6-6
アイリスが女神から神託を受けた、先代の勇者が残したという秘宝を取りに行く。
そのためにない夫たちが準備を整え、出発するその日。カケダーシの街の大通りは、ちょっとしたパレードのようになっていた。
冒険者ギルド周辺には見物人が押しかけ、ギルド職員と冒険者たちが交通整理にあたっている。人通りをアテにしてちゃっかりと屋台で商売をしている者もいる。
そんな中、ギルドから大荷物のない夫たちが顔を出すと、わっと歓声があがった。どうしてこのような状況になったのかというと。
「素振り入道ー! 魔王を倒しに行くんだって? 頑張れよ!」
「はい」
「いい加減な返事しないの! 違いますからねー! ちょっとした探索に行くだけ!」
「トーコ、それはさすがに謙遜が過ぎるというものですわ。まさしくこれは魔王討滅の第一歩となるべき冒険ですわよ!」
「アイリスも煽らないでってば! これで何もなかったらどーすんのよ!」
「女神様の言うことを疑うんですの!?」
そう。「はい」「いいえ」しか喋れず、しかも中の人が適当な返事をすることに定評のあるない夫と、自尊心が高く大言壮語の目立つアイリスのおかげで、街はすっかり『英雄の旅立ち』ムードに包まれていた。
もちろん、お祭り好きで呑気なカケダーシの街風も手伝ってのことではあったが。
「たいした旅じゃないのにさ……。戻ったときに『え? もう帰ってきたの?』って言われる未来が目に浮かぶわー……」
振りかけられた花吹雪を髪の毛からつまみ上げながら、トーコが苦笑する。
「分かりませんわよ。行ってみたらドラゴンが秘宝を守っているかも」
「そしたら二度と戻って来れなくなるじゃん」
「何を弱気なことを言っているんですの。ドラゴンの頭を持って凱旋すれば、出迎えの列が王都まででも続きますわよ」
「はい」
「あたしがおかしいのかな……」
そんなこんなで、ない夫達一行は街の人たちによって熱烈に送り出された。
◇ ◇ ◇
街はやたらと賑やかだったが、モンスターのいるこの世界では、一歩街を出ると驚くほど静かになる。僕はコントローラーを操作して、たまにトーコちゃんやアイリスの言葉に相槌を打ちながらない夫を進ませていった。
早くワルタローたちの思惑を知りたい気持ちはあるが、道中は長い。脈絡もなく軽やかない夫ステップを発動させてトーコちゃんたちをびっくりさせたり、たまに出てくる野良モンスターを試し斬りしたりで退屈を紛らわせながら進んでいくことになる。
試し斬りといえば、最近ない夫は新しいアクティブスキルを身につけた。軽やかない夫ステップを多用しているせいか、それはこんなスキルだった。
――――――――――――――――
|> フルアタック
――――――――――――――――
“ブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンズガッザクザクザクザクザクザク”(スピーカーから響き渡る音)
……。
『はい』
『な、ない夫、今の新技? なんていうか……すごいね』
『キラーバットが粉々ですわ……』
「――ソラさん、今の見ました!? ない夫があんな小さい獲物を仕留めましたよ!」
「見ましたけど、まあそれだけ斬ればいつか当たるよなって感じでしたね」
キラーバット。名前の通りコウモリのモンスターで、体長はわずか30センチ程度、しかも飛んでいる。以前のない夫なら間違いなくタイマンでもボコられる相手である。
しかし新アクティブスキルにかかればこの通り。『フルアタック』は攻撃ボタンを押し続けている間、超高速であらゆる斬撃を繰り出し続けるスキルである。空間に対する攻撃というか、ゲーム的に言うなら範囲攻撃に近い。接近戦なら攻撃を当てられないということはなくなるだろう。
難点はまあ想像の通りスタミナ消費が激しいことだが、ない夫の身体もかなり女神パワーが馴染んできたらしく、スタミナの最大値も増えている。よほど多用しなければいきなりぶっ倒れることはないだろう。
「あとは、ラグがあるせいで当たったあとすぐ止められないのも問題といえば問題ですかね」
「毛皮を剥ぎ取りたいとかそういう場合は使えませんね」
「ラグはしゃーねーからな。ま、強敵に止めを差すには有効だろ」
モニターに繋がった機器をいじりながらカグラさんが言う。ワルタローのことが判明してからというもの、カグラさんは今までにも増して遠隔操作システムの調整に余念がない。今日ソラさん家にいるのはこの三人である。
「ちなみにレンタローさん、これって動きながら撃ったらどうなるんでしょう」
「いいですねソラさん、僕もいろいろ悪用できそうなアクティブスキルだと思ってました。時間はいっぱいあるので、実験してみましょう」
