チャプター17

 翌日2人で新しい車を警察庁へ取りに行った。藤崎は外出して不在だったが、車は用意してくれていた。

 駐車場から2台の車をそれぞれ運転して、矢上と的場は真金町に帰った。

 東原のところに顔を出したが 、東原は出掛けているとのことだったので、昨日見分に来ていた他の者に礼を言ってから真金町に向かった。

 真金町の家に到着して、新しく用意してもらったフィルター付きの車をシャッター付きの車庫に納めた。家の中にレイの気配は感じられなかった。

 藤崎から連絡がきたので、車の礼を言った後、継続捜査をすると言ってから指示を待ったが、藤崎は、

 「分かった」

とだけ言って電話は終了した。


 午前中のうちに、江の島を管轄する藤沢警察署の刑事課長に電話をしておいた。昨日の江の島ヨットハーバーでの発砲容疑事件を報告し、山手警察署管内の逮捕監禁及び殺人容疑事件で捜査中であることを簡潔に説明した上で、午後から署長に挨拶に伺いたい旨を告げると、刑事課長は署長の予定を確認してから折り返しますと言った。矢上は携帯番号を教えた。

 刑事課長から折り返しをもらい、藤沢警察署の署長室には午後2時に的場と入った。

 署長室には署長、副署長、刑事課長そして地域課長が待っていた。

 それぞれと名刺交換をしてから、矢上は電話で刑事課長に話したことをオウム返しに話した。

 昨日現場に臨場した捜査員は山手警察署でも現場を担当した捜査員と同じ者です、と丁寧に説明を加えた。

 署長が笑顔で言った。

 「わざわざ報告に来て頂きありがとうございます。当署で協力出来ることであれば何なりと遠慮なく言って下さい。刑事課長と地域課長もここに同席させておきましたので」

 矢上と的場と同時に礼を言った。

 矢上が署長にお願いをした。

 「江の島の中で目撃情報の聞き込みをしたいと考えています。江の島で駐在所に寄りますので、協力者の方を紹介して頂ければと、厚かましいお願いなのですが」

 それを聞いた地域課長が一礼をしてから署長室を出た。しばらくして戻って来た。

 「駐在所の勤務員は在所しております。時間を指定して頂けば大丈夫です」

 「ありがとうございます。午後3時頃に向かいます」

 

 藤沢警察署を出てから真っ直ぐにヨットハーバーへ行き、川上と大井川に会った。的場は大井川から簿冊ぼさつの閲覧をさせてもらうために管理事務所に残った。

 矢上はそこから1人で駐在所に向かった。

 駐在所の勤務員は初老の男性だった。

 似顔絵のコピーと米山の手札版の顔写真を手渡した。

 「この者たちの情報を捜しています。こちらの似顔絵の男がポルシェを運転してました。そしてこちらの男は、我々が捜索した米山のマンションに居た男です。これから聞き込みをしたいのですが、駐在さんが把握している島の協力者の方を教えて頂ければと思って来ました」

 駐在は言った。

 「分かりました。ここに書いている人たちは警察に協力的な人たちです。挙げればきりがありませんので、特に、という方々の氏名を書いておきました」

 受け取ったメモには1番から20番まで1人ずつ「氏名」「住所」「電話番号」が記載されていた。おそらく地域課長から連絡を受けてから、用意してくれたのだろうと感謝した。

 駐在所に備え付けの明細地図と照らし合わせて、必要な箇所を数枚コピーしてもらった。

 駐在所の勤務員に礼を言ってから、矢上はメモの1番から順に聞き込みを実施した。

 突然訪れたにも係わらず、駐在から紹介されたと話し、事情を説明すると、誰しもが矢上に対して協力的だった。皆、真剣に考えてくれたが、なかなか有力な情報はなく、皆が申し訳なさそうに矢上を労った。そうして12番目に記載されていた、飲食店『まんぷく亭』に入った。

 店には、恰幅の良い男性が1人で居た。写真と似顔絵を見せたら、的場が描いた似顔絵の男を指さし、

 「この男……この間、見かけた奴かも知れねぇ。先日、直ぐそこの横断歩道を小学生数人が渡ろうとしたら、通りかかった車の運転手が窓を開けて大声で怒鳴ったんだよ。『くそ餓鬼どもが、もたもたしねぇで早く渡れ!』って。あまりにも口汚く怒鳴っていたんで、何事かと店を飛び出して見に行ったんだ。そん時の男に似ているよ」

 と言ってから奥に入って行った。奥から1人の女性をつれて戻って来た。

 「なぁこいつ、この前、子供に大声を出して怒鳴っていた奴じゃねぇか?」

 と言って男性は、矢上から受け取った写真をその女性に見せた。女性は言った。

 「そうそう。大声で怒鳴った奴にとっても似てるよ。あんた、この男が運転していた車のナンバーを家のメモ用紙に書いていたでしょう?」

 「そうだ、後で駐在さんに届けようと思ってな」

 男性は近所だという家に戻り、メモ用紙を持って来て、矢上に渡した。

 「あんまりにもひどい態度だったんですよ。後で駐在さんに連絡しておこうと思ってよ。必死で覚えたんだよ。カミさんと2人で暗記して。俺が『なにわ333』を覚えて、カミさんが下の4つの数字を覚えて、家に戻るまで何度も何度も忘れねぇように繰り返して、戻って直ぐにこのメモ用紙に書いたんだよ。だから間違いはないよ」

