薄い関西人

「なんしかやって〜↑」

 東大阪出身の上司が話している。わたしはこの上司の大阪弁を聞くのを何気に楽しんで聞いている。関西弁にせよ、広東人の中国語にせよ、ブリティッシュイングリッシュにせよ、その人のアイデンティティにつながるようなアクセントのある言葉を聞くのが好きなのだ。


 この上司は常に「〜↑」をつけたくなるような軽快な大阪弁でしゃべる。聞いているとだんだんよしもと新喜劇の中に入り込んだような気になる。耳を澄ますと『パパラパッパ〜パパラッパラ〜、パッ、ホンワカホンワカ…』と新喜劇の音楽が聞こえてきそうである。

 前に、

「〇〇さんはいつも大阪弁ですよね」

と言ったら、

「え、標準語しゃべってるとちゃうん?」

と返された。本人の中では標準語だったらしい。衝撃。

 

 しかし。わたしが愛知で会った、この上司以外の関西人はみな標準語なのである。京都人も大阪人も兵庫県人(おっと神戸人)も標準も標準、比較的には方言薄めな(自称)愛知県人よりも標準的な日本語を話す。


 ここに大阪人の友人がいる。深月みつきという。この深月は標準語で話し、その上私から見るとたいそう大人しい。当然ノリツッコミもしない。一般的に関西出身の人は味の濃い名古屋メシは苦手とされることが多いが、深月は平気である。


 そんなある時、マスクのゴムが切れてしまったことがあった。深月からマスクをもらったのだが、その時深月から、

「はい、100万円」

と笑顔で言われた。その時すごく驚いた。わたしの行きつけだった京都市内出身の美容師さんも(これまた全然方言でないのだが)

、なぜか会計時に、

「3000万円になります」

というのだ。しかもなんかものすごくにやにやして言うのだ。


「え、関西だけなの、これ?」

「わからん、でも他に聞いたことないよ。というか、これ言われてどう返せばいいかわからないんだけど」

「高いやん!って言って返せばいいんじゃない?…わからないけど」

 深月自身も正しい受け答えがわからないらしい。


 深月と遊びに行く時にコロナになり遊ぶのを中止したことがあった。その時深月は、

おろしに行ってた」

と言った。

「卸って、問屋?」

「そうそう」

「業務スーパーみたいな?」

「いや、もっと普通のサイズのもので、一般的に流通してるものが卸売価格で買えるんだよ。会員制だけど」

「そんなところあるんだ、知らんかったなあ」

「大阪だと何店舗かあるよ」

「さすが商人の街だね」

「というか、同じものを高く買うなんてもったいないじゃん」

 正論なのだが、そういうところにどことなく大阪出身だということを感じた。


ということで、なんとなく興味を持ったので、その卸へ向かった。名古屋の伏見ふしみにあるその建物は妙に古めかしく、中の照明も暗め。中のゲートをくぐり店内をめぐる。物が普通の店より多く陳列されていて、少しくたびれた内装だが、売っている物は確かにドラッグストアや雑貨屋にあるような普通のものだ。しかも安い。1500円のものなら200円から500円ぐらいお値引きされている。中にはcoachなどのブランド品もある。


「こんなところが伏見にあったとはねぇ…」

 伏見といえば、名古屋駅と名古屋の繁華街である栄の真ん中に位置なので、比較的に栄えた場所である。


 しかし…普通に売っているものが売っているとはいえ、ちょっと対象年齢高めなデザインばかりだった。


 各フロアを回ると、インナーコーナーに到達した。

 おばさま向けの商品が多いので当然インナー系はかなりの種類が売られている。今は冬だからあったかインナーは充実のラインナップだ。


 そういえば、ついこないだ喫茶店でモーニング食べた時、ひきたての、爽やかなコーヒーの匂いかぎながら、an•anをめくっていた。テーマは『温活』。特に気にとめてもなかったが、そういえばその特集でかなり熱弁されていた“あるもの”がわたしは持っていなかったことに気がついた。


 適当に、特に何にも考えずに手に取ったそれが、腹巻であった。

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