倍速視聴文化

 なんでもいいから何かをやりとげると、何かしらの知見を得ることができる。それがたとえ素人の域だとしても。


 去年カクヨムコン7に参加して、はじめて12万文字のコージーミステリの小説を書いた。

 長い物語を書くというのははじめてだったけれど、物語を編んでいく中で登場人物たちのエピソードが積み重なり、たった一言の言葉でも、その人物の人物像とピタリとシンクロすれば深くて重い一撃になることがわかった。

 

 ミステリを書くと、ミステリの見方も少し変わる。昔はミステリーのトリックにどきどきしたり、推理したりしていた。ただミステリーを書いた後は物語の始まり方、膨らまし方に目がいくようになった。と同時に、トリック自体はそう大したことではないものも多いなあと感じるようになった。


 本格ミステリとは違い、コージーミステリの探偵役は素人探偵。しかも肝心の謎は多種多様で小さい。なんで解かなきゃならないのか、そこからどう小さな謎の、大きな渦の中へ引き込むのか。その展開を読むのがまことに面白い。


 物語を公開して、一年。PVを見ると連続短編集の中で3話目ぐらいはかなり少ないのに対して、短編集の結末は伸びていた。これは結末トリックだけ読んでくれている読者様が多いということ。もちろんどう読んでいただいても構わないのだが、結末だけ知りたいっていう人も一定数いらっしゃるのだなということを知った。



 『映画を早送りで見る人たち』(稲田豊史著)という一風変わったタイトルの新書を読んだ。


 俳優が解釈して導き出した会話の間だったり、何か心情を暗示させるような風景だったり、言葉にならないようなことが映画は“時間”によって表現されている。それらを吹っ飛ばして、最近の人たちは早送りで視聴しているらしい。タイトルと試し読みを読んで、そういえば結末だけ読んでる人多かったなということを思い出して読むことにした。

 

 まず世の中にはコンテンツが有り余るほどあるのだ。それはカクヨムで溺れるわたしもよくわかる。読みきれないのだ。


 そして、みんなの話に乗っていくために倍速する人、オタクに憧れて倍速する人までいるそう。オタクとは本来時に駄作を掴んだりしながらも、蓄積されていった深い造旨ぞうけいを得るものだから逆行している。


 そういやこの前お取り寄せ餃子日本一決定戦が地上波で流れていた。その中でプレゼンテーターは週に4回は食べるだとか、年に2万個食べるとか、果ては大学院で餃子を学び、店員さんに顔を覚えてもらうために餃子の被り物までしている(?)方さえいらっしゃった。


 好きってこんなにも数値化されているのか、と思った。なんとなくすき、お金をかけずに愛するってことがこんなにも難しいなんて。


 確かに自分は読書がまあ好きな方だけど、年に何百冊読むほどじゃない。だから今読書家なんて名乗れば「このめ」と言葉で刺されるかもしれない。いや実際指摘されたことがあり、それ以来読書について触れないようにしていた。

 

 オタクになりたいが、コンテンツ過多、周りを見渡せば数値で実証済みの凄オタクばかり。だからこそ倍速で。これは当然の流れなのかもしれない。


 また倍速視聴にはこんな流れもあるという。

「結末を知って安心したい」


 結末がわからないものはドキドキするから避けたいという。倍速で見て、結末知ってから再度見たりするという。これは作家の端くれとしてこれは驚きの心理だった。だって読者を楽しませるために“驚かせよう”と思ってるのに?


 実際に今ライトノベルを中心のトレンドはどれも似通ってる。世界観に大差はない。いわゆるテンプレというやつだ。だいたいの大筋のストーリーもタイトルを見た時点でわかる。


 そして自分も実際にYouTubeを閲覧する際にはなんとなかおしゃなサウンドが入った1週間Vログ、ワッツインマイバッグ、ベスコスなど、イメージできるものばかり見ていた。こういうものを見たい時は買い物の参考という時もあるが、使時が多い。驚かないが、ハズレも少ないし、刺激が少ない分頭を使わない。


 YouTubeで独創性なんて無くとも見飽きらない。だって目的が違うんだもの。


 では作家の自分に戻ると、今まで自分がキャラ文だと思ってた、あの長編小説は世の中の流れとは確かにあってない気がしてきた。もちろん問題は文章力とか普遍的なものも抱えているが、そもそも新しいものを書こうと孤軍奮闘していたのが違ったのだろうか。

 

 本をぱたんと閉じた時、作家のオリジナリティってどこまで通用するのかな、こんなちっこいこと考えてるからだめなのかな、なんて逡巡した。

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