6-8

「あっはっはっはっはっは!!」


「あっクソ、また転びやがって、なんで思い通りに行かないんだ! おいレンタロー、いつまで笑ってんだ!」


 魔王の住処にて。アイリスの操作に四苦八苦するトモエの横で、レンタロー(悪い方)が涙を流して笑っていた。


「く、苦しい、フフ……。予想はしてましたが、まさかここまで……ブフッ!」


「おい、予想してたのか!? こうなることが分かって黙ってたって言うんだな、畜生!」


「だ、誰だって分かりますよ、クヒヒ……」


「いいかげん笑いやめ! おい、分かってたっていうならどうすればいいかも分かってるんだろ、お前のことだから!」


「そ、そりゃ一応考えてはいますけどね。グフッ」


 レンタローはモニターから顔をそむけ、ハアハアと深呼吸をしてどうにか息を落ち着けると、こう言った。


「……ふう。まあこの状況なら、まともな操作は諦めてデタラメに攻撃して回るのが一番効果的ですよ」


「……そんなことでいいのか? カチャカチャカチャっと」


「あっ、私が見てないところでやってくだ、ブフォッ! あははははは!」


 腹を押さえてのたうちまわるレンタロー。あくまで真剣な顔でモニターを睨むトモエ。


 それを見守る魔王はどちらにも共感できなかったが、賑やかな連中だな、と思ってそれを見ていた。



  ◇  ◇  ◇



 画面の向こうでギクシャクと動き回るアイリスを見て、僕は勝ち誇った。


「見てくださいよあの動き。どうやらシステムは同じでも、中の人の技倆には差があるようですね……」


「いや、お前も最初こんなだったろ」


「わ、わたしはレンタローさんはよくやっていると思いますよ!」


「……」


 さらにはトーコちゃんからも『ない夫っぽい』と言われて、僕はじゃっかんヘコんだ。端から見るとあんな感じなのか……。


 ヘコむ僕と対照的に、カグラさんは得意げに言う。


「まあ、差があるとしたら技術者の差だな、技術者の。トモエの論文に書いてあったのをそのまま実装したら、まともに操作できないのは目に見えてたんだよ」


「その技術者のシステム、ドア開けるだけで画面がメニューで埋まってましたけど……」


「つ、使いやすさの話はしてないだろ!」


 カグラさんはコホン、と咳払いをして画面を指さして説明する。


「ほら、動きがぎこちないのはない夫と同じでも、アイリスは手と足がバラバラな動きになっちまってるだろ? 元の論文通りのシステムだと、右手に1ボタン、左手に1ボタンと言う風に、両手両足にボタンを割り振っちまってたんだよ」


「「ああ……」」


 さんざんない夫の操作に苦労してきた僕とソラさんは、それだけで全てを諒解した。


「な? 分かるだろ。それだとボタンだけで細かい操作はできるかもしれねーけど、操作する側に相当な技術と熟練が必要になるんだよ。あたしはそれに気づいたからこそ、『ドアを開ける』『階段を上がる』『草をむしる』『踊る』などの動きを個別にプログラミングして、ボタンで呼び出せるようにしたわけだ」


「張り切って余計な動作まで作りすぎたせいで操作性が大変なことになりましたけどね」


「一長一短ってやつだな」


 短くしなくていいところを短くしちゃってるんですが。――それはともかく、カグラさんの言っていることは正しい。


 ない夫方式がゲームだとするなら、アイリス方式は言うなれば人体シミュレーター。似たようなコントローラーを使っているとするならば、まともに動かせるわけがない。僕が操作するうえでアイリス方式が選ばれていたら、早々に諦めていただろう。


 うまく動かすとしたら、ロボットアニメのようにプレイヤーとアイリスの五感をシンクロさせるとか……何にしろ、現実的ではない。


「カグラちゃんがあれでも頑張ったんだって言うのはよく分かりました。じゃあ、このアイリスは敵じゃないってことですね」


 ソラさんが楽観するが、カグラさんは首を振る。


「いや、さっきの攻撃を見る限り、さすがに攻撃だけはあらかじめプログラムしてるみたいだ。まぐれでも当たればない夫が吹っ飛ぶぞ」


「ええ。油断はしませんよ。それに、アイリスを傷つけるわけには行きませんしね。

――アイリスのコントロールを失わせる方法はないんですか?」


 トモエの論文を読んでいるカグラさんなら有効な方法ぐらい知っているだろう、と思ったのだが、カグラさんはあっけらかんと言った。


「コントロールを失わせるって……一度確立した女神パワーの供給ラインを途切れさせるってことだろ? ――見当もつかん!」


「ええ……」


 言い切られて、僕は頭を抱えた。



  ◇  ◇  ◇



「あいたっ。ちょ、ちょっと、痛い痛い、痛いですわ! 人の身体を乗っ取るにしても、もうちょっとまともに動かしてくださいません!?」


 壁にガシガシと顔を擦られながら、アイリスが叫んだ。


「アイリス!? 意識はあるのね!」


「ずっとありますわ! さっきから身体だけが別人になったみたいですの! 力がみなぎる感覚だけあってメッチャ気持ち悪いのですわ!」


 トーコはそれを聞いて、なんか元気そうではあるな、と少し安心した。さきほどまでは口もジャックされて知らない女の声を吐き出していたが、今は身体の操作に集中しているのか、自由に喋れているようだ。


