チャプター21

 藤崎と約束してから3日目だった。4人は、真金町の根城で綿密な打ち合わせをしていた。

 怪しいサビれた家屋に気付いてから、4人は交代で監視していた。そこで組立が行われているのは毎日ではなかった。稼働しているのは週2~3回、平日であることが多かった。また、稼働している時間帯は夜中であることも分かっていた。夜中の2時頃には物流トラックがそこを出ていく。その後は数人の見張りだけが残るようだ。

 統制官にはああ言ったが、拳銃組立工場であることは今や明白と言えるので、自分は突入を考えていると、矢上は東原に言った。東原は、的場と滝内それぞれの表情を窺ってから、「分かりました。自分たちも賛成です」と返事した。

 そう決まってから矢上と東原は具体的に計画を議論した。的場と滝内は装備一式を根城に持ち込み一つ一つ確認した。的場たちの装備の確認も済み、おおよその突入計画が決まった時には既に夕方になっていた。

 矢上と東原は、一昨日と昨日は平日であったが、組立工場は稼働していなかったので、金曜の今夜は稼働する可能性が大きいと考え、明朝実行することを決めていた。そして、的場、滝内も交え、明朝の突入計画の全容を説明した。的場と滝内は緊張した面持ちで、一言も漏らすまいと集中して話を聞いていた。

 矢上が言った。

 「俺と的場、リュウさんと滝内の二手に分かれて、ここを2台の車で出発する。午前3時に出発すれば、4時には現場に到着できる。

 防弾チョッキと拳銃ホルダーは予め装着しておき、拳銃には弾丸を込めておく。予備として左ポケットに弾丸を各自10個入れておくこと。現場へ突入する際は、手錠と補じょうをスラックスの後ろポケットに忘れずに入れておくこと。

 4人が1箇所に固まると格好の餌食になる。俺と的場は正面入口から、リュウさんと滝内は裏口からそれぞれ中に突入する。突入の合図は的場から滝内へのワンコール。その指示は俺が出す。

 拳銃は安全ゴムなどの装置は予め外しておくこと。

 犯人が拳銃を構えていたら躊躇なく相手の拳銃を撃ち落とすつもりで発砲しろ。威嚇射撃などは必要ない。感嚇射撃は教科の中の建て前に過ぎない。命は一つしかないと思え。このことを決して忘れるな。

 的場も滝内も初めての経験になるだろうが、動きながらの拳銃発射は、ほとんど命中などしない。俺たちは射撃訓練を何度もやっているんだから、それを思いだせ。拳銃操作には丈けているはずだから、自信を持って突入しよう。

 そして、銃撃戦になるだけでなく、状況によって奴らは他の武器や道具を使って襲ってくる可能性がある。だから、的場は俺から、滝内は東原からなるべく離れないで付いて来い。もし離れてしまったら、それぞれ自分の身を守ることに徹しろ。俺たちを助けようなんて考えなくていい。日頃の訓練を思いだし、相手を捕まえることだけに専念してくれ。

 以上、よろしく頼む。明日は早い。これで解散にしよう」

 そう言い終わって、矢上は外に出た。

 夜空の星屑が輝いていた。的場がそばに来た。緊張しているかと矢上は心配したが、むしろ高揚しているようで、口元に笑みがあった。

 「つれて行くと言ってくれて嬉しかった。ようやく相棒に認められたんだって感じがした」

 と言った。

 「どんなことをしてもお前を、この俺が守るから」

 的場は、

 「うん」

 とだけ言った。

 「寒くないか?」

 そう言った矢上の言葉を、的場は別の意味に受け取り、

 「平気、一緒なら怖くなんかないから」

 と言った。スラックスのポケットに手を突っ込んで佇んでいる矢上の腕を、的場はしっかりと摑んでいた。

 その後、それぞれ根城で軽く休憩した。仮眠しても良いのだか、誰一人寝ようとはしなかった。神経が高ぶっていて眠れないのかも知れない。矢上は瞑想しながら、頭の中で突入のシミュレーションをした。東原は、矢上と立てた計画を何度も思い返していた。的場と滝内は、出来るだけいつもと変わらない様子でいようとしているようだった。

 そうして夜は更けていった。



 トタン屋根の家屋の正面入口前に着いた。2台の車は別々に離れた場所に駐車をしてから、歩いてきた。

 正面入口からぐるっと一周して外周を確認した。建物の裏口側の敷地内に車が1台駐車していた。

 建物内に居るのは5人以下だな、と矢上は言った。外からでは人の気配は分からなかったが、セダンの乗用車がある以上は建物内には人がいると思った方が賢明だろうとも言った。

 計画した通り正面に矢上組、裏口に東原組と分かれて待機した。

 矢上は一次的現場処理班に連絡をした。勿論もちろん、昨日のうちに話はしてあった。

 突入対象の家屋に人が潜んでいるようなので打ち合わせした通り、現場に来てもらいたいと要請した。

 「分かりました。準備は整っています。到着までは30分くらいだと思います」

 と、本日の事案を担当する責任者は返事した。

 的場に滝内へ合図のワンコールをするようにと、矢上が指示した。的場は矢上に向かい、滝内は東原に向かって、ほぼ同時に頷いた。

 「よし、突入する!」

 小声だが、はっきりとした口調で矢上が言った。正面から矢上を先頭に、裏口からは東原を先頭に家屋の中に入って行った。入口のドアはバールを使って簡単に開けることが出来た。

