第五話【ただの頭のおかしい可哀想な人じゃないの?】
5-1
「出たわね、大悪党レンタロー。この女神アゲハの名において、アンタは今この瞬間、地獄行きよ!」
「え、え――――――――――!?」
アゲハと名乗った新しい女神様は僕を指さし、高らかに宣言した。
「えっと、この方はどういう……?」
助けを求めるように目を向けると、カグラさんは肩をすくめた。
「レンタローにも分かるように言えば、閻魔様だな。こりゃちっと面倒なことになったかもな」
「閻魔様……?」
言われて目の前の女神様をあらためて見る。ソラさんよりは大きいが、それでもなお小柄な身体。少々くせのある金髪に、勝ち気そうなつり目がらんらんと光っている。どちらかというと童顔で、ギャルに憧れる反抗期の少女と言われたほうが納得できそうだ。
「閻魔様って、髭がもみあげと繋がってて、なんかしゃもじみたいなの持ってる人じゃないんですか?」
「見た目じゃなくて役割の話に決まってるでしょ! 罪を背負った魂は、あたしが裁くのよ!」
アゲハさんは顎をツンとそらして言った。なんと、本物の閻魔様はこんなに可愛らしい人(女神)だったのか。この子が舌とか引っこ抜くんだろうか?
「あのー。アゲハ様、困りますよ……。こんな急に……」
「何よソラっち、あたしの邪魔する気?」
「邪魔というか、わたしも大神様の命でやっていることですので……」
ソラさんが言いづらそうに、やんわりとアゲハさんを止めにかかっている。カグラさんを見ると、また心得たという風に頷いて解説してくれた。
「アゲハ様は大神様にも近しくて部下の女神もたくさんいる、あたしらなんかとは比べものにならないぐらい格上の女神様なんだけどさ。でも直接の上司ってわけじゃねーんだよ。
――むしろこの『魔王討伐更生プログラム』は大神様の命令でやってることだから、直接の上司は大神様とも言えるわけで。そういう意味ではあたしらもアゲハ様と同格っちゃ同格なんだよな」
「……平社員が社長の指示に従ってたら部長が文句を言ってきた、みたいな話で合ってます?」
「おう、たぶんそんな感じ」
どんどん女神様の神聖さが損なわれていくなあ、と思いつつ、長くなりそうなので僕はとりあえずない夫を自室に退避させることにした。
「――まあ、いきなり押しかけたのは悪かったわよ」
ない夫を寝かしつけ――まだ真っ昼間なので、気分でも悪いのかとトーコちゃんには心配されたが――僕はコントローラーを置いて、ちゃぶ台を挟んで閻魔様と向かい合っていた。左右にはソラさんとカグラさんが座り、それぞれ前にはソラさんの用意してくれた湯呑みが置かれている。
「別にソラっちが悪いわけでもないし。でも稀代の大悪党の魂が来るって聞いて、どうやって裁いてやろうかとワクワクしてたのに、なんの断りもなくかっさらわれたあたしの気持ちも理解して欲しいのよね」
「はあ……」
よくわからないが、閻魔様にとって大悪党を裁くのはワクワクすることらしい。裁判官ってそういうもんなのか?
「しかし、その冴えないのがレンタローね……もっとグロ可愛いオーラとか出してるかと思ったけど、あんがい普通ね」
「グロ可愛いオーラって何です……?」
「アゲハ様、そのくだりは私たちもやったんですけど、見ての通りレンタローさんも意外と普通の魂なんですよ」
ソラさんがとりなすように笑いかける。ちなみにカグラさんは我関せずとばかり茶を飲んで静観している。こういうところはなんとなく技術者らしい。
「普通であるもんですか。数万年は地獄で可愛がってやらないと浄化できないはずよ」
「そ、そうですよねー」
僕の懲役年数、思ってたよりだいぶ長いな……。
「でも、数万年も地獄に入れるとなると大変でしょう? レンタローさんクラスになると地獄のキャパもだいぶ使っちゃうでしょうし……。最近は地獄も混み合ってますし、大神様もそのあたりのことを考慮して今回のことを決められたんじゃないかと」
「ソラっち、それよ、あたしが気に入らないのは」
アゲハさんは眉を寄せて言った。
「地獄が混み合ってるからって何よ、そこはこっちの仕事だから、何とかやりくりするわよ。刑務所が満員だから悪人は逮捕しませんって、そんな理屈が通るわけないでしょ」
正論すぎてソラさんは黙った。アゲハさんという女神、閻魔様だけあって最初の印象とは違い、かなりちゃんとした人らしい。ソラさんに言わずに大神様とやらに言えよとは思うが、そもそも大神様が何者なのか、そのへんのシステムが分からない。ソラさんからそう言わないところを見るに、あまり気軽に会いに行けるような人(?)じゃないのかもしれない。
「とにかくレンタローは連れて帰るわ。悪いけど何とかプログラムは、コイツの魂を浄化し切ったあとでやってちょうだい」
数万年後になっちゃうんですが。立ち上がるアゲハさんに対して、ソラさんが慌てて頭を下げる。
「あ、あの、少しだけでも猶予を貰えませんか! レンタローさんは生前とは打って変わって真剣に魔王討伐にむけて頑張ってるんです! その姿を見れば、アゲハ様もレンタローさんが更正しつつあるのが分かってもらえると思うんです!」
「更正い~?」
うさんくさそうにこちらを見るアゲハさんに、僕も頭を下げた。
