第4話 まんぷく
「……よく食べるねえ」
目の前で山盛りのパスタを頬張る鎌倉さんの姿を、私はあきれながら眺めている。
私たちが入ったこのレストランはケーキ以外のメニューも豊富で、彼女いわく特にここの生パスタは名物なんだそうだ。
そんな彼女が今食べているのは、真っ赤なトマトソースを絡めたスパゲティの上に、粗挽きのミートボールとブロッコリーが乗っかっているというパスタで、彼女がこの店に入ってメニューを開いて、「うーん……」、とさんざん悩んだ挙げ句に、結局注文しなかった方のメニューだ。
結局注文しなかった方のパスタを食べている。
そう、つまり、おかわりである。
「美味しいものはね、どれだけ食べてもいいんだよ?」
そう話す彼女の身体の中にはすでに、最初に注文したもの(明太子とジャガイモのパスタと大ぶりのモンブラン)が入っているはずなのだ。しかしそんなことはお構い無しとばかりに、鎌倉さんは目の前のパスタを平らげていく。
決して慌てて食べている感じはないけど、そのひとくちが大きいのでパスタはあっという間にその量を減らしていく。
なんとも豪快で、思わず見とれてしまう食べ方だ。
「大食いなんだね、鎌倉さん」
「べ、別に普通だよ。成長期だし、それに私、どれだけ食べても太らないんだ」
「ああそう」
なんだか嫌みっぽいその台詞を受け流すと、鎌倉さんは拗ねたように、「いやいや、ほんとにちょっと悩んでたんだから」と言った。
「何をどれだけ食べても体重が増えなくて、むしろ減っちゃう時期とかもあってさ、なんかの病気なんじゃないか、って病院に連れていかれたこともあるんだから」
「へえ」
確かに、そう言われて見てみると、鎌倉さんは痩せている。とても山盛りのパスタ二杯と大ぶりのケーキをあっさりと平らげてしまうような体型には見えない。
「まあ、別にどこも悪くないのがわかったから、もうなんにも気にしてないけどね」
「ふーん」
「夜野ちゃんだって、実はまだ食べられるんじゃないの?」
「いや、もうお腹いっぱい」
食後のコーヒーを飲みながらそう返しつつ、でも実はもうちょっと食べられるなあ、とも思っていた。
しかしそれは、空腹で食べられるというわけじゃなくて、食事があまりに美味しかったので、満腹でももうちょっと入るだろうなあ、ということだった。
私が頼んだのは、大きな
どちらもとても美味しかった。
ミートソースは、スーパーで売っている市販のパスタソースに深みを増したような味がしたし、なにより、生パスタというものがあんなに美味しいものだということを初めて知った。
ショートケーキに関しては、そもそもケーキというものを食べたのがいつ以来なのかも思い出せない有り様なので、味を語れるだけの舌がない。とても美味しかったです、とだけは言える。
「……」
しかしまあ、これだけ美味しいものを食べたのに、心になにか引っ掛かりのようなものを感じてしまうのは、やっぱり彼女の意図がわからないからだろう。
「ふう、ごちそうさま。さすがにお腹いっぱいかな」
「そう」
「いやあ、こんなに食べたのは久しぶりかも」
「それはよかった。じゃあ、そろそろ説明してくれる?」
「え?」
「説明って、なんの説明?」と首をかしげている鎌倉さんの頭上には、ハテナマークの幻覚が見えている。
それはまるで、本当にわからない、といった様子。
「わざわざ私に、こんなに美味しいものを奢ってくれたりした理由についての説明」
「美味しかった?」
「……美味しかったよ」
「それはよかった、やっぱりこの店にして正解だったね」
そう話す鎌倉さんの頭上がぱあっ、と明るくなった。
それはまるで、本当に嬉しい、といった様子。
私はまた困ってしまう。
浮かんでくる「やだなあ」という単語。
「……いやだからそうじゃなくて、説明をしてって」
「えー」
「えー、じゃなくて」
「もう言ったじゃん。ただ仲良くなりたかっただけ、だよ」
「じゃあ、なんで仲良くなりたかったの?」
「……えー」
鎌倉さんは歯切れ悪く、目を泳がせたりしている。
一体なんだというのか。
「ほ、ほら、クラスメイトと仲良くするのは当然のことじゃん?」
「じゃあ、鎌倉さんはクラス全員にご飯を奢ったりする?」
「……してないけど」
「そうだよねえ」
「……」
「……話したくないなら、別にいいけどさ」
「いや、話すよ、ちゃんと話す。でもちょっと待ってね」
今考えてるから――と鎌倉さんは両手でこめかみを指差して、大袈裟に悩んでいるポーズを作った。
夕暮れ時のレストラン。
夕飯時にはまだ少し早いそんな時間のせいもあってお客さんの姿はまばらで、ゆっくり話す時間はまだありそうだった。
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