 4人は全員ヘッドライトを付けていた。

 建物内に入った瞬間、どこからか銃声が聞えた。バン、バンと2発だった。突入して直ぐ、矢上は電灯のスイッチを探した。正面入口の右側の壁に複数のスイッチがあった。その全てのスイッチをオンにした。ヘッドライトを消した。的場にも消すように指示し、矢上は銃声が聞えた方向へ、右手に拳銃を把持はじしたまま近付いて行った。

 いきなりバン、バン、バンと今度は3発続けての銃声が聞こえた。瞬間的に矢上は、居るのは3人、それぞれ銃を持っている、5発ずつ撃てるとして15発の弾があり、そのうち既に5発を撃ったと冷静に勘定した。

 銃声のした部屋から3人の男が矢上たちの方に飛び出して来た。

 矢上は冷静かつ速やかに左側へ横移動した。そのまま真っ直ぐ進んでしまうと犯人に近づき過ぎてしまい、いくら下手な奴の弾でも、万に一つ、当たるかも知れないと咄嗟に考えて俊敏に横移動したのだ。立て続けに奴らが撃って来た。バン、バン、バン、バン、バンと5連発だ!

 ここで矢上が銃を1発撃った。こちらも銃を持っていると犯人に知らせるためだった。

 矢上の読みでは、犯人側の残りの弾丸は、あと5発だ。

 矢上たちは、今度はまた右側へと平行移動をした。その動きを察知したかのように、バン、バン、バンと3発の銃声が轟いた。

 よし、残りはあと2発だ。矢上は犯人に向かってまた発砲した。その銃声に煽られて、慌てて犯人側も撃って来た。バン、バンと最後の2発が鳴った。

 その銃声が矢上には、悲しそうに奏でた音に聞えた。

 「リュウさん!弾は3人共撃ってカラになった」

 と矢上は叫んでから、3人の方へ突進して行った。

 それに的場が続き、裏口から突入した東原と滝内は別の方向から同様に突進して行った。

 3人の犯人のうち1人は黒人の大男だった。

 その大男が撃ち終わった拳銃を矢上に向かって投げつけた。

 避けようとした矢上が体勢を崩したとみるや、今度は力づくで背後から羽交い締めにした。もの凄い力だった。

 矢上はかかとで思い切り、右そして左と大男の足の甲を踏みつけた。痛みと驚きで、大男の力が一瞬ゆるんだ。すかさず大男の両腕を矢上が振り払うと、大男はその場から逃げた。

 そして大男は、工場の隅に置いてあった鉄棒を振り回した。ウォーと雄叫びを上げて向かってくるさまは、まるで獣だった。

 鉄棒をぶるぶると振り回しながら大男は、残りの犯人と格闘していた的場と滝内の方へ突進して行った。

 それを見た矢上と東原は大男を目掛けて同時に拳銃を撃った。

 大男は叫び声を上げて鉄棒を床に落とし、その場にうずくまった。

 矢上と東原が駆け寄り、床の上でのたうち回っている大男を捕らえた。弾丸は右腕と左腕と1発ずつ命中していた。

 矢上と東原で大男を鉄柱の前に立たせ、鉄柱を抱かせて両手錠を掛けた。大男は大声でわめきき散らしている。

 他の2人の犯人は、的場と滝内に両手錠を掛けられ、両足を補じょうでぐるぐる巻きに縛られて床に転がっていた。既に戦意は喪失していた。



 家屋の外から数名の捜査員が入って来た。一次的現場処理班だった。

 床に転がっている犯人に、2人の捜査員がボイスレコーダーの録音スイッチを入れて、尋問を始めた。

 尋問で次のようなことが明らかになった。

 ここが紛れもなく、拳銃の組立工場であること、ここの責任者は立原勇治、村田組の舎弟頭しゃていがしらであること、そして江の島ヨットハーバーの船を襲ったのは彼らで、その相手は米山ではなく富岡弥一という人物であること。

 そして富岡弥一は関西の大倉組の舎弟で、この富岡が山手のマンションで米山孝雄をかたった男だということも判明した。この富岡を逮捕すれば、米山の動向は自ずから明らかになる。

 一次的現場処理班の責任者に矢上が次のように説明をした。

 「犯人は3名でいずれも自分たちが逮捕した。この建物が拳銃の組立工場であることに間違いない。犯人3名は全員が銃を持っていて、それぞれ5発の弾丸を全て撃ち尽くした。こちらは自分が3発発砲した。そのうち2発は威嚇のための発砲、もう1発は黒人に向けて発砲し、腕に命中した。東原は1発、黒人に向けて発砲し、腕に命中した。そして手錠4個を使用し、補じょうも使った。

