2-3

「――というわけで連れてきました。運営のカグラちゃんです」


「おいーす、カグラちゃんでーす」


「あ、直接連れてこれるんですね。……初めまして、レンタローです」


 ものの5分と経たないうちに、ソラさんは運営の人(というか女神)を連れて戻ってきた。意外とフットワーク軽いな運営。


 カグラさんはソラさんとは正反対で、かなりでかい女神様だった。たぶん2メートルは超えている。炎のようなボサボサの赤髪には一本ツノが生え、大きな口からはキバが覗いている。すごい美人ではあるのだが、女神様というよりは地獄の獄卒と言われたほうがしっくり来そうだ。


「ふうん、お前がレンタローねえ」


 そのカグラさんはしばらく僕を上から下までジロジロと眺めていたが、拍子抜けしたようにふんと鼻を鳴らした。


「……なんだ、案外普通だな。もっとこう、血の臭いがするような魂を想像してたんだが」


「魂にこびりつくほどの血の臭いってなんですか!? 生前の話は止めて下さいよ、ぜんぜん覚えてないので……」


「カグラちゃん、そのくだりは私がさんざんやったので……。今のレンタローさんは、大人しくて普通の魂ですよ」


「記憶をなくして大人しくなったって? へえ、そんなことがあるもんかね」


 カグラさんはまだ疑わしげに僕を眺めている。猫をかぶっているとでも思われているのだろうか、やりづらい。


 助けを求めるようにソラさんを見ると、ソラさんは頷いて話を本題に持って行ってくれた。


「レンタローさんのことはいいんですよカグラちゃん。今日はカグラちゃんの作ったシステムに言いたいことがあったので呼んだんです」


「おう、そうだったな。何でも言ってくれソラちゃん」


 どうでもいいけど、ソラさんとその倍ぐらい体積のありそうなカグラさんとがちゃん付けで呼び合ってるのは違和感がすごいな。


「ない夫――カグラちゃんが見つけてくれた死体のことをそう呼んでるんですけど、ない夫の機能が少なすぎます! 戦闘はともかく、これじゃ日常生活がまともに送れませんよ。せめてドアぐらい開けられるようにしてもらわないと」


「あ? ドアだ? あたしがそんなこと考えてないとでも思ったか? 言っとくが、ドアくらいちゃんと開けられるぞ」


「「ええっ!」」


 僕とソラさんが同時に声をあげる。ソラさんは慌てて説明書をめくり始めた。


「でも、説明書にはそんな項目どこにも……」


「そりゃ、そんなこといちいち書いてたら辞書みたいな説明書になっちまうからな。『その他行動はメインメニューから探すこと』って書いてあるだろ?」


「ほ、本当ですね……」


 なんだ、とやりとりを聞いていた僕はほっとした。ソラさんのうっかりだったのか。


 うっかりするのは仕方ない。ソラさん可愛いし。それよりも、ちゃんとドア開け機能がない夫についていることに安心した。


 僕たちはせっかくシステム製作者に来てもらったのだからと、実際に操作してもらってやり方を教わることにした。寝ていたない夫を起こし、ドアの前まで移動させると、カグラさんはコントローラーを持ちながら説明を始めた。


「いいか? まずこの緑色のボタンを押す。すると画面右上にメインメニューが出るだろ?」


「「ふむふむ」」


▼メインメニュー

 ▽戦闘

 ▽一般

 ▽ステータス


 画面の右上に四角いメニューが現れる。ここまではいろいろ触って知っている。


「ここで、『一般』を選択する」


 ▽一般メニュー

  ▽食事

  ▽移動

  ▽踊る

  ▽生活その他


 メインメニューの横に、さらにウィンドウが表示される。僕はすでに感じる嫌な予感を置いといて、カグラさんの説明を黙って聞く。


「次に『生活その他』を選択。さらに動かす部位で『手』を選択。さらにさらに『道具』メニューから『小道具(生活)』を選択。すると出てくる選択肢から……」


「タイム」


 僕はたまらずカグラさんの言葉を遮った。


 きょとんとするカグラさん。画面内は、大小五つのメニューウィンドウがない夫の視界を埋め尽くしていた。


「ドア一枚開くのに何個メニュー開くんですか!? ドア見えなくなっちゃってますけど!」


「あー、あー? だ、大丈夫、あたしらが見えなくてもちゃんと行動はできるから」


「そういう問題じゃなくてですね。ドア開けるたびに毎回こんなことやってられませんよ!」


 僕が言うと、カグラさんは決まり悪そうな顔で黙ったまま最後のメニューから『ドア(開ける)』の項目を選択した。ガチャ、と音がしたのでドアは開いたらしい。見えないけど。


「一応聞きますけど、このドアを閉めるときって……」


「……さっきの手順をもう一回やって、最後に『ドア(閉める)』を選べば閉められるぞ」


 黙って聞いたソラさんも、ジト目でカグラさんを見ながら口を開く。


「カグラちゃん、さすがにちょっとこれは……」


「しょーがねーだろ! 動作にいちいちボタンを割り振ってたらボタンが何個あっても足りねーし、雑多な行動をまとめるにはツリー構造のメニューがちょうど良かったんだよ! これでもだいぶ頑張って整理したんだぞ!」