「と、とにかく助けないとね。どうすればいいと思う? ない夫」


「はい」


「そうだね。あの原因っぽい首輪を外せないかやってみようか」


「今ない夫さんに聞いた意味ありました?」


 アイリスの突っ込みを無視して、トーコはアイリスの隙をうかがう。


 が、そこでアイリスの行動パターンが変わった。とにかくやたらと周囲を攻撃し始めたのである。


「うわっ!」


「危ない! 離れてですわ! パワーだけはガチっぽいんですの!」


 先ほど女神像を破壊した一撃同様、他のぎこちない動きとはうってかわって攻撃は鋭い。空や壁や床をと無差別に斬りつけるアイリスから、あわててトーコは距離をとる。


「アイタタタ! ちょっと、メチャクチャな体勢で剣振らせるから脇腹つりそうなんですけど!」


「が、頑張ってアイリス! あれじゃ近寄れないね、どうしよっかない夫……」


「はい」



  ◇  ◇  ◇



「これは厄介ですね。どうしましょう?」


 一方その頃。トーコちゃん同様、僕たちも頭をひねっていた。


「いっそ倒していいなら楽なんだけどな」


「ダメですよカグラさん……。何とか少しでも動きを止められればいいんですけど」


 相手はない夫と同じシステムを使っている。ない夫を止めようと考えればどうするか――そう考えて、僕はぴんと来た。


「あ、さっきから激しい動きしてますし、大人しくスタミナ切れを待つというのはどうでしょう?」


 いい考えだと思ったのだが、カグラさんはため息をつく。


「あのな、死体と生きた人間を一緒にするなよ。人間にはスタミナなんてパラメータはないし、アイリスが疲労でぶっ倒れるとしたら、それはもう死にかけだぞ」


「あー……そうなっちゃいますか」


 そしてこんな辺境の地で死にかければ、そのまま死にゆくのみである。


 ソラさんが言う。


「ない夫の『超素振り』とかでうまいこと首輪だけ切れませんかね。レンタローさんの技術で、ちょいさーっと」


「ちょっとでも間違ったら首が飛んじゃうじゃないですか。そんなギャンブル嫌ですよ」


「とはいえ、このまま操られててもいつかは消耗して死んじゃうわけですし……」


 いよいよとなればその手段も考慮に入れなければ、か。そのときのプレッシャーたるや考えたくもないので、僕は必死に他の手段を考える。


 もう一度、ない夫のシステムのことを考えてみよう。そもそもない夫はどうやって動いているのかというと……。


「カグラさん、ない夫には女神パワーがずっと供給されてて、それがない夫を動かしてるって話でしたよね。それはアイリスも同じなんでしょうか?」


「あの論文からやり方を変えてなければ、同じはずだぞ」


「……つまり目には見えない女神パワーが電波みたいに繋がって、ない夫やアイリスを動かしてるわけですよね。トモエはそれだけの女神パワーを持ってるんですか?」


「まさか。無免許のうえに地上に降りてるんだから、ない夫のと比べたら大した出力じゃないはずだ。だからこそ大神様の遺産を介して、出力を上げてるんだろ」


「……」


 つまり女神パワーは今、トモエから発されてまずアイリスのかけている首飾りに届き、そこで増幅されたパワーがアイリスを操っている、という順番だ。増幅される前の女神パワーは弱い。繋がり、電波……。


「あっ。レンタローさん、それは何か思いついたって顔ですね」


「この短時間でかよ。人間の発想力ってもんはすげーな」


「……すごいかどうかはまだ分かりませんが。一応やってみたいことは一つ思いつきました。

 カグラさん、ない夫を操るための女神パワーって、出力を上げることはできますか?」


「ん? ……パワーの総量は上げられないが、死体の維持に回してる分を一時的に回すことはできるぞ。短時間ならない夫の操作を強化して、ラグを減らすことができる」


 とそこまで言って、カグラさんは「そうか!」と手を叩いた。


「分かったぞ。限界までラグを減らして、敏捷になったない夫で首輪をぶった斬るんだな」


「違いますって! それじゃギャンブルなのは変わってないじゃないですか。まあ、ラグが減るのは嬉しい誤算でしたけど……」


「なんだ違うのか。じゃあ何だって操作を強化しようと?」


「操作を強化したかったんじゃなくて、出力そのものに用があったんですよ。まあ試してみないと分からないんで、とりあえずやってみましょう」


「おう、ちょっと待ってろ」


 カグラさんは手早く機械の調整を始める。


 隣に座っていたソラさんは、キラキラした眼で僕の顔をのぞき込んできた。


「それでレンタローさん、今回は何という作戦なんです?」


「作戦名ですか? えっと……」


 特に考えていなかった僕は、生前あったことを思い出しながらこう命名した。


「名付けて……『メンテが終わるとどうなる?』作戦です!」


「メンテ……?」


 僕は手早くショートカットキーに目的のボタンを割り当て直し、カグラさんのOKサインと同時に、行動を開始した。

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