 怪我人は自分たちが撃った弾丸を受けた黒人の大男だけだが、この男を撃った理由は、鉄棒を振り回して他の2名を逮捕しようと格闘していた的場警視と滝内警部に向かって行ったからで、その鉄棒で2人を背後から殴打する危機が迫った状況下だったからだ。なので、やむを得ず自分の判断で拳銃を使用した」

 矢上の説明は簡潔だった。

 責任者が言った。

 「分かりました。後は自分たちが管轄署へ連絡をして引継を致しますので、任せて下さい。お疲れ様でした。お引き取り下さい」

 矢上は言った。

 「自分たちの任務で、彼らに是非とも確認しておかなければならないことがある。立ち会ってもらって構わないので、彼らに尋問しても良いか?」

 「分かりました、どうぞ」

 矢上たち4人と捜査員2人が犯人の前に集まった。矢上が犯人たちに聞いた。

 「大和田幸治を知ってるな?横浜市営地下鉄ブルーラインのセンター北駅に住んでいて、そこから渋谷まで通勤している若い男だ」

 犯人の1人が頷いた。その男に向かって矢上はさらに尋問した。

 「1件目は渋谷駅のホームから突き落として殺害しようとしたこと、2件目はセンター北駅から自宅へ大和田が帰宅する途中に、無灯火の車で轢き殺そうとしたこと。この2件の犯人はお前か?それともお前の仲間か?」

 男の声は小さかった。

 「俺です」

 「誰の差し金だ?」

 しばらくの間、この男は喋ろうとはしなかった。それまで淡々と尋問していた矢上の口調が突然変わった。矢上は声を荒げて追求した。

 「1人で背負うつもりか?お前1人で、この事件(ヤマ)を背負う覚悟があるんだな!」

 打って変わった矢上の尋問に、気おされて男はぼそぼそと答えた。

 「命令されたので」

 「誰にだ!立原勇治か?」

 男は頷き言った。観念したようだった。

 「そうです。立原に、です」

 「殺せ、と命じられたのか?」

 「はい、殺して口を封じろと命令されました」

 「お前1人で実行したのか?」

 矢上の追求はなおも止まらなかった。

 「はい、顔を見られたからには生かしておけねぇだろうと言われて……」

 この男が、大和田を睨んでいた奴だった。

 「1人でやったのか?大和田のマンション(ヤサ)を探し、渋谷のオフィスも1人だけで突き止めたのか?」

 「はい、そいつに顔を見られてから、ずっと見張っていたら1週間後にまた来たので、その時に尾行して、ヤサを知りました。次は自宅で張り込んで(ハリかけて)渋谷のオフィスを突き止めたんです」

 「2件とも殺害する気でやったのか?」

 矢上は詳しく聞きたかった。

 「殺(やら)ないと、刑事さんも知ってるでしょう?半端なくシメられることぐらい」

 それには答えず、矢上は調べの口調を変えて言った。

 「顔を見られたのは、江の島のヨットハーバーで船を襲った日だな」

 「はい、その日の朝方です。海から坂道を上がって来た時に、あの男に顔を見られました。一緒にいた連中は、帽子を被り、マスクをしていたのに、俺は暑くて帽子を脱ぎ、マスクは外してポケットに入れてしまいました」

 「お前の名前は?」

 「さとうはじめです。さとうは普通の佐藤、はじめは横棒のいちです」

 繋がった。点だった真相が線になったと、と矢上は思った。

 後はよろしくお願いします、と言ってから矢上たちはようやく現場を離れた。

 一旦、真金町へ帰ろうと話になったので、根城の合い鍵を東原に渡した。

 「そっちが先に着くかも知れないからな」


 矢上と的場、東原と滝内の組がそれぞれ駐車している場所へと向かって分かれて行った。

 的場は、矢上の横に並んで一緒に歩き出した。少し興奮気味だった。

 「感心したわ!本物の刑事(デカ)さんだって!犯人たちの撃った玉の数を間違えなくカウントして行動していたなんて。それにあんな化け物みたいな大男と渡り合っても引けを取らないんだもん。格好良かった、とっても。わたしも、滝ちゃんも2人に命、助けてもらった、この命、う〜んと大事にすっからね!――何だかレイみたいになっちゃった」

 的場は爽快に「ねぇ、わたしの相棒さん」と笑った。

 「お前も滝内も肝が据わっていた。初めてだっただろう、拳銃発砲の現場は。そんな荒れた現場で、犯人たちに手錠(わっぱ)をはめ、補じょうまで使って逮捕したんだから、驚いたよ。俺の相棒さん」

 矢上と的場が一緒に笑った。

 「ひと眠りたら、藤崎統制館殿に4人雁首を揃えて頭を下げに行かなければならないな。開口一番、親父、何て言うだろか……」

 「せーの」

 的場が音頭を取った。

 「馬鹿もんが!」

 「馬鹿もんが!」

 2人の息はぴったりだった。そして、また2人で笑った。

 薄く霧がかった春の空、潮風が2人を爽やかに撫でていた。

 矢上は奈津子に会いに1人で墓参りに行こう、と決めた。

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