5-4
「えっ、勇者!? マジで?」
「ふふふ、これがマジなのですわ」
アイリスの宣言に、場は騒然となった。遠巻きにしていた他の住人たちも近付いてくる。
魔王が現れるとき、女神の声を聞く者も現れる。それが勇者と呼ばれるというのは、この世界では有名な伝承である。もちろん皆半信半疑であり鵜呑みにはしないが、このアイリスという冒険者は見た目にも大物感があり、「本物かも」と思わせる雰囲気があった。
もとより素直な性格のトーコは、フラットな状態で感心した。
「へえー勇者様かあ。女神様の声ってどんな風に聞こえるの?」
「よくぞ聞いてくれましたわ。あれはわたくしがマックラ山に巣食うナイトメアを討伐したときの話でしたわ」
何百回と繰り返してきたのだろう、話し慣れた様子でアイリスは語り始めた。ナイトメアはおとぎ話でも語られるような恐ろしいモンスターである。そんなモンスターを倒したという話に、次第に周囲の冒険者たちも聞き入っていた。
「――そしてナイトメアが跡形もなく消え去った、その瞬間! 霧の中を一筋の光が切り裂いて、太陽が見えましたの。声が聞こえたのはその瞬間ですわ。『この世の根源には、醜悪な邪悪がはびこっている。お前にはそれと戦う意思があるか?』と」
アイリスは拳を振り上げた。
「根源にはびこる邪悪とは、つまり魔王のことに違いありませんわ! それ以来、わたくしは勇者として、世界を救う旅に出ることを決意したんですの!」
おおー、ぱちぱち、と拍手があがる。トーコも拍手しながらない夫に話しかけた。
「女神様の声だって、すごいねない夫」
「いいえ」
「ない夫!?」
トーコたちはギョッとした。手放しに信じるような話ではないにしろ、否定するような空気ではなかったからである。
当然、アイリスはぴきりと青筋を立てた。
「――あら。そこのナントカ入道さんはつまり、わたくしの言うことが信じられないと?」
「はい」
「つまりテメエぶち殺されたいってことですわね!?」
「ちょ、ちょっとない夫! アイリスさんも落ち着いて!」
慌ててトーコが取りなしにかかる。
「ない夫、違うよね? いつもの言葉足らずでしょ? 別にアイリスさんを否定したわけじゃないんだよね?」
「……はい」
「そ、そうだよね! ほらアイリスさん、そういうわけだから……」
「何やら変な間があったようですけれど。でしたらさっきのはどういう意味だというんですの?」
「はい」
「……言いたいことがあるなら言ってみろや、と言えないのが辛いところですわね。アナタほんとに喋れないんですの?」
「いいえ」
「だからはいといいえは喋れるのは知ってるから! ややこしくなる答え方しないで!」
ない夫にガンをつけ始めていたアイリスだったが、そこでなぜかぱっと笑顔になって、虚空に向かって喋り始めた。
「えっ? いやーまったくそうっすよね、コイツ。舐めてますわよね。はい。え? 本当ですか? いや疑ってるとかそういうんじゃないんですけど。はい。……まあ女神様がそうおっしゃるなら」
「うわ……」
トーコが後じさるところに、喋り終えたアイリスはコホン、と咳払いをして言い放つ。
「ドン引きするんじゃありませんですわよ! たった今! わたくしは女神様の声を聞いていたのです! 女神様との会話が見られて皆さんお得でしたわね!」
「女神様ってそんなカジュアルに会話できちゃうんだ……。ていうか、女神様と話す時だけぜんぜん口調違うんだね」
「そんなことはどうでもよろしくってよ! それよりない夫さん、女神様からの言葉をあなたに伝えますわ」
「……はい?」
「あなたをわたくし、勇者の下ぼ……いえ、仲間にしてさしあげますわ」
「え、え――――?」
「いいえ」
「何で断るんですの!?」
「いや、今のはあたしでも了承はしないけど……」
当然の結果であったが、アイリスは地団駄を踏んだ。
