第三話【セロハンテープとかありませんか?】

3-1

『ない夫ー、じゃあこのへんで待っててね!』


『はい』


 画面の中は、カケダーシの街からほど近い森の中だ。トーコちゃんが機敏に茂みの中に走り去ってゆき、取り残されたない夫は静かに剣を構えて待つ。


「なんか、ようやく冒険者っぽくなってきましたね、ソラさん」


「ええ。トーコちゃんはつくづく得がたい人材でしたね。ラッキーでした」


 ない夫を操作し始めて数日が経った。


 日常の雑多な行動を一つのボタンに割り振るアップデートは、細々とした問題を残しつつも一応の完成を見た。この『べんりボタン』(と名付けられた)のおかげで、かろうじてない夫はこの街での生活を開始することができている。


 といっても、それもトーコちゃんが交渉から買い物から日常のこまごまとしたことまで、かいがいしく世話を焼いてくれているからこそだ。トーコちゃんがいなければ、今頃ない夫はのたれ死ぬか、あるいは森で野人みたいな暮らしをしていたことだろう。


 そしてさらに今、トーコちゃんはない夫と一緒に狩りをする方法を模索してくれていた。言い方は悪いが、ない夫の『使い方』を考えているといったところだ。


『ない夫ー! そっちに行ったよ!』


『はい』


 トーコちゃんの声が近づいてきて、僕は油断なくコントローラーを構える。ラグがあるので油断はできない。


 がさり、とない夫の前の茂みが揺れるのに合わせて、僕はボタンを押す。一拍遅れて、茂みから大きなシルエットが飛び出してくるのと、ない夫が動き出すのが同時だった。


――――――――――――――――

【アクティブスキル】

|>かいてんぎり

――――――――――――――――


 ない夫が剣を持った腕を突き出し、力任せにその場で回転する。


 タイミングはやや早すぎたが、茂みから飛び出してきたクマ型の魔物の腹部を大きく切り裂いた。即死ではないが致命傷だろう。


「やった!」「やりました!」


 僕はソラさんとハイタッチを交わす。なにしろ今までドアを開けたり階段を上がったりといったことにばかり心血を注いでいたので、魔物のキルスコアはこれで二体目である。


 が、ない夫が斬ったのは魔物だけではなかった。近くにあった木も数本切り飛ばし、倒れてきた木に魔物もろとも下敷きになる。魔物はそれがとどめになったらしく動かなくなった。


『うわ! ない夫だいじょうぶ?』


『はい』


 ない夫はとにかく頑丈なので、木の下敷きになるぐらいは問題ない。移動ボタンを連打すると、ない夫はしばらくジタバタともがいた末に立ち上がった。


『わ、ホントに大丈夫そうだね……。ジャイアントベアは倒せたみたい?』


『はい』


『すごーい! この方法は大成功だね! あたしじゃジャイアントベアの防御力を抜けないから、大助かりだよ!』


 トーコちゃんのはしゃぐ姿が画面に入り込んでくる。苦労ばかりかけているので、喜んでもらえると僕も嬉しい。


 トーコちゃんのやったことは、モンスターを発見しておびき寄せ、ない夫の攻撃範囲に追い立ててくるというもの。ない夫は操作の問題で、自分からモンスターを追いかけていって倒すというようなことは極端に苦手だ。しかしこの方法なら、タイミングさえ合えば攻撃を当てることができる。


 それにしても、正確にない夫の正面までモンスターを連れてくるトーコちゃんの手腕は並大抵ではない。攻撃力こそ低いようだが、その他の点では非常に優秀な冒険者のようだ。


『もうちょっとこの方法で何回か試してみよっか? ……次はもうちょっとひらけた場所でね』


『はい』


 倒木につまずいて何度も転ぶない夫に苦笑しつつ、トーコちゃんの表情は明るい。僕としても、完全なお荷物にはならずに済みそうでひと安心である。


「レンタロー、新しいアクティブスキルの動作も大丈夫そうだな」


 トーコちゃんの指示に従ってない夫を移動させていると、背後から声がかかった。少し離れた場所から画面を見ていたカグラさんである。


「ええ、『かいてんぎり』いいですね。スラッシュインパクトだけだと今の方法でも当たりそうにないですから」


「ったく、今回だけだからな。本来アクティブスキルは、ない夫の成長に合わせて解放されていくもんなんだぞ」


「分かってます。ありがとうございました」


 アクティブスキル『かいてんぎり』は、カグラさんに頼んで新しく実装してもらったスキルだ。最初は渋られたが、スラッシュインパクトでスタミナ切れになりかけた事件を知っているソラさんと一緒に説得して、当てやすいスキルを作ってもらったのだ。スキルの名称に統一性がないのは、『かいてんぎり』を命名したのは僕だからである。分かりやすい方がいいし。


「しかし、ない夫の成長っていうのがよく分かってないんですが。やっぱり今日みたいに、モンスターを倒すと成長していくんですか?」


「それは因果が逆ですね、レンタローさん。世界は私たち女神が創ったものなので、世界は女神の力に薄く満たされている状態でして。戦ったりトレーニングをしたりして鍛えるとその力が肉体に浸透して、より強いモンスターを倒せるようになるんです。ない夫はその力がきわめて浸透しやすくしてあるので、効率的に強くなれるはずですよ」


