様子を調べたけど、『魂』……魔力を処理する機構がなんか変だったから、てっきり使えないもんだと思ってたけど」
「……マジかよ」
ツグが戦闘において無能であることが確定してしまった瞬間かもしれない。
一応、どんな状態かの確認くらいはしておこうと、ツグは口を開いた。
「なんか変、ってのは?」
「なんというか……普通の人って、大気から魔力を取り込んで、エネルギーに変換して魔法を使うんだよね。あたしは取り込むところまでは出来るけど、それの変換処理が出来なくて魔法が使えないの」
「僕もその状態ってことか?」
「うーん…………なんというかねー、キミの体に入った魔力、全部死んでるんだよね」
「……ん?」
「あたしのやってることが『分解』だとしたらキミがやってるのは『抹殺』。あたしは道具を経由すれば体内で分解した魔力を使えるんだけど……キミは跡形も残さず消し去ってるから、体内に魔力を取り込めすらしてないんだよね、あはは」
「あはは」
なんかもう笑えてきたな、とツグは自棄になる直前で、1つの希望に思い当たる。
「体に入ってくる魔力を殺し尽くしてるなら、もしかして僕って魔法食らっても効かなかったりする?」
「そんなことはないんじゃない? 魔力そのものと魔法ってなんかもう別物だし」
「無能ですいませんでした……」
「……まあ、普通の人は魔力を吸い過ぎると体壊しちゃうけど、あなたはそういうの無いかもね」
フォズのフォローが沁みるが、どれだけ取り込もうとしても使えないのでは世話ない。
そう都合のいい話は無いらしい。今のところ、ツグは攻撃手段皆無、防御力人並みのお荷物――――、
「とか考えてそうなキミに、良いものをあげよう!」
と、元気のいい声と共にどさりと、ツグの膝に大きな袋が置かれた。
「さっき言ったでしょ、治療のお礼は体で払って貰うって。この中にはあたし謹製の、キミみたいな特殊事例でも多分使える魔道具を詰めておきました~」
「そこは断言してほしかったけど……良いの? マジで?」
「代わりにキリキリ働いてもらうぜ?」
「仰せのままに……」
で、何すればいいんですかと、ツグが二人の顔を見た。この謎空間はよくわからないが、ここに留まり続けていても何も進展しないことはなんとなくわかる。
すると、フォズが少し得意げな表情で口を開いた。
「詳細は長いから省くけど、この近くで領地を構えてる知り合いがいるの。叔母さんがいなくなってから、私たちが少しだけお世話になってた人。で、その彼女にわかるように合図を出す準備がついさっき完了した」
協力を頼めるあてがある、と聞いて、ツグの胸が弾む。
「おお、つまりそれを出せば助けが来てくれるってこと?」
「そこまで都合の良い話じゃない。――五分後に合図を出して、同時にこの空間を閉じるから、そしたら、その領地まで全力で走って逃げる」
「ゴリ押しだな……了解」
とはいえ、希望があってよかったなと、ツグは内心で安堵する。だが、この森の外の相手にも伝わるような合図ならば――と、ツグの推測を肯定するように、フォズが頷いて話を続けた。
「もちろん合図を出したら【悪魔】にも場所がバレるから、私の魔法とミリアの魔道具でどうにかする。合図を出す前に、魔道具の使い方はミリアに聞いておいて」
「
「……で、一番最後に一番大事な話。多分、結構しんどい戦いだから」
一呼吸置いて、フォズが真剣な眼差しを浮かべる。
「【悪魔】の目的はわからないけど、私にとってこの結晶は、叔母さんの遺品以上の意味は持ってない。危なくなったらこの結晶を放棄して生き残ることに専念するし、あなたも、誰かの命よりも自分の命を考えて。逃げてもいい」
「……いや、それは」
思わず出た呟きに、フォズの視線がツグを捉える。静寂の中、合わせてしまった綺麗な瞳から逃げるように、ツグは顔を少し俯かせた。
ツグの本質が、見抜かれているかのようだった。自己犠牲の上に立つ救助、それをフォズに真っ向から否定されて。でもそれがなくては自分は何も成せないと、他でもないツグ自身が信じている。歪んだ自己肯定だ。
「――だから」
フォズの口が動く。
「――だから、頑張ろう」
しかし、ツグの複雑な感情は、次いでかけられたフォズの言葉の前に霧散した。
「『逃げていい』は本心。でも、そう私に言われた瞬間のあなたは、すごく苦しそうだったから……きっと、それがあなたなんだ。だから、頑張ろう。一緒に。私も何一つ零さないように頑張る。ダメだったら、逃げてまた頑張ればいい。頑張ることと逃げることは、いつでもできる、命の権利だから」
頑張ろう、などと。ひどく曖昧な言葉だ。曖昧なのに、これ以上ないくらいはっきりと、ツグの心に入り込んでくる。
思えば、ここまで真摯に会話してくれたのも、スティ以来だったか。
「……よし」
立ち上がり、軽くストレッチ。謎の快調も微妙に残っていて、体の準備は問題ないようだ。あとは心の準備を決めるだけ。
「ごめん、変な意地見せた。……頑張ろう」
「うん」
「よし!」
そしてそれも、口を開けばもう済んでいた。
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