「やっぱりあなた、わたくしのことを信用してませんわね! 女神様の言葉を無碍になさるなんて罰当たりですわよ!」
「そ、そんなこと急に言われてもねえ、ない夫?」
「はい」
「いいでしょう、勝負ですわ」
「はい?」
アイリスはびしり、とない夫の胸元に指をつきつけた。
「ない夫、あなたに勝負を申し込みます! 女神様に頂いたこの力、その目で確かめてみるといいですわ!」
「……はい?」
「はいと言いましたわね! では表に出ろや! ですわ!」
「えっ、今の承知してた?」
「いいえ……」
◇ ◇ ◇
「なんなんですかこの自称勇者……怖」
僕が呟くと、アゲハさんもおせんべいを食べながら頷いた。
「まったくね、いきなり人んちに押しかけてきてごちゃごちゃ文句言うとか、常識がないわ」
「……えっ?」
いきなり押しかけてこられたソラさんが声をあげたが、アゲハさんに「なによ?」と言われて目をそらした。
「そ、それでレンタローさん、どうします?」
「どうしますって、何がです?」
「ですから、勝負ですよ。受けるんですか?」
「いや受けないですよ……。何の得もないじゃないですか。勝てる気もしないし、万一勝っても殺したり怪我させたりしたら嫌ですし」
「むう……嘘じゃないわね……」
と、またアゲハさんが僕の顔を覗き込んでくる。生前の『レンタロー』らしからぬ発言だったらしい。
「そうか? あたしは受けてもいいんじゃないかと思うけどな」
と意外なことを言い出したのはカグラさんである。
「え? カグラさんてそんな戦闘狂みたいなキャラでしたっけ?」
「ちげーよ。ちょっと画面見てみろって」
言われて成り行きを眺める。ない夫は何を言わせても逆効果になりそうなので黙っていると、勝手に周囲の冒険者たちが事態を動かしてくれているらしい。
まずトーコちゃんはアイリスという冒険者を思いとどまらせようとして説得を試みているが、聞こえちゃいけない声が聞こえちゃっている可哀想な人は耳を貸さないので、ここの動きはない。代わりに動いているのはアキトというよく見かける冒険者仲間の一人だった。
見ると、どうも二人の対決を聞いて、周囲の冒険者に賭けをもちかけたらしい。これに少なからぬ人数が乗り、率先して勝負の用意を始めた。
賭けというからにはルールが必要である。ルール無用の殺し合いになっては困るということで、どこからか竹刀やら防具やらをてんでに持ち寄ってくる。ない夫はぼんやりと騒ぎの真ん中に立ち尽くし、アイリスはけっこうノリノリで手に合う竹刀を選び始め、トーコちゃんは呑気な冒険者たちに腹を立てている、と現在はそういう状況であるらしい。
「なるほど、確かにこれなら殺し合いにはならなさそうですけど。ない夫が対人戦で勝てるとはちょっと思えないんですが」
駆け引きとかそういう難しさもあるし、何より単純に人間は的が小さい。ただでさえ攻撃が当たらないない夫には難しすぎると思ったが、カグラさんはかぶりを振った。
「別に勝つ必要はないだろ。負けて命を取られるわけでもないし、話を聞く限り負けたから何かしろとも言われてない」
「……確かにそうですね」
仲間(下僕と言いかけていたが)になれとは言われたもののそれははっきり断ったし、自称『女神様に頂いた力』を確かめてみろ、としか言われていない。
「だったら、ない夫の新機能を試すのにはもってこいだろ」
とカグラさんは瞳を輝かせる。絶対新しい機能を試したいだけでしょう、と思ったが、ソラさん達もこれに味方をした。
「いいんじゃないですか? 『でばっぐ』にもなるかもしれませんし」
「あたしも関わった機能だしね。早く見たいと思ってたのよ」
女神様三人がこう言うなら僕も否やはない。ボタンを確認しつつ、頷いた。
「では新機能『ショートカットキー』のお披露目といきましょうか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます