空跡

青空一星

空想の丘

 夢に見る。人工物など無い草原、丘の上には木が一本、茂る葉で傘を差している。ひんやりとした土の温度と瑞々しい草の感触、心地の良い陽射しがそこにはあった。


 木の下に寝転がる。よく創作物などで見るシチュエーションだ。それらに重ねてしまえば気持ちもそれなりになってしまう。何も考えないよう首をぶんぶんと振って目を閉じる。


サァーー


 そよ風が草等を揺らして僕の方へ来ると、あまりの気持ち良さに眠ってしまいそうになった。快楽を我慢するのは好かないが、まだこの夢に浸っていたかったから立ち上がる。


 ここには何も無い。ずーっと見えるのは草の原と所々に生える木だけ…いや、注意深く見ていると人影が見えた。白が主体で青いリボンの付いたハットに白いワンピースを着ている。風にひらひらと舞う様子は美しいという言葉以外を忘れさせた。


「こんにちは」


 余程見惚れていたせいかすぐそこにまで迫ってきた彼女に気が付かなかった。白い肌に金色の長髪、薄いセルリアンブルーの瞳がこちらを覗いている。


 女の人と、それもこんな綺麗な人とほとんど話したことなど無いからアタフタとしてしまう。それでも彼女はにこにこと笑いかけてくれていて、申し訳ない気持ちになった。


「こんにちは、いいい天気ですね」


「えぇ、とってもいいお天気です。

長く続くといいのですけれど」


 彼女がしおらしく呟くと空が曇り始めた。あんなに晴れていたのに…と訝しんでいると草原の奥から何やら気分の悪くなるドス暗い塊がこちらへ向かってきているようだ。数にして十数体、それらが通る度に草原は黒く淀んでいっているようだった。


「一体全体何が起こってるんだ。あいつらは何なんだ…」


「彼等はあなたを喰らうために姿を現しました。直にここへ辿り着き、あなたを喰らってしまうのです」


「僕はどうすれば助かるのでしょうか」


「残念ですが、あなたは彼等と対面するしかありません。必ず行き着き、あなたを絶望へと落とす負の権化。それが彼等なのですから」


「そんな…」


 いつか来ると分かっているなんて、そんな酷い話はない。まだ急に喰われた方がマシだった。膝から崩れ落ちて手を突く。


「そう気を落とさないでください。対面するからといって死んでしまうなんてことにはさせません」


 顔を上げると、明るく微笑む彼女がいた。


「恐ろしく見える彼等にだって対処の仕方はあります。それに備えて励むのです」


そうやって胸の前で小さくガッツポーズをしている。かわいい。


 それを見計らったか、淀みの塊が飛び掛かってきた。黒いもやから鮮明に情報が脳に回ってきてもう少しで理解してしまう──


ダーン


「ですが、今は私が守りましょう」


 間近にまで迫っていた淀みは彼女の銃撃によって消しとんだ。彼女には似合わない黒く重みのありそうな拳銃、思わずゾッとしたが同時に頼もしくも感じた。


 それから何体もあの塊が襲い掛かってきたが彼女の前には無力だった。銃弾が無くなればどこからか新しい拳銃を取り出し、休むことなく撃ち続けた。


 塊は全て消え、あの晴れた空も戻ってきた。安堵の息を漏らす。


「ありがとうございます。助かりました」


「いいえ、今回はこうしてお守りできましたが次はこうとはいかないでしょう。あなたとまたこうして会えるのも当分先になるでしょうから」


「そう、ですか…」


 次は危ないということよりも、彼女ともう会えないかもしれないことがショックだった。


 そんな様子を見て、クスッと笑うと


「大丈夫、あなたなら乗り越えられる。

私は信じています」


 彼女がそう言うとフワッと体が一瞬浮いて、突発的な眩しさに目を瞑った。


 次に目を開けるとそこは空の中だった。どこまでも続く青い空、白い雲が行き来していてここが不動の世界でないのが分かる。


「あなたはいつかここへ辿り着きます」


 彼女が私へ真っ直ぐに向かい立っている。さっき見た異物とは違って空の様な青と白の混ざった拳銃を私に向けている。


 不思議と恐怖は無く、抵抗心も湧いてこない。ただ純にそれを見つめると彼女は優しく微笑み掛けた




 音がしない 痛みもない 

 胸に空があって「あぁ撃たれたんだ」と分かった   

 撃たれたというのにとても清々しい気分だ


 最後に残った気持ち


心底気持ちのいい夢だったなぁ

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