 「そうですか。良く分かりました。では、この日はいつだったか分かりますか?」

 夫婦は2人で考えていた。2人が思い出すのを待つ間に、矢上は的場に電話をした。大井川が米山たちを目撃した日がいつだったのかの確認をした。

 的場は言った。

 「2月20日だったそうです。川上専務が人間ドックで休暇を取った日だったのではっきり覚えていたそうです」

 「分かった。それからナンバーが割れた。『なにわ333お8991』だ」と言って、矢上は電話を切った。

 「実はその人物は、別の場所で目撃されているんです。それが2月20日なんですが、もしかするとお二人がこの人物を見たのと、同じ日だった可能性があります。いかがですか?」

 夫婦は考えていた。夫が答えた。

 「そんくらいかも知れないけど、良く分かんねぇな、申し訳ないけど」

 「いえ、ありがとうございました。それから車のナンバーを書いたメモ用紙を頂いてもよろしいですか?」

 「ああ、いいよ、役に立てれば幸いだよ。なぁ」

 夫が女房に言った。女房も頷いていた。

 メモ用紙を任意提出してもらい、そのメモ用紙を領置するという旨の書類を作成した。

 店の夫婦にお礼を言ってから、的場に連絡して、これから管理事務所へ戻るからと伝えた。

 道を下りながら駐在所に寄って、車が判明したことを伝えた。そして駐在所の勤務員から地域課長に連絡をしてもらい、その電話で地域課長にも礼を言った。

 ともかく車のナンバーが判明したことは大きな収穫だった。東原にも一報入れた。

 「先程は留守をしていて、すみませんでした」

 「例の外車のナンバーが割れた。江の島の飲食店の夫婦が教えてくれた。『なにわ333お8991』だ。盗難の有無も視野に入れて所有者照会を頼みます。所有しているのが法人ならフロント企業の可能性についても調べて欲しい。忙しいところ申し訳ない。——まだ江の島だが、何か?」

 東原から相談があるので話を聞いてもらえないか、とのことだった。

 「分かった。じゃ桜木町駅南改札口で。的場と2人で行く」

 ヨットハーバーの管理事務所に戻った。的場も丁度、簿冊の確認が終わったところだった。川上と大井川にお礼を言ってから車を走らせた。

 国道134号線の鎌倉市内の滑川交差点を過ぎた先に海辺のレストランがある。一旦そこに入店した。この店の道路側の窓からは海が見えた。コーヒーを頼んだ。

 「先程、東原から相談があると言われた。横浜なら6時半には行けると話したら、来ると言ってきた。おそらく電話じゃ話しにくかったんだろう、的場と2人で良いか?と言ったら、自分も2人ですと言っていた。待ち合わせ場所はJR根岸線桜木町駅南改札口でとなった」

 「何ですかね?」

 的場が聞いた。

 「想像もつかないな。もしかしたら現場に行きたかったのかな。室(へや)で執務しているような男じゃないからな。会ってからゆっくりと聞いてやろう」

 30分程レストランで時間を調整してから再び車を走らせた。

 なにわナンバーなら大阪だから、捜査することになったら大阪へは何で行くのかと的場が聞いた。車だと大阪まで高速を使って6時間は掛かる。

 「新幹線で新横浜から新大阪まで行った方がはるかに時間短縮になる。車が必要なら新大阪でレンタカーを借りた方が賢明だな。

 それに折角行くんなら旨いものを喰って、大阪見物もしないとな」

 と矢上は笑って言った。

 「そうですよ。大阪は食い道楽でしょう?」

 「車で行ったんじゃ、旨い酒も飲めやしないだろうし」

 「そうですよね」

 そんな話をしている時にドクターから電話だった。矢上はすかさず路肩に車を止め、助手席の的場と席を代わった。

 「キング、米山孝雄に関する情報ですが、どうもずいぶん長いこと都内の本社に顔を出していない、という情報が流れています。さらに噂では、このところ自宅にも帰宅していないということのようでした。何があったのかは定かではありませんが、尋常ではないようです。米山の会社は彼の決裁がないと全ての業務が滞ってしまい、ついには取引先との金銭トラブルも起こってしまっていて、社員たちはてんやわんやしているそうです」

 「分かった。ドクター、今夜会えるかな?亅

 「こっちは何時でも大丈夫です。じゃあ、トシさんの店で待っています亅

 矢上は9時頃には向かうと言って電話を切った。

 「誰から?」

 「ドクターだ。米山の姿が本社にも自宅にもないとの情報を伝えてくれた。米山が横浜のマンションだけでなく、本社にも自宅にもいないとなれば、やはり殺害されたと考える方が自然だろうな」

 何かを考えるかのように前を向いたまま矢上はそう言って、イグニッションキーを的場に手渡しした。

 的場は受け取ると、エンジンを掛け、徐々に加速していった。


 運転を的場に任せて、矢上はトシちゃんにも電話を掛けた。

 「9時頃だって聞いたわ。待ってるね」

 トシちゃんは的場を気に掛けて言った。

 「的場ちゃん、元気してる?」

 「ああ」

 「会うの楽しみにしてるって、言っといてよね」

 「分かった。じゃ後程」

 電話を切って、矢上は的場に言った。

 「トシちゃんがお前は元気してるのか気にしてた。会うのを楽しみにしてるって言っといてね、ってさ。トシちゃんにしたら、すごいリップサービスだよ」

 「マスターが!何だか嬉しい」

 的場が心から嬉しそうに微笑んだ。

 的場の運転もさまになってきたな、と助手席で矢上は1人満足していた。

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