「いや、途中『踊る』とか明らかに不要なメニュー見えましたけどね」


 僕が突っ込むと、カグラさんにきっと見つめられる。大柄なカグラさんに見下ろされると、彫りの深い目鼻立ちと相まってそれだけで萎縮しそうになる。


「……確かに、やってみてちょっと不便だなとは思ったけどよ、他にやりようはあんのか? 例えばボタンを増やして『ドア(開ける)』を割り振るぐらいは簡単だが、それだと無限にボタンが増えていくだけだぞ?」


「うーん……。カグラちゃん、とりあえずもう少しメニューを整理してみますか?」


「ソラちゃんが言うならやってもいいけどよ、根本的な解決にはならないだろ」


 うんうんと唸りだした二人にならって、僕も考えてみる。確かにダメ出しばかりして、対案を出さないのは問題だ。


 あやふやな記憶の中で、生前の世界のゲームではどうなっていたか思い出そうとする。少なくとも、こんな複雑なメニューにはなっていなかったはずだ。もちろんこれはゲームではないのだから、同じように行くわけではないが……。


 おぼろげながらかつて見たことのあるような気のするゲームを思い浮かべながら、僕は提案を口に出した。


「あの、ドアを開けるとか閉めるとか、その他日常でよく使う行動は全部一つのボタンに割り振るわけにいきませんか? ドアの前でやることなんて決まってるわけですし、そのボタンを押すと状況に応じて適切な行動をとる、みたいな」


 言うのは簡単だが、そんなことできるのかな……と自信がなくなりつつの提案だったが、カグラさんは一瞬フリーズしたかと思うと、僕の肩をガッと掴んだ。


「その発想……天才か!」


「え、ええ……?」


「映像認識機能をああしてこうして……いけそうだな! レンタロー、さすが裏社会を牛耳ってただけあるな!」


「は、はあ……」


 グイグイ迫るカグラさんを「カグラちゃん、近いですよー」とソラさんが引き剥がしてくれる。助かった。ていうか僕、裏社会を牛耳ってたのか……そんな気はしてたけど。


「そうだな……朝までには実装してやる。ソラちゃんとレンタローにも手伝ってもらうぞ!」


「そんなすぐできるもんなんですか?」


「カグラちゃんは女神いちの天才エンジニアなんですよ!」


 なぜかソラさんが胸を張る。天才エンジニアならもうちょっとメニューを何とかできなかったのだろうか……。


 ともかくこうして、真夜中のない夫改造計画が開始された。




 ――それは簡単な仕事ではなかった。


 ドアの前に立つない夫は、ある時は存在しない階段を上ろうとして奇妙なステップを踏み始めたり。


 またある時はドアノブに齧り付いたり、あるいはドアノブを捻る動作はするものの、その手は虚空を掴んでいたりした。ひどいのではその場で踊り始めたりすることもあった。


 さすがに踊り出したのはカグラさんの悪ふざけではなかったかと疑っているが、そんなこんなの試行回数は実に五十回以上にも及んだ。


 だがその末に、僕たちはやり遂げたのだ。



  ◇  ◇  ◇



 ひと晩ぐっすり休んだ冒険者トーコは、夜明けまもなくない夫を迎えに出かけた。


 昨日はいろいろあって当惑してしまったが、今ではすっきりとした気分だった。そりゃ、呪いのせいだかなんだか知らないけれど、階段を上れなかったりドアを開けられなかったりすることにはちょっと――いやだいぶ面食らった。が、考えてみればトーコ以上に、ない夫本人が一番困っているに違いないのだ。


 ない夫はそんな、自分一人が生きていくにも難儀するようなハンデを抱えているにも関わらず、トーコのことを助けてくれたのだ。そう考えてみれば、ドアを開けてやることぐらいがなんだろう。命を救われた恩に比ぶべくもない。


「待っててねない夫、今あたしがドアを開けてあげるから!」


 はたから聞くと意味不明な独り言をつぶやきながら、トーコはない夫の泊まる宿に入る。目的の部屋の前まで来たところで、部屋の中で誰かが動く気配を感じた。


「もう起きてるのかな? って――」


 ガチャリ。


 トーコの目の前でゆっくりとドアノブが回り、ドアが開かれた。


 そこに立っているのはもちろん、禿頭大躯の男、ない夫である。


「!! ……びっくりしたー。ない夫、ドア開けれるようになったの?」


「……はい」


「そっかー! そうだよね、昨日はちょっと本調子じゃなかっただけなのかな?」


「はい」


「やっぱりー! 良かった!」


 トーコは安堵した。面倒を見る決意をして来たとはいえ、正直ちょっと(これは大変なことになったな)と恐々としていたのだ。自分でできるならそれに越したことはない。


「やははー、ちょっとホッとしたかな。あたしが毎回ドア開けてあげなきゃいけないかと思ったよー」


 トーコがぽん、とない夫の肩を叩く。


 ――トーコはあずかり知らぬことではあるが、このない夫。先ほどのドア開けは、五十数回にも及ぶ試行の果ての、初めての成功であった。


 ということはつまり、ない夫は一睡もせずにドアの前でデバッグに付き合わされていたということであり。


 その結果ちょうどスタミナがゼロになったない夫は、トーコのひと叩きがとどめになってぶっ倒れた。


「なんで!? え、ちょっと、あたしのせい!? な、ない夫ー!」


 こうしてない夫は、ふたたびシラハの診療所に担ぎ込まれたのであった。

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