チャプター19

 翌日は真金町から4人で、2台の車に分散してJR新橋駅近くのホテルに向かって行った。

 午後4時にホテルの8階の個室を予約していた。

 定刻前に、ドクターと大和田も到着していた。

 早速、それぞれが簡単な挨拶と自己紹介と名刺交換をし、矢上が大和田に尋ねた。

 「既にお聞きかも知れませんが、1件目の殺人未遂容疑と思われる件は、不特定多数の人間がいる場所で起こっていますし、状況を調べるには時間が掛かると判断しました。それよりは2件目の自宅近くで車にかれそうになった件を調べる方が、解決の早道かと思います。

 襲われた日から遡って、だいたいで良いのですが、2週間以内くらいに外出した場所を思い出して頂けないでしょうか?」

 心当たりがあるようで、大和田は即答した。

 「実は、日の出の写真撮影に2回行きました亅

 「その2回は同じ場所ですか。それとも別の場所ですか?亅

 「同じ場所です。もともと金沢区の八景島シーパラダイスや海の公園、それと柴漁港から平潟湾にかけてのこの入り組んだ海岸から日の出を撮影するのが趣味なんです。いつもは撮影ポイントを変えるのですが、今回は2週続けて同じポイントに行きました亅

 矢上の琴線に何かが触れた。金沢区、柴漁港、平潟湾、何かがひっかかる。横須賀に近い港、そんな偶然あるだろうか?

 「もしかしてですが、撮影をしている時に誰かに会ったり、何かを見たりしませんでしたか?亅

 「はい、撮影をしている時に4、5名の男達の集団が、海辺の方から駆け上がって来るのを見ました」

 「どんな連中に見えましたか?」

 「サングラスやマスクをしていて、それに野球帽を被ったりしてまして、怖い感じのする連中に見えましたね」

 「その中で顔を見た者はいませんでしたか?亅

 「えぇ、1人だけ顔をタオルで拭きながら駆けてきた男がいました。その男は私と目が合うと、睨んでいるように見えました。それに、私の前を通り過ぎる時にサングラスとマスク、それに帽子を被り直してからさらに私を見ているようでした亅

 「もう一度見れば分かりますか?亅

 「自信はありません。でも、顔を見れば何となく分かる気がします亅

 「その日がいつだったかは分かりますよね?亅

 「はい、撮影に行った日ですから、画像データに日付が入りますので間違えようがありません。今日、デシタルカメラを持参したので、見て頂くことは出来ます亅

 「分かりました。それとこちらからも見てもらいたい写真がありますので、よろしいでしょうか?亅

 矢上は的場に、米山の写真を見せるようにと指示した。

 「この人は知りません。私が見た男ではありません。この人よりもっと若い男でした亅

 と大和田は答えた。

 4、5人の男たちには親玉がいて、この手下連中に大和田の口封じを指示したのだろう。

 大和田が米山でないとはっきりと否定したことで、矢上はこの連中が、もしかすると米山に敵対する組織の者なのではないかと、強く疑いを抱いた。

 江の島ヨットハーバーの船舶の被害は、米山所有の船であった。米山の船がこのハーバーに係留されていることを知っている者は限られているはずだ。その辺りのことは川上に聞けるだろう。もしかしてそれ以外の何かを川上から聞き出せるかも知れないと思った。

 大和田を襲った犯人と米山孝雄を拉致、または殺害した連中と、大和田を襲った連中が重なる可能性が濃厚ではないか、と矢上は考えた。

 米山の行方が分からないことと、米山所有の船舶が江の島ヨットハーバー以外の何処かで、何者かによって銃撃されたこととは、妙に符合すると矢上には思えた。

 いずれにせよ、この港の何処かに誰にも知られてはならない『エリア』が存在するのではないかと、矢上の仮説は確信へと膨らんでいった。

 その『エリア』とは、米山自身が拉致されているか、殺害されているか、拳銃の取引先場所か、拳銃組立工場のいずれかではないか、と。

 刑事は偶然をそのままでは見過ごさない。なぜそんな偶然があるのかと、まず疑って掛かる。疑った結果、ただの偶然に過ぎないと分かったならば、後は放っておけば良いからだ。

 江の島から葉山、逗子、横須賀それに横浜港の海辺の何処かに、何かしらのヒントか潜んでいる。そして、その鍵は大和田が握っている。

 この目撃情報の地が、米山事件のエリアに違いない。

 そう語る矢上を前にして的場、東原、滝内の3人は、改めて、捜査に対する矢上の鋭敏な感性と超越した先読みの視点に驚かされるばかりであった。

 的場には警察庁の女性キャリアの中での逸話があった。それは藤崎統制官以外の男性職員とは飲食を一緒にとらないと言うものだった。

 その美貌と秀才ぶりから、的場はキャリアの男性職員から誘われることが幾度となくあったが、それに振り向きもしない女性と言われていた。

 その的場が矢上とは食事も共にするし、普段の堅苦しい雰囲気が柔らかくなっていると多くの同僚たちが語っていた。的場が胸襟を開き、真剣に向き合うのは、矢上だけだった。

 東原もまた、矢上の捜査に対する詰めの鮮やかさに、やはりこの人は半端な刑事ではない、と改めて感じていた。

 矢上は大和田に撮影した写真を拝見させてもらいたいとお願いをした。

 大和田は言った。

「はい。大丈夫です。もし画像データが必要でしたら、会社に帰ってからパソコンに取り込んで、メディアに保存したものをお渡しします亅

 矢上は礼を言った。

 「送ります」と矢上が言うと、大和田はやんわりと断った。

 「まだ、オフィスでの仕事が残っています。この時間であれば大丈夫だと思いますので、折角ですが、申し訳ありません亅

 矢上は頷き、そして言った。

 「上司に話をし、大和田さんの保護を掛け合ってきます。速やかにやりますので少しだけお時間を下さい。ともかく人出のない時間帯の一人歩きは、出来る限り避けるように心掛けて下さい亅

