第5話 ともだち


「あのね、私の親ってさ、なかなか家に帰ってこないんだよね」


 鎌倉さんはそう話し始めた。


「だからさ、食事は各自で済ませておくっていうのがうちのルールなんだけどさ、ご飯なんて一人で食べてもつまんないじゃん、だから誘ったの」

「ふうん」

「それだけ、だよ」

「……それだけって」


 それだけでは私のことを誘った理由の答えになっていない。


「なら別の人を誘えばよかったでしょ、例えばいつも一緒にいる友達とか」


 私がそう言うと、鎌倉さんは「友達ねえ……」、と呟いた。

 さっきまで楽しそうにパスタを頬張っていた口元に、引きつったような笑顔が浮かんでいる。私はおや、と思う。

 一筋の影が差したような、いつもにこにこしている彼女の印象からちょっと外れたような表情に見えたのだ。

 笑顔の端が少しだけ歪んでいるような、そんな表情。


「……」

「ねえ、夜野ちゃんはさ、『友達』ってなんだと思う?」

「なんだって……言われても」


 そんなことを私に訊かれましても。

 何度も言うけど私は社交的な性格ではないのだ。

 白状すると、高校に入ってから「友達」と呼べる存在もいない有り様だ。


「じゃあ例えばさ、人のことを『金ずる』呼ばわりする相手をさ、夜野ちゃんは友達だって思える?」


 口元に歪んだ笑みを浮かべたままで、鎌倉さんはそんなことを言う。

 

「……なんか、あったの?」

「いやあ、別に大したことじゃないよ」

「……」

「……ただ、あの子たち――いつも私と一緒にいた子たちのことだけど、あの子たちね、ときどき私の見てないところでひそひそ話してるときがあってね、なんか変だなって思ってたんだよね」

「……」

「だからさ、この前の放課後にさ、先に帰った振りをして、教室にいるあの子たちの会話をこっそり聞いてみたりしたんだよね」


 そしたらもう、酷いもんでさ――そう話す鎌倉さんのことを見ながら、私はいつか教室で聞いた彼女に対する言葉を思い出していた。

 そんな風に本人のいないところで発せられる影口というのは、いつ聞いても嫌な気分になるものだ。


「どんなことを言われてたか、聞きたい?」

「いや……」

「だよねえ」


 わざわざ自分から嫌な気分にはなりたくない。

 鎌倉さんもあんまり言いたくなさそうだし。

 

「まあその時は周りに他の男子とかが居たから、あの子たちも気が大きくなっちゃってたんだろうけど、それにしたってねえ。なんか最近は一緒に出掛けても私が奢るのが当たり前、みたいになってきてたし、もう無理してあの子たちと『友達』でいる必要もないのかなって」

「……」

「と、いうわけで、かわいそうな私は友達を失ってしまったので、また一緒にご飯に行く相手を探していたというわけ」

「……だから、そこでなんで私なの」

「……それは、えっと、直感……かなあ」

「はあ?」


 ここまできてまた答えをはぐらかすつもりか、とテーブルの向こうのその顔を見る。と、口を一文字に結んだ鎌倉さんは、存外真面目な表情でこちらを見返してきた。

 これもあまり見たことのない表情だ。私はちょっと怯んだ。


「夜野ちゃんのことを初めて見たときさ、びびっ、と来たんだよね」

「びび?」

「うん、あのね、『一緒にご飯を食べられたら、楽しそうだなあ』って思ったんだよね」

「……それはなんで?」

「……わかんない」


 直感だもん――と鎌倉さんはその真面目な表情を崩して、いつものにこにこ顔に戻る。

 私はそろそろ冷めてきたコーヒーをすすりながら、何となく目を逸らしてしまう。

 どうにも慣れていない、こういうのには。


「……ねえ、よかったらまた誘ってもいいかな?」

「いい、けど……」

「けど?」

「奢られてばっかりなのは嫌」

「えー、別にいいのに」

「よくない」

「夜野ちゃん相手なら気にしないよ?」

「そっちが気にしなくても、私が気にするの」


 特に彼女の友達(元?)のそんな話を聞いたあとなのだ。

 私まで彼女にたかるみたいなことはしたくなかった。


「でも夜野ちゃん……お金ないって言ってなかった?」

「……うん」

「むう、一緒に行ってみたいお店が沢山あるんだけどなあ」

「……」


 鎌倉さんは本当に残念そうな口調でそんなことを言う。

 私はまた、やだなあ、と思う。

 だって、直感だなんて言われても、そんな理由で到底納得できるわけないし。そんな風に理由もはっきり分からないのに、一緒にご飯を食べたいなんて言われて、しかも奢ってもらうなんて、そんなことをなんの抵抗もなく受け入れられるような素直な性格を私はしていない。

 やっぱりなにか裏があるんじゃないかと思ってしまう。


「……」


 それでも私のレーダーは相変わらず、彼女からなんの悪意も見つけない。

 それどころか、眉をへの字に曲げて目を瞑って考え込んでいるその様子からは、本当に残念で、なんとかしたい、という鎌倉さんの本気のようななにかが伝わってくる。

 

 じゃあ、例えばほんとうにただ、私とご飯を食べたいだけなんだとして、

 じゃあ、例えばほんとうにただ、私と仲良くなりたいだけなんだとして、

 

 相手のそんな気持ちを素直に受け取れないで、「やだなあ、」とむず痒く思ってしまう、自分の心の卑屈さが嫌だな、と思った。


「うーん……」

「……ねえ、鎌倉さん」

「ん?」

「ちょっと提案があるんだけどさ」

「提案?」

「うん、例えばさ――」








 

 

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