チャプター12

 山手警察署の太田署長と15時に会う約束をしていた。太田には的場と2人で行くことを前もって話してあった。

 5分前に到着し、窓口で声を掛けると、警務係の警察官が、しばらくお待ち下さいと言って、奥に座っている警務課長に話し掛けた。警部である警務課長が近づいて来て、にこやかに署長室まで案内をしてくれた。

 署長室には刑事課長と地域課長がソファに座って待っていた。

 太田署長は立ち上がり、的場と挨拶して名刺交換をした。

 太田は笑顔だった。的場が近付くと刑事課長と地域課長も立ち上がり名刺交換をしてから再び腰を下ろした。

 矢上が話し出した。

 「お忙しいところをありがとうございます。ご存じの通り、米山孝雄は別人でした。その米山とかたった男の似顔絵の作成と巡回連絡カードからの指紋採取、それに不審車両の調査についてお願いに伺いました」

 太田が、

 「矢上、事件性としての確率は、どのくらいだと踏んでいるんだ?本音を聞かせてくれ」

 と詰め寄った。

 矢上は答えた。

「あくまでも自分の推測ですが、おそらく室内は既にもぬけの殻だと思っています。巡回連絡に行った時、米山は室内で緊縛され、猿ぐつわをはめられていたと考えています。チャイムが鳴り、室内のドアスコープから見た犯人の1人が、表に立っている警察官の姿を見て驚き、首謀者に告げた。首謀者は考えてから自分が警察官に対応しようと決めた。この急場を凌がなければと必死だったと思います。米山になりすました男は、米山の身上を空で言えるように暗記はしていたと思います。犯人の首謀者は藤四郎とうしろなんかじゃないプロの殺し屋だと思います。しかしいつまでもここにいては危険だと思い、早く米山ともども退散することだけを考え隙を窺っていて、逃走の際はワンボックスタイプの車で逃走を図っただろうと思います」

 太田は腕組みをしたままで聞いていた。

 「ここにはいないと思っているんだな?」

 「はい、そうです」

 太田は続けて聞いた。

 「この話、勿論もちろん、上席には話してあるんだろう?」

 「はい、話をしてあります」

 「警察庁(サッチョウ)の御歴々が相手じゃ、こんな田舎のチンピラ署長なんかの拒否権なんざ、通る訳ないしな、矢上よ」

 太田は苦笑いをした。

 「だから、自分は署長にお願いに参りました」

 「つまり、うちで米山を騙った男の似顔絵の作成、巡回連絡カードからの指紋採取、それに不審車両の聞き込み、だな 」

 「はい、お願いします」

 矢上、そして 的場も一緒にこうべを垂れた。

 「それで、お前が俺にしてくれる代償は?」

 「私と的場が上司から下命されたことは、米山に関する情報の調査です。これらに係ることが主で、その後どのような展開になっても米山以外については指示を受けてはいません。つまり米山以外の犯人の出現の逮捕行為は任務外と理解しています」

 「じゃ何か、これが捜査本部(ちょうば)事件として開設されたら、イニシアチブは、うちにもらえると言うことか?」

 「約束は出来ませんが、事件の端緒として先に着手すれば捜査本部事件の開設を山手警察署がすることは可能だと思います。そうなるように的場と2人で努力しようと思います」

 署長は矢上を見た。

 「お前の勘で良い。事件としての可能性は?」

 「確率は高いと考えています。米山は何らかのトラブルで殺害されていると思います。

 江の島と横浜港の間には横須賀があります。横須賀にはいくつもの港や湾があります。米山の素性を調査する下命を受けた時、薬物密売に係わっているとの情報があり、船を使えば訳なくぶつを隠すのも運ぶのも好都合だと閃きました。

 米山は小型船舶操縦免許証を取得していて、江の島ヨットハーバーに自分所有の船を係留しています。船を使って仕事をするとすれば横浜にマンションを購入したことも理解できます。

 ところが、その取引で相手組織と何らかのトラブルが生じた。おそらくそれは取分を巡ってのトラブルだと、自分は考えています。相手組織は、プロの殺し屋を雇って米山のマンションに侵入させ、米山を脅した。その最中に警察官が来た」

 太田が聞いた。

 「ぶつとは何だと思っている?」

 矢上は答えた。

 「薬物、もしかして 拳銃の可能性もあるかと思います」

 太田は頷き、そして言った。

 「進捗状況を教えてくれよな?」 

 「分かりました」

 「米山の生存率は?」

 「限りなくゼロだと思います」

 「捜索・差押・許可状(ガサ状)はこちらで請求しなくても良いのか?」

 矢上は即答した。

 「自分達で、横浜地方裁判所に請求します」

 「分かった。お前とは昔馴染みだし、お前の仕事の進め方も良く知っている」

 そう言ってから太田は、刑事課長と地域課長に向かって言った。

 「山本課長、野尻課長、協力してやってくれ」

 課長2人はそれぞれ「分かりました」と答えた。太田はさらに重ねて2人の課長に 「頼んだぞ」と念を押した 。

 「ところで矢上、娘さんいくつになった?」

 「13歳です。中学1年生です」

 「子供の成長は早いな。俺も間もなくお爺ちゃんになる。年を取ったな」

 と言って、太田が照れ笑いをした。つられて皆が笑った 。


 矢上と的場は取り敢えず真金町に戻ることにした 。

 真金町の家に入るとレイが的場に抱き付いて来た。

 「ねぇ、ねぇ、用心棒決まったよ!シェパードの雄犬。メグ、名前考えて!」

 「う~ん、2人で考えよ」

 「今日、泊まってって。お願い、ワンちゃんについて相談したいこともあるからさ」

 「分かったわ」

 それからはずっとレイが話をしていて、的場はただ優しく返事をしていた。

 レイと的場は2人だけの世界に入っていた。

 「俺、帰るから」と矢上は言ってきびすを返した。


 数日後、藤崎に呼ばれ、統制官の部屋で矢上と的場と3人の打ち合わせをしていた。藤崎が次のように話した。

 「米山が自宅にも会社にも姿が見られないらしい。会社は厳しくその事に箝口令かんこうれいを敷いているとの話だが、米山の会社では、独裁経営だから彼がいないと機能しないと言ってたな。だから至る所でほころびが出てきていると言っていた。ガサ状をまずマンションから取ろう。いずれは会社や自宅もガサ状を取るようになるだろうが。ガサ状の名目は拉致・誘拐及び殺人容疑で良いだろう」

 矢上も的場も頷いた。矢上が言った。

 「これから令状を作成して、明日午前中に横浜地方裁判所に請求に行きます。捜索・差押(ガサ)の執行は令状が許可になり次第、明日中に実施したいと思います。ガサの執行は、的場とやりたいと思います。現場の作業は一次的現場処理班に任せます。自分も的場も現場に入ります。立会人はマンションの管理人にお願いします」

 「よし分かった。現場指揮はお前たちに任せる」  

 藤崎はそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る