蛍の灯り。

ヲトブソラ

蛍の灯り。

蛍の灯り。


 空気が凍るオリオンの下で、煙草に火を灯した。足元は裸足にサンダル。ベランダの柵に腕を掛け、紺色の世界で橙の光を点滅させる。ニコチンが頭に回り、意識がふわっと星空に昇る気がした。隔て板の向こう側から戸をからからと開ける音がして、向こうでも橙色が灯ったようだ。互いの煙に気付く互い。


「こんばんは」

「どうも」


 こういう風に部屋の中で煙草が吸えない人を“蛍”なんて呼ぶ人がいる。真冬の星空の下で橙に点滅する蛍。


「どうして、お兄さんは部屋で吸わないんですか?」


 そう右の蛍に聞かれたから、恋人が喘息をもっているからと答えると「ふーん。優しいんですね?」と、何か言いたげな抑揚で返事をされる。だから、


「あー……服とか部屋に臭いが着くでしょ?それが嫌なんですよ」


 ぼくの質問にはそう答えた。週末、この時間に隣の蛍が現れたのは、ここ一ヶ月程。それまで壁越しに聞こえていた声がいなくなり、こうして、寒空の下で数分間だけ蛍として光を灯す。もう一本、煙草に火を点けようとしたけれど、ライターが灯らずに虚しく石が鳴るばかり。二本目は諦め、一本目を灰皿の底で入念に潰した。「おにいさん」とやけに甘い声が隔て板越しに鳴り、少し身を乗り出した蛍が「どうぞ」と口を尖らせ、橙色に灯る。


 頭を掻いて、冬のオリオンを見上げてから「どうも」と顔を近付け、蛍から橙色の光をもらった。


 シガーキス。


 それから三分半、どうして行為後の煙草は美味しいのだろうね……なんて下品な会話をして「おにいさんが恋人なら良かったな」なんて蛍が光を点滅させていた。


おわり。

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蛍の灯り。 ヲトブソラ @sola_wotv

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