 矢上は大和田と携帯電話の番号を交換してから、いつでも結構ですので遠慮なく連絡を下さい、と言った。


 その翌日、午前10時に4人揃って藤崎の前に座った。

 矢上から話をした。

 「或る所から入手した写真とは米山とある男のツーショット写真です。男の方は半グレの頭(かしら)の西山竜二です」

 そう言って、封筒から1枚の写真と1枚の紙を藤崎に手渡しした。

 何も知らされていなかった的場が緊張した面持ちで、矢上と藤崎のやり取りを注視した。的場の様子の変化に気付いた東原と滝内も、わずかに緊張した。

 「成る程、これは強烈だ!住所は?」

 「今、統制官にお渡ししました紙に記載されています」

 「六本木か?」

 「はい、米山の横に西山竜二は、半グレ集団大日本連合会に所属しています」

 半グレとは、暴力団に所属せずに犯罪を行う集団で、堅気とヤクザとの中間的な存在である。「グレ」はぐれている、愚連隊のグレであり、黒でも白でもない中間的な灰色のグレーでもあり、グレーゾーンのグレーでもある。

 矢上は続けた。

 「こいつらがやっているのがオレオレ詐欺やヤミ金融、偽造クレジットカードなど、ネットを利用した数々の詐欺です。最近の犯罪の傾向はネットやIT関連から生まれるケースが増大しています。半グレの西山竜二とITの米山との関係は蜜月関係だと考えて良いと思います。この写真は2人が抜き差しならぬ関係であることのエビデンスと言えると思います」

 藤崎は改めて矢上を見つめてから聞いた。

 「で、その大和田という人物を保護対象者とする理由(わけ)は、何だ?亅

 「江の島のヨットハーバーに係留されていた米山所有の船舶が何者かに使用された、その時に船舶から数か所の弾丸痕が見つかっております。

 保護対象者の男性は横浜市金沢区の平潟湾付近の海の公園で日の出の撮影を行った際、海辺から陸へ上がって来た数名の男たちに出くわしています。その数日後から彼は自宅付近と勤務最寄り駅の渋谷駅構内で命を狙われております亅

 「狙われる具体的な理由は?亅

 「大和田さんは、陸に上がってきた4、5人の集団のうちの1人に睨みつけられたと証言しています。自分の刑事としての勘ですが、その集団が上陸した際の状況を目撃されたことに彼らは相当な危機感を覚えたのだ、と思います。彼らが看過できない程の致命的な何かを亅

 「その致命的になるようなこととは?亅

 「その近くに米山を拉致しているか、殺害しているか、もしくは拳銃の密売場所若もしくは拳銃組立工場があるのでないか、と思われます。自分は米山のマンションから撃鉄の一片が発見されたことから、横浜近くのどこかに組み立て工場があるではないかと睨んでいます亅

 「何!亅

 「だから彼らは躍起になって大和田を殺害しようとしてるんだと思います。これからその周辺を調査しようと思っています亅

 「確信はあるのか?亅

 「自分の勘です亅

 次の瞬間、藤崎は矢上の目をじっと見つめてから、

 「分かった亅

 とだけ言った。

 「大和田さんは大事な証人です。殺されてしまっては元も子もありません。彼を犯人の刃《やいば》から守らなければなりません。彼の住所地を管轄する都筑警察署に保護対象者として頂けるよう、統制官からお願いして頂ければと思います」

 「分かったが、どう言った方法でだ?」

 「大和田さんには普段のまま、つまり今まで通りの生活をしてもらいます。本人が姿を消しては犯人側をおびき出すことは出来ませんので、警戒範囲は自宅マンションと自宅から駅までの間をお願いしてもらいたいです」

 「分かった。簡単でいいから大和田の住所そして警戒要領を書いて持って来てくれ。それで、どこから捜査するつもりだ?」

 「昨日彼に会って話を聞きました。大和田さんが4、5人の集団に遭遇した時の足取り捜査、前足の捜査を重点的にやりたいと考えています。

 彼が行った、金沢八景の海の公園に行けば何かが分かるのではないか、と思っております」

 藤崎は頷いてから言った。

 「神奈川県警察本部の刑事部の責任者に話を通しておく」

 4人一緒に頭を下げた。


 藤崎の所から退席して直ぐに的場がパソコンで、先程の藤崎からの指示内容を打ち始めた。

 印刷したA4の用紙を矢上に差し出した。

 「それでОK。統制官のところへ持って行って」

 矢上は言った。

 「行って来ます」と返事をしてから的場は統制官室へ向かった。

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