第4話 死神の世界
雪乃の話をまとめると、この世界には何百人、下手すると何千人もの死神がいるらしい。いや死神というのは正式な呼び名ではないらしいんだけど、一言で言うと人間の世界の生死を管理する存在。それぞれの死神には担当する人間たちがいて、死の運命が近付いた人の魂を霊界に導くのだという。
「……意味分かんない」
「いや分からないと思うよ?私だって生きてた頃にこんな話聞いても、絶対に理解できなかったと思うし」
「で、雪乃が私のこと助けたってどういうこと?」
「もともと唯奈の魂を管理していたのは別の死神だったのね。でも私はちょっと――まあある事情があって唯奈のことを知ってたんだけど、それで唯奈が死ぬ運命にあるって分かったときに、直感でまだ死んでほしくないって思ったの。それで唯奈の魂の管理権をそいつから"奪った"。だから唯奈がいつ死ぬかは私の思い通りってわけ」
ちなみにこの紙は、事故の時に唯奈も死ぬはずだったから上から配布されたやつ。そう言って雪乃が取り出したのは、最初に見せてきたあの半透明の紙だった。触ってもいいと言われたから恐る恐る触れてみたけれど、やっぱり気味が悪い。
「その……管理権ってのは簡単に奪えるものなの?」
「奪うこと自体はまあ。ただ死神界のルールで、人の管理を奪ったり、決められた運命を曲げたりすることは禁止にされてる。だから実は今謹慎処分中なんだよね」
そう言うわりには楽しそうというか、あまり反省していないように見えるけど。まあ死神の世界にも色々あるんだろう。
「……って、雪乃の思い通りってことは、この間倒れたのはやっぱり雪乃のせい?」
「いやあれはただの過労だよ。お医者さんにも言われたでしょ?だけどまあ唯奈に少しは休んで欲しかったから、ちょっとだけ私が操作させてもらったけどね」
入院するなんてちょっとだけってレベルじゃないでしょ、絶対。それにしたって自分の身体のこと勝手にいじられるのって、気分が悪いというか怖い。
そんなことを思っていると怖い顔になっていたらしくて、雪乃がごめんねと申し訳なさそうな表情で謝ってきた。けれど実際に休めたことは休めたから、責める気にもなれず私は首を振った。
高校を卒業して以来、叔母さんの助けがあったとはいえ、右も左も分からないまま花屋を経営してきたのだ。休む暇なんてほとんどなくて、正直自分でも疲れていることは分かっていたから。
「あ、ちなみにターゲットの人間から目を離しちゃいけないっていうのも嘘ね。ある程度は見張っておく必要はあるけど、こんなに傍にいる必要はない。というか普通なら姿も見せないし」
「え、じゃあなんでわざわざ私の前に現れたの?」
「謹慎処分中で暇なのと、唯奈のことが好きだから」
恍惚とした表情を浮かべる雪乃からそっと目を逸らすと、無視しないでよと頬を掴まれる。だってどう対処したらいいか分からないんだもん、しょうがないじゃん。
正直言って雪乃のことは嫌いじゃない。別に抱き着かれてもさっきみたいにキスをしたって嫌じゃない。けれど人生でこれだけの好意を真正面からぶつけられたことが無かったから、どうすればいいか分からないだけ。
「ねえ、唯奈は私のこと好き?」
「……好きって言ったらどうなるの?死ぬの、私」
「いやまだ死なないよ。私は死神としての力は使えるけど、魂を霊界に導く力には制限が掛けられてるから。だから私の謹慎処分が終わるまで、唯奈は死なないの。好きって言ってくれたら、単純に私が嬉しいだけ」
そう答えた雪乃の表情は、ただの恋する女の子の色をしていた。その顔を見て思わず可愛いと思ってしまった自分に腹が立つ。雪乃は見た目こそ美少女だけれど、中身は生意気だし意地悪だし、何より死神だ。そんな相手にときめいてしまった自分が許せなくて、悔しくて。
「別に私好きじゃない人ともキスできるし寝れるし」
「ねえ、もうなんでそんなこと言うの!私のこと好きなんでしょ、唯奈ちゃん?」
「好きじゃないってば!……雪乃は何で私のことがそんなに好きなの?」
「言ったでしょ、人を好きになるのに理由なんて無いって」
不貞腐れたように雪乃が答えたのは前と同じ理由。でも心なしか少し曇った表情に、それだけじゃないんじゃないかと勘繰ってしまう。
「いや他にも絶対何かあるでしょ」
「……それはまた今度ね」
雪乃はぎこちない笑みを浮かべて立ち上がった。私の頭をぽんぽん撫でると、お風呂沸かしてくる、と廊下の方へ歩いて行く。誤魔化されたみたいで癪だったけれど、それ以上何を追求することもできず、私は再びスマホの画面に目を落とした。
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