目的地までは何日かかるかも分からない。たくさんアクティブスキルを使えばその分ない夫も成長するし、いろいろと試しながら進むことにしよう。
ちなみに実験の結果、軽やかない夫ステップ中に撃つとあっという間に転び、『転がりながら周囲を無差別に切り刻む殺人ゴマ』みたいになって危険だということが分かった。トーコちゃんとアイリスにはめちゃくちゃ怒られた。
◇ ◇ ◇
「ったく、初の遠征だからってない夫があんなにハシャぐとはねー」
「いいえ」
「いやこれ以上ないほどハシャいでたよ。あたしたちまで土まみれになったじゃん」
「軽く地形変えるのを『はしゃいでた』で済ますのもどうかと思いますわよ」
夕暮れどき。三人は小川のほとりに行き当たり、ない夫の『軽やか殺人ゴマステップ』のせいで土埃にまみれた身体を洗い、野営の準備をしていた。
アイリスがてきぱきとテントを張り、トーコがその手伝い、ない夫は邪魔をしないように突っ立っている。その代わりテントほか重い荷物は日中ない夫が背負っている。
「アイリス、さすがに手際がいいね」
「一流冒険者のたしなみというものですわ。さて、ご飯にしましょう。さっきない夫さんが切り刻んだ肉がありますし」
「調理前から骨ごと刻まれてて便利だね」
「はい」
「……なんか得意げだけど、皮肉だからね?」
仲良く三人で焚火を囲んで食事をとる。途中二度ほど臭いに釣られて来たウルフをアイリスが仕留めるなどしつつ食べ終わった頃にはすっかり日も落ち、木々の間は距離感を感じさせない闇に染まる。これからすぐに休み、夜明け前の空が白み始めると共にまた探索を再開することになるのだ。
「寝よっか……見張りはどうする?」
「わたくし一人でしたら寝ててもモンスターの気配には気づけますが……どうせならぐっすり寝たいので、一応交代で立つことにしましょう」
「分かった。じゃ、あたしとアイリスの二交代だね」
「いいえ」
「ない夫はいいよ寝てて……というか一度寝るとテコでも起きないでしょ」
「流石にない夫さんに見張りを任せてぐっすり寝られるほどわたくしも図太くありませんわ」
「はい……」
テントは二つ、ない夫用とアイリス・トーコ用がある。本来なら男女別にテントを立てるなど冒険者にあるまじき贅沢だが、ない夫はとにかくデカいので必要な措置であった。
「じゃ、あたしが先に立つね。ない夫、アイリス、お休み」
「お願いしますわ。お休みなさいまし」
「はい」
焚火のはぜる音だけが響く森の中、夜は更けてゆく。
夜半、アイリスはトーコに揺すられて目覚めた。
「アイリス、交代お願い」
「――ええ」
素早く意識を覚醒に切り替えながら、アイリスは自分が起こされるまで眠っていたことに驚いていた。どうやら自覚しているよりも、自分はトーコという冒険者のことを信頼していたらしい。
言葉少なにテントの中外で入れ替わり、さっきまでアイリスの包まっていた毛布にトーコが潜り込む。初めての野営なのに、もう何年もこうして一緒に冒険者をやっているような気がした。
(最初からわたくしにもこんな仲間がいたら――)
焚火に新しく枝をくべながら、アイリスは想像してみる。スラムで暮らした孤児時代、あるいは駆け出し冒険者時代に、背中を任せられる相棒がいたとして。
それは楽しい想像だったが、結論はどれも一緒だった。
(――そうだとしたら、わたくしはここまで強くなれませんでしたわね)
独りだったから誰にも弱みを見せないよう、ひたむきに強くなることができた。それはアイリスの誇りである。だからこそ自分は、女神様に選ばれることができたのだから。
そして、そんな自分を選んでくれた女神様のために、自身の全てを捧げるつもりでいた。
ゆっくりと夜が進んでいく。モンスターの気配はない。
石に腰掛けてぼうっと火を見つめていたアイリスが、弾かれたように立ち上がる。その表情に緊迫感はなく、むしろぼうっとしているような、惚けたような無表情である。
アイリスはふらふらと、ない夫が寝ているテントに近寄る。布一枚を隔ててない夫が寝ている、という場所で立ち止まり。
右手で剣の柄を握り、かちり、と左手で鯉口を切った。
(――ん?)
そのかちり、という音で我に返る。素早く周囲に気を放つが、モンスターの気配はない。
(――無意識に警戒態勢に入っていたのかしら。だとしたら、近くに危険が……?)
焚火の周りを念入りに警戒し、天気や川の上流にも気を配る。が、やはり何の気配もない。アイリスは自分の勘の鋭さに自信があり、だからこそ何もないのに自分の身体が反応したのが不気味だった。
その後見張りをトーコに交代してからも漠然とした不安が残り、眠れぬ夜を過ごす。
しかし結局何もないまま夜明けを迎え、アイリスは首を傾げるのであった。
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