「えっと、僕からもお願いします、アゲハさん。ソラさんもカグラさんも大変良くして下さってますし、恩返しというか、頑張りたいなと思ってたんです。終わった後で必要だというなら地獄に行ってもいいんで……」
本当はイヤだけど、本当に僕が生前罪を犯したというなら、楽しく魔王を倒して無罪放免というのは間違っているとも思うのだ。
しばらく待っておそるおそる顔を上げると、気持ち悪そうにこちらを見るアゲハさんと眼が合った。
「何その殊勝なセリフ……。コイツ、ほんとにレンタローなの?」
「ええ、何でもレンタローさんは記憶をほとんど失っているらしくて、実はここに来た時からこんな調子なんです」
「はあ? 何も覚えてないって? ほんとなの?」
「はい。恥ずかしながら、生前の記憶らしいものはほとんど何も思い出せなくて……自分が悪党だったっていうのも、いまいちピンと来ないレベルなんですよね」
「……」
僕がそう言っている間、アゲハさんは触れそうなほどに顔を近づけていろんな角度からジロジロと見ていた。きらきらした大きな瞳がすぐ近くにあって、照れて身を引いてしまいそうになる。
「……嘘ついてないわね、コイツ」
「へえ、やっぱアゲハ様から見てもそうなのか。あたしはまだ少し疑ってたんだけどな」
と、ここで初めてカグラさんが口を挟んだ。カグラさんはまだ僕が猫をかぶっているのではないかと疑っていたらしい。
「んだよ、そんな目で見るなよ。疑うなって方が難しいだろ、レンタローの場合」
「その自覚がないもんでなんとも……」
「そりゃそうか、厄介だよなあ。でもまあ、もう信じたから安心しろよ。アゲハ様の眼は特別製だからな」
「へえ、やっぱり女神様の権能とかそういう……?」
「……そんなもんじゃないわよ。何億年も魂を裁き続けてれば誰だって身につく程度のもん」
凄いことをサラっといいつつ、アゲハさんは難しい表情を崩さない。口の中でブツブツ言っている。
(多少の記憶の混乱ならまだしも、完全に記憶を失うなんてことあるかしら? あたしの裁きを受けなかったイレギュラーが影響してる? それとも他に何か……)
「あのー、アゲハ様?」
何やら考え込んでいる様子なのを心配してソラさんが声をかけると、アゲハ様は腕組みをしてこう告げた。
「……ま、いいわ。ソラっち、レンタローはしばらく預けといてあげる」
「本当ですか! ありがとうございます!」
良かったですねレンタローさん、と僕の手を取って喜んでくれるソラさんが可愛らしい。僕もほっとしてアゲハさんに礼を言った。
「ありがとうございます、アゲハさん」
「礼を言われるようなことじゃないわ」
入ってきた時とくらべて、どうもアゲハさんのテンションが低い。そこが少しだけ気になりながらも、とりあえずすぐ地獄に連れて行かれる事態は免れたようだ。
ソラさんの部屋をほっとした沈黙が満たす。
「……」
「……」
はて。それでアゲハさんはいつまでここにいるつもりなんだろうか? 今ので話は終わったのでは?
表情を見るとソラさんもカグラさんも不思議そうな顔をしている。とはいえ偉い閻魔様に対して「いつまでいるんですか?」とは言えないのだろう。居心地悪そうに残った茶をすすっていたりなどしている。
しばらくの間そんな沈黙が続いたあと、アゲハさんが口をひらいた。
「何ボサっとしてんのよ。早く始めなさいよ」
「え!? 始めるって何を……」
ソラさんが訊くと、アゲハさんは不機嫌そうに額に皺を寄せた。
「そりゃ、なんたらプログラムのことに決まってるでしょ」
「ええっ!? アゲハ様もここで見ていくんですか?」
「見ていくんですかも何も、ソラっちが更正するレンタローを見てくれって言ったんでしょうが」
「言いましたけど……」
ソラさんが口ごもるのを、カグラさんが引き継いで言う。
「忙しいアゲハ様がつきっきりで見ることになるとは思わねーだろ。こうしている間にも裁きを待ってる魂がいるんじゃないのか?」
そうだそうだ、とばかりソラさんが頷くが、アゲハさんは何食わぬ顔だった。
「別に数日ぐらい待たしときゃいいでしょ」
「ええ~……」
地獄が混んでるの、この人のせいなのでは?
「いいから、さっさとやんなさいよ。ソレ使うんでしょ?」
コントローラーを指さされて、僕は渋々それを拾い上げた。
「……よし、それじゃあたしは一旦帰るかな。ソラちゃん、何かシステムに問題があったら呼ん」
立ち上がりかけたカグラさんの裾をソラさんがはっしと掴む。
「(見捨てないでくださいよ! わたし一人にアゲハ様の相手をさせる気ですか!)」
「(レンタローもいるだろ! あたしを巻き込むなよ、なんか閻魔様機嫌悪そうだし!)」
「(だから引き留めてるんじゃないですか!)」
などとやりあっている。まあ偉い人がじっと見てる前で仕事するの嫌ですよね。
声がでかすぎて絶対聞こえていると思うのだが、当のアゲハさんは気にする様子もなく、相変わらずの不機嫌そうな顔でモニターを注視している。
微妙にやりづらい雰囲気の中、僕は仕方なくない夫の操作に戻ることにした。
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