チャプター20
2台の車で大和田幸治が写真撮影をしていた場所へ行った。
八景島シーパラダイス・柴漁港・海の公園・野島公園・平潟湾を一通り車で流した後、それぞれ組に分かれて、矢上と的場はシーパラダイスの方から、東原と滝内は平潟湾の方から徒歩で、付近の場所を丁寧に目に焼き付けていった。
途中、矢上と的場はサビれた屋根とトタンの外壁の家屋を見つけた。廃屋のようにも見えたが、誰かが出入りしているような気配を感じて矢上が言った。
「的場、あれを見ろ」
「あの廃墟みたいな建物?」
「そうだ。何故か妙に気になるんだよ」
「そう?」
「廃墟に見えて、廃墟じゃないというか」
「誰かが寝泊りしているっていう感じ?」
「いや、そういう感じでもない」
「じゃあ、もしかしてここが?」
「まだ分からないが、東原たちにも話して、しばらく監視した方が良いかも知れない」
「分かった」
1時間程調査したところで、向こうから来る東原たちと合流した。
帰ってから互いに報告することにして、それぞれの車に戻り、そのまま4人で真金町の根城に向かうことにした。
真金町への帰路、車の中で的場は矢上が藤崎に提出した写真について尋ねた。
「あの写真、もう2年以上も前に協力者から受け取った物だよ。最近整理して見つけて、その瞬間は驚いたけど、冷静に考えたらこの写真だけではどうにも出来ないと思ってね。俺らが追っている事件と関係しているという裏付けはないし、取り敢えずはそのままファイルの中しまっておこうと思っていたんだ。いずれ何かの疎明資料にでもなればとね亅
「で、それを統制官に出したって訳?亅
「そう、こんな場面で役に立つとはね。瓢箪から駒だった亅
「あきれた。もしもよ、統制官から入手先を聞かれたら、何って答えるつもりだったの?亅
「聡明な人は入手先を聞く訳がない。万が一に尋ねられたら、いくらでも、どうとでも言うことが出来るよ亅
「何故、聡明な人は聞かないのと思うの?亅
「聞けば自分にも責任が生じるからだよ。こんな写真を所持している者は数えきれない程いる、と思う。俺が受け取った相手は協力者だけど、俺も受け取った時には入手先について一切聞かなかったよ。勘違いしないでよな。自分が聡明だなんて言ってるんじゃない。こういうのは幾らでも裏で流出しているんだよ。だからいちいち確認することじゃない、とただそんなふうに思っているだけ亅
「そうなんだ亅
矢上は頷いた。
「刑事の仕事って奥が深いね」
「何度も何度も失敗をして痛い目にあって覚えていくもんだよ。頭じゃなくて体が覚えていくもんだ亅
真金町に戻り、4人で1階のテーブルに座って話をしていたら、散歩に行っていたらしいレイが愛犬と戻って来た。レイが愛大を抱いて的場の傍に来て、
「今日泊まるでしょ?お願い泊まって、ねぇ」
「うん、分かった」
「約束だからね」
と言って、レイは愛犬を抱いたまま2階へ上がって行った。
滝内が的場に、
「あの人、的場先輩のこと、大好きなんですね」
「いつもあんななの、屈託がなくて楽で良いの」
と的場が笑った。
矢上が、
「東原さん、苗字でいちいち呼ぶの面倒だから、 下の名前の龍一から『リュウさん』と呼ばさせもらうけど、いいかな?」
「いえ、自分は呼び捨てで結構ですので」
「よし、決まった。リュウさん、よろしくな」
と矢上が言った。
的場と滝内がひそひそと話をしていた。
「今日は団結式を行います。晩ご飯はここで食べます。これより女性3名で、横浜商店街へ買い物に行って来ます。すき焼きパーティーを予定していまーす」
的場が言うと滝内が手を叩いた。的場はレイを呼んだ。
「レイ!一緒に買物に行くわよ」
「はーい。今、下りてくね」
女性3人は、レイの運転ではしゃいで出て行った。
残った男は2人で話をした。矢上が言った。
「サビだらけの屋根と外壁がトタンの家があったのを見たか?」
「どのあたりですか?」
「柴漁港から海の公園の方にいった所に、あれは空家か?倉庫?または工場として利用しているのではないかと、俺は思ったんだけど」
東原は、気付きませんでしたと言った。
「的場にも話したが、しばらく様子を見るために監視した方がいいと思ってる」
「そうですね。自分も賛成です」
「早速、監視の手順と体制を考えておこう」
「分かりました」
そういって東原が手帳にメモをし始めた。
的場たちが大量の食料品を買って帰ってきた。
箸や取り皿など、滝内が卓上の用意を始め、台所でレイと的場が食材を切るなどの準備をしていた。台所は珍しく静かだった。いつもならレイが元気な調子で一方的に話すのに、今夜は様子が違った。レイの「うん、うん」という声が途切れ途切れに聞こえてくる。
気になった矢上は、酒の用意をしに台所へ来たふりをして、2人の様子を窺った。
「……タッチャンと喧嘩したって、それはレイにも責任があるんじゃない?確かに、レイがヨシ君と仲良すぎるとタッチャンが怒るのもどうかと思うけど。そもそもタッチャンが自分に気があると分かってたでしょ?」
「うん……」
「分かっていて、わたしたちの捜査の手伝いを頼んだりしたんだからさ。でもその関係を壊したくないなら、もう少しレイが気を遣えば良かったと、わたしは思うよ」
「……」
「それとも、タッチャンへの当て付けで、ヨシ君と仲良くして見せたの?」
「違う!」
「じゃあ、誤解させてごめんなさいとレイから謝るか、もう頼りにしないと決めて、タッチャンを便利に遣うのを止めるかのどちらかだと思うよ」
「それしかないの?」
「ちゃんとしなさい。元はと言えば、レイがはっきりしない態度をしてきた結果でしょ?タッチャンに腹が立つとわたしに言ってるだけじゃ、また同じことを繰り返すことになるだけだよ」
「わたし、タッチャン、嫌いじゃない……、でも好きでもない」
「じゃあ、それをタッチャンに言いなさい。自分はタッチャンと友だちでいたいんだと。ヨシ君も友だちだから、タッチャンが怒るようなことをしたつもりじゃないって。その後、どう考えるかはタッチャン次第だよ」
そこへ、食材を取りに来た滝内が2人の会話に参戦した。
「レイちゃん、その彼のこと嫌いじゃないって言いながら、
「レイ、滝ちゃんの言う通りよ。失いたくないなら、自分がちゃんとしなきゃ」
聞き耳を立てていた矢上は、何とも形容し難い気分になっていた。
これまでのレイだったら、トシちゃんの店で愚痴をいい、そこに矢上もいれば慰め、なんならタッチャンに釘を刺す役割を引き受けていただろう。しかし的場は特に慰めることをせず、レイに一人前になれと言っているようだった。
矢上は、まだまだ半人前だと思っていた的場の意外な一面を見て感嘆した。
まるで三姉妹であるかのように、台所の3人は馴染んでいた。
いつの間にこの3人は、こんなに仲良くなったんだろうか。
複雑な表情でテーブルに戻った矢上の様子に気付きもせず、東原は今後の捜査について矢上に意見を求めた。
いつものようにオンザロックを飲みながら、矢上は考えた。
今のままでは遠くから様子を窺うしかないが、いずれにしても今日調査した地が米山絡みの場所であることには間違いはないと矢上は確信していた。
令状でも許可証でも、何かで請求出来ないだろうか?
矢上は思わず天を仰いだ。
それから1週間が経っていた。藤崎統制官から4人一緒に呼ばれた。
1台の車両に4人で乗車して統制官のところへ向かっていた。
運転は東原、助手席には矢上、後部座席には的場と滝内だった。
「統制官の話は、おそらくこれ以上の捜査は所轄に引き継ぎをするように、という話だと思う。けど、事件の頂点でもある拳銃組立工場への突入の段階で、事件を引き継ぐなんて、自分はなんの意味もないと思っている。
所轄への事件の引継とは、被疑者の身柄と証拠品を抱き合わせて、初めて引継が出来るのであって、上から言われるがままにこの段階で引継いだ途端、拳銃組立工場を目の当たりにして怖じ気付きやがって、と揶揄されるのが関の山に決まっている。そんな屈辱だけは俺たち叩き上げの刑事魂が許せるわけがない。そうだよな。リュウさん亅
「はい、その通りです亅
「それに、今回の場合は特に、我々4人が初めてやる事件(ヤマ)だ。しかも拳銃が絡む事件だから、今、捜査中の状況で引継に応じたならば、所轄の奴等らは体を張る所を避けて丸投げしやがって、と思うだろう。そう思われたくないのも勿論だが、むしろ身内である第一次的現場処理班のメンバー全員に、矢上チームは最後まで自分たちの事件をきちんと全うしたということを植え付けることが必要だ、と俺は思うんだよ亅
「はい、自分も同じ気持ちです亅
ハンドルを握り、正面を向いたままで東原が言った。
「私たちも現場につれて行ってくれるわよね?亅
「仲間を外すつもりは毛頭ないよ。だから失敗は絶対に許されない。不退転の気持ちで、4人でスクラムを組んで臨もう亅
同意の気持を込めて、3人は大きく頷いた。
藤崎の話は次の通りだった。
「梃入れしていた警視庁の刑事部長から直接私に電話が入った。米山孝雄の本社の捜索・差押許可状(ガサ状)を執行し、押収した品から数々の証拠品が発見され、改めて粉飾決算の実態が明らかになった。逮捕状の請求をして米山孝雄を全国に指名手配をし、追跡することになった、と。そう、礼を言ってきた。大変貴重な情報を頂いたと恐縮していた。
また、例の半グレとのツーショットの写真も渡してやったら、事件化してやらせてもらいますと、言っていた。組織犯罪処罰法を駆使してやると言っていた。
いずれにせよ、米山孝雄の化けの皮が剥がされたことにより、我々の当初の目的が達成したという訳だ」
組織犯罪処罰法とは、正式名称を組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律と言い、組織ぐるみで犯罪を行なった場合には刑罰を加重するという法律で、会社単位でオレオレ詐欺を行った場合などが該当する。
「待って下さい」
矢上が遮った。そして言った。
「お言葉を返すようですが、拳銃捜査が未解決です。おそらくですが、拳銃を組み立てていると思われる工場のあるエリアが分かっています。その場所だけでも特定したいと思います。もうしばらく内偵捜査を継続させてはいただけないでしょうか?」
「これ以上、危険な捜査を君達に行わせたくはない。この俺の気持ちも少しは汲んでくれ」
藤崎が言った。
矢上は食い下がった。
「危険なことは致しません。その場所もある程度絞り込んできました。ここまでは自分たちでやらせて下さい」
的場が初めて口を挟んだ。
「統制官、わたしたちが無茶はさせませんので、やらさせて下さい」
東原も続いた。
「自分も的場警視と同じ気持です」
「わたしも的場先輩と一緒です」
滝内までもそう言った。
藤崎がため息交じりに言った。
「どうしてもか?」
矢上は断固として答えた。
「はい、どうしてもです」
「
藤崎は疲れたように首を振り、
「1週間だけだぞ、それ以上は一分一秒たりとも駄目だ、それとその場所を見つけたら中には絶対入るな。後は特殊部隊に任せろ、分かったな!」
藤崎の言葉は有り難かった。何より琴線に触れる温もりがあった。本来ならば、一喝されて幕引きの場面でもおかしくないのに、と矢上は思った。
「分かりました。ご無理を言って申し訳ありませんでした」
残り1週間の期限で拳銃の組立工場を押さえなければならない。
捜査を中途で断念すると迷宮入りになる公算が高くなる。迷宮入りとは、犯罪事件で犯人不明のまま捜査を打ち切りにすることである。またはお宮入りとも言うが、矢上はこの事件をお宮入りにだけはしたくないと強く思った。
それに、本音を言えば的場と滝内は外したかった。だから矢上は藤崎の心のうちが痛い程、良く分かっていた。
しかしこの2人は、自分たちを外すな、必ず一緒にとせがんでくる。だとしたら自分と東原で盾となって守ってやるしかないと覚悟を決めた。
あれから内偵を続けているサビだらけのトタン家屋は間遣いなく、拳銃の組立工場だと確信している。
そこに出入する者達のいかにも不自然な動向、頻繁に出入する物流車両、それに見張りとおぼしき男の存在などを勘案すると、限りなく『黒』に近いと矢上は思っていた。
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