第3話 キス一回で、質問一つ
私が退院してから二週間が経った。私はまだ死んでいなくて、何故か雪乃は私の店の手伝いをしてくれている。
雪乃曰く、死神はターゲットの人間から目を離してはいけないそうで、だから私の側にずっといるらしい。
他の人からも普通の人間に見えるという彼女は、既に常連さんには定着した存在だ。正直言って、たまに叔母さんに手伝いに来てもらってなんとか店を回していたものだから、雪乃が働いてくれること自体はとてもありがたかった。
それに、営業外でも相変わらず美味しいご飯を作ってくれたり、家の掃除もしてくれたりと、QOLは前よりも格段に上がった。ただ、ベッドに潜り込んできて寝顔を観察されたり、過度なスキンシップを受けなければならないというのは難点かもしれない。
今日はお店は定休日だったから、買い出しに行った後はスマホを見ながらゴロゴロとしていた。今日も今日とて、雪乃は当然のように私に抱き付いていて、時々耳や首にキスを落としてくる。
「雪乃、ちょっと」
「ん?」
「やめてってば……」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし。ずっとスマホ見てる唯奈が悪い」
かまちょな彼女かよ。そうツッコミたいのをぐっと堪えて、雪乃に向き直る。下手に彼女の機嫌を損ねて労働要員を無くしても惜しいし、何より一応私は雪乃に命を握られている状態なのだ。
「ねえ、」
「なに?」
「私っていつ死ぬの?」
「……知りたい?」
「そりゃあ、まあ」
雪乃はしばらく黙ったままだった。その沈黙が怖くて、彼女の表情を見ようと顔を上げたけれど、逆光になっていてよく見えない。
「じゃあキス一回につき、一個質問に答えてあげる」
しばらく時間が経って、ようやく彼女が発した言葉に私は耳を疑った。けれども雪乃は本気なようで、もちろん口にね?と楽しそうに言っている。
「……それじゃあ聞かなくていいや」
「なんでよ!自分の死期くらい知りたいでしょ、普通」
「だって分からないのが普通だし、その対価がキスってちょっと……」
私が渋る様子を見て彼女は少し考える素振りを見せたあと、じゃあ頬っぺたでいいよ、と妥協案を出してきた。いやだから妥協になってないって。
「ほら唯奈さーん、聞きたいことはたくさんあるんでしょ?」
「……ああ、もう分かったよ」
腕をつついてきたり、耳を引っ張ったり、普通にしつこくて諦めて目を瞑ると、私は雪乃の頬に唇を寄せた。本当に一瞬――冗談抜きでコンマ1秒くらい――だったけれど満足したようで、彼女はだらしない笑みを浮かべながら口を開いた。
「唯奈は本当はもっと早く死ぬはずだったの」
「え?」
「唯奈の両親が交通事故で死んだとき、唯奈だけ奇跡的に助かったでしょ?それは私が守ってあげてたから」
表情と発言の温度差が違い過ぎて、初めは雪乃の言っていることが理解できなかった。守ったって、死神が人を死から救うことなんてあるの?というか死って操作できちゃうことなの?
混乱している私の表情を見て、雪乃は楽しそうに笑った。その顔にはもっと知りたい?と書かれてあるような気がする。
「唯奈の考えてることは、多分何個も質問に答えなきゃ解決しないんだよね」
「……そう、でしょうね?」
「でも私、唯奈がしてくれないと答えられないからさ」
雪乃は人差し指を唇に当て、また悪戯っぽく笑った。唇にしたら全部答えてくれるってことらしい。はああ、と私の口から特大のため息が漏れた。けれどやっぱり好奇心には勝てなくて、雪乃の顎を掴んだ。
やられっぱなしは性に合わない。わざとぎりぎりまで目を合わせてゆっくり口付けると、顔を離した雪乃は真っ赤に頬を染めていた。自分から言い出したくせに慣れていないからなのか何なのか、視線を彷徨わせて照れている。その様子に私まで恥ずかしくなってしまって、早く続き、とぶっきらぼうに急かした。
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