4 『友達を助けるために』
「僕はツグ。……まあ、全部白状すると、悪魔っぽいお面を付けた不審者に青髪の女の子を探せと言われて森を彷徨っていました。はい。……言われたままに捕まえるつもりは、僕にはなかったけど」
全身の注射を終えて。
今、ツグは僅かに気怠さを感じる体を起こして二人の少女――ミリアとフォズに、自分の置かれた状況を話している。
目隠しと手枷は、ツグの意思でそのままにしている。まずはツグが自らのことを話すから、それで信用するかどうかを判断して欲しい、と。二人は予想通り、悪魔面の彼に心当たりがあるらしかった。
「森を彷徨ってて、アレに会って……」
「で、毒を盛られて逆らえなかったと、なるほどねー。ちなみに、どんな毒を受けたの? あたしは見たことない毒だったから、正直さっき入れた薬が効いてるかどうかあんまり自信が無いんだけど」
「そういう怖いこと言わないでくれ……。いやまあ、毒っていうか、ヨダレだな。あいつが連れてたでっかいカエルの」
「…………」
「…………」
心なしか、二人の少女に物理的に距離を取られた気がする。見えないけど。
「いやでも、飲んだら美味かったし、そんなに有害な物質だとは思わず……」
「…………」
「…………うわ」
急速に、心象の距離までもが離れていくのを感じた。フォズに至っては声が漏れ出ていた。
「そういや僕の服、カエルの唾液にズブズブだったっぽいんだけどこのまま着てて大丈夫?」
「…………多分その唾液、成分だけが肌から生命体の体内へ入っていく性質か、空気中だと勝手に分解される性質のどっちかだから大丈夫。さっきちょっと検査したけど、服の繊維から毒素は一切検出されなかった、というかほぼ真水だった。……でも、やっぱり着替えて」
「うおっと」
フォズが言葉を切ると、ばさり、と頭に何かがかけられた。手繰ってみると、どうやらコートのようなものらしい。フォズの声が降ってくる。
「叔母さんのお下がり。私が着るとぶかぶかだし、ちょうどいいと思う」
「ありがとう……や、身内に貰ったもの得体の知れない男に着せていいのか」
「叔母さんだって身内からの贈り物で得体の知れない男を助けたことあるし」
その贈り物の主は彼女だったのか、フォズは少し拗ねていた。
後で着替えるかと、まあそんな閑話はさておき。
「でも僕が持ってる情報ってそれぐらいだな……。そういえば僕、ここに来るまでに多分、透明になる真っ赤なネコ科っぽいやつに見張られてたんだけど、ここバレてたりしない?」
もしそうだとしたら、ツグは戦闘力も魔法への知識も無いくせに敵に塩を送っただけのゴミクズの極致だ。
だが、そんなツグの不安を払拭するように、ミリアの得意げな笑い声が聞こえてくる。
「ふっふっふ……安心して! ここは絶対安全の隠れ家。どんな魔獣でも、千里眼を持ったという神獣【
「この場所が凄いのは伝わったけど、専門用語が多すぎるな」
リヒタルーチェ、はスティも何度か口にしていた名だ。確か国の名前だったか。
「この空間は、なんというか、世界のヒビ割れみたいなものなんだよね。出入りはできるけど、干渉できない世界の裏側というか。作ったあたしもよくわかってないけど」
「ミリアが作ったのか……よくわからないけど、安全ならよかった」
「そう都合の良いものでもないんだな~、これが。ここからじゃ外の様子も見れないし、正直あたしもフォズも迂闊に外に出れないし。困った困った」
「自分たちから袋小路に突っ込んだような状態なのか。……ん? 僕を拾ったのは? 外の様子は見れないって今言ったよな?」
「あいつの起こした爆発がそろそろ引いたかなって、一瞬だけ外に出て様子を確認しようと思ってさ。そしたらキミが倒れてたわけ」
「なんでそんなリスクを……実際、僕が悪魔面の遣いだってのは半分くらい真実だったわけだし――――待って、今なんて?」
あいつの起こした爆発、と言ったか。
「爆発って、この辺一帯を吹き飛ばしたやつ?」
「そーそー。いきなりかますもんだからびっくりしちゃってさ」
「なんとか逃げられたけど、あれをもう少し近くで撃たれてたら私もミリアも今こんなに元気じゃなかったかも。見たことのない魔法だったし」
「待て待て待て」
悪魔面から聞いていた話と違う。いやまあ、あいつの言うことを全部信用していたわけではないが、彼は爆発のせいで彼女らを逃がし、さらに『友達』をやられて怒っていた。あの苛立ちは本物だったと思う。
ツグがそのことを口早に伝えると、二人は困惑したような声を漏らした。
「えー……。まあ、確かにむしろあの爆発がなかったらそのまま追いかけられて捕まってたかもしれないけど、じゃあ誰が……」
「一応断言するけど、私たちじゃない」
「第三勢力でもいるのかよ……複雑になってきたな」
いたとして、それが彼女らを守ろうとする者なのか悪魔面と目的を同じくする者なのかはわからないが。
「まあでも、僕から出せる情報はひとまずこんなもんかな」
ため息を吐く。これで、彼女らの信用に適っているとありがたいのだが。
数秒間の無言が続き、口火を切ったのはフォズだった。
「じゃあ、最後に1つ」
「何でも聞いてくれ」
「――あなた、なんでこの森にいたの?」
それは、最も根本的な問いだった。それに対して、ツグの答えは単純明快。
ツグが身をよじり、肘をパーカーのポケットに擦りつける。硬く小さな感触がまだそこにあるのを確認して、口を開いた。
「――――
「……そう。わかった」
返しのフォズの声は、心なしか今までで一番弾んでいたような気がする。
次いで手枷が落とされ、目隠しの布が取り払われた。
「ま、向こうが助けを必要としてるかはわからないけどな……。ただ、一人になりたくないってだけの僕のエゴでもある」
「エゴでもいいと思う。自分が幸せになる過程で他の人も幸せにできるなら、それは素敵なこと」
淡い青色の髪を背中まで伸ばした少女――フォズが、微笑みながらそう言った。ツグが先ほど受け取った黒いコートとは反対に、白を基調としたローブを着ている。
「まあそう言われちゃ、信じてやるしかないよなー」
茶髪を後ろで一本に纏めた少女――ミリアが、杖のような道具を手遊びながらにやっと笑う。こちらはフォズと対照的に、足を出した動きやすい格好をしていた。
ツグの拘束を取ったフォズが、そのまま自分の懐をまさぐる。取り出した無骨なコンパクトを開くと、中から取り出されたのは真っ赤な結晶だった。
「これは、私の叔母さんの……言ってしまえば、遺品のようなもの」
「……亡くなられてたのか、叔母さん」
「うん。あの【悪魔】と、その仲間にやられたって。守ってやれなくてすまなかったって、叔母さんの恋人に泣きながら謝られたのは、今でも覚えてる」
「悪魔……」
「あいつの狙いは、この結晶」
燃えるように煌めく深紅の結晶を手に、フォズは言葉を紡ぐ。
「私の叔母さん……【魔術師】の心臓を持つ、世界最強の魔法使いだったひと。勇者スティのパートナー。――『結晶の魔術師』ウィレイズが最後に遺した結晶を、叔母さんを殺したあいつは、欲しがってる」
ツグの知る名前を携えて、フォズはそう敵の目的と自分が守るべき者を明かした。
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