 ソラさんが答えてくれる。モンスターを倒すとレベルが上がるのではなく、鍛えて強くなったらモンスターを倒せるようになると。ゲームっぽくはないが、当たり前の話ではあった。謎の女神パワーみたいなのの存在は新鮮だが。僕が生きていた世界にもそういうのがあったんだろうか。


「なんとなく分かりましたけど……何かまどろっこしいですね。その女神パワーみたいのを最初からぐわーっと注ぎ込んで、さくっと魔王倒したりできないものなんですか?」


「お前なあ、このプログラムはお前の贖罪も兼ねてるってこと忘れてないか?」


 カグラさんに呆れられた。すいません、普通に忘れてました。だって生前に悪いことしたっていう記憶がないんだもん。


「すいません、ただその……このプログラム以前は現地人に力を与えてて、そこで死人も多く出ていたって聞いたもので。その時に女神パワーを最初からフルで与えてれば、魔王もさくっと処理できたんじゃないかなって」


「レンタローさん、女神の力はそんなに万能じゃないんですよ。そんなことができるなら、最初からその女神パワーとやらで魔王を直接倒してます」


 ソラさんが苦笑いする。それもそうか。


「私たちが世界に干渉する方法は非常に限定的です。最初にある程度の力を与え、成長し易くすることはできますが、そこまでです。あとは勇者本人の努力を見守るぐらいしかできないんですよ」


「そーゆーこった。だからレンタローも楽しようとせずに、地道に頑張ってせっせと罪を償うことだな」


「はーい……」


 画面の中ではトーコちゃんが丁度いい場所を見つけ、モンスターを釣りに行くところだ。


 女神様との会話は切り上げて、僕は今できる事に集中することにした。



  ◇  ◇  ◇



「ふーっふーふふーん」


 狩りを終えたトーコは上機嫌で、カケダーシの街への道を歩いている。その後ろを、とぼけたような無表情の大男がトコトコとついてきていた。トーコが口ずさむのに合わせて、大男は間の抜けた声をあげる。


「ふーんふーん、ふふーんふーん」


「はい はい はい」


「なーに? ない夫、それ合いの手のつもり? あはは、いいよ、どんどんやって」


「ふーんふふーん、ふっふっふーん」


「はい はい はい はい」


「あっはは! ない夫ぜんぜんダメ。リズム感ないの!」


「いいえ」


「いや、ないでしょ! また見栄張るんだからー」


 楽しそうに言葉を交わしつつ、街壁を区切る門に差しかかるところで、顔なじみの衛兵に声をかけられる。


「お帰り、トーコちゃん、ない夫。今日も空振りかい?」


「いいえ」


「ない夫の言う通り、逆よ逆! おじさん、荷運びの冒険者を十人ぐらい北東の森にやってちょうだい! 目印はつけてあるから」


「十人? そいつは豪気だなあ……獲物はなんだ?」


 トーコがジャイアントベアの名とその数を告げると、衛兵は驚いた顔をして冒険者の手配をしに行ってくれた。怪我や年齢を理由に一線を退いたものや、逆にまだ未熟な若者たちは荷運び専門の冒険者として登録されている。持ち帰りきれなかった獲物などは、そうした冒険者に討伐金の一部を与える代わりに運搬を頼むことができるのだ。


 実際戦果は上々であった。ジャイアントベア三体にグレイウルフ多数。トーコ一人では到底なし得なかった戦果だ。


 ない夫を定点に置いてトーコがモンスターをおびき寄せる作戦の有用性は実証された。グレイウルフなどの身体の小さいモンスターには命中率が低いが、ジャイアントベアはいずれもない夫の技(なんか回転しながら斬る技、どうしてあれであんな威力が出るのか分からない)で一撃であった。今までは逃げることしかできなかった大型モンスターを倒せるようになったのは大きい。


 荷運びの冒険者の取り分を考えればそれほど大きな稼ぎとは言えないが、それでも今後もコンビで冒険者をやっていくのに十分な手ごたえを感じられる戦果である。


「それにしてもない夫、あの回転して斬るやつはいいね。スケイルワームの時も使えばよかったのに」


「いいえ」


「ん? ……あの時は使えなかったってこと?」


「はい」


「そうなんだー。そういえば前も、開けられなかったドアが次の日には開けられるようになったりしてたし……ない夫の呪いみたいなのが、少しずつ弱まってるってことののかな?」


 トーコの問いに、ない夫はやや間を空けて答えた。


「……はい」


「あはは、イマイチ自信なしって感じ? でも、本当に弱まってるんだといいね」


「はい」


「そうしたら、いつかない夫ともちゃんとお喋りできる日がくるかもしれないね」


「はい」


「まあ今でも、なーんとなくない夫の言いたいこと、分かってきたような気がするけど」


「いいえ」


「えー!? けっこう自信あったんだけどなあ……」


 片方は『はい』『いいえ』だけの奇妙な会話をしながら、二人は夕暮れの街を歩いていく。


「……ってない夫、また擦ってる擦ってる!」


「はい」


 まっすぐ歩いているだけなのに、いつの間にか壁にごりごりぶつかるない夫を、笑いながら引っ張り戻す。トーコはいつの間にか、このとぼけたような無表情の、やたら手のかかる不器用な男に、愛着のようなものを感じ始めている自分に気づいていた。


「今日はなんかおいしいものでも食べて帰ろっか!」


「はい」


 ない夫は無表情のまま、上機嫌なトーコに手を引かれて歩いていくのだった。

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