第二話【運営に直訴します】
2-1
「な、何とかなりましたね!」
「そ、そうですね!」
僕とソラさんは抱き合ったままの状態に気づき、ぱっと離れてはにかんだ。ともかく、実際何とかなったのだ。初日から出会ったスケイルワームを、スタミナゲージをきっかり使い切りながらも倒すことができた。
「死体の方も、あの女の子が回収してくれるみたいですね」
画面を見ながらソラさんが言う。死体といっても、死んでいるわけではない(?)。スタミナゲージは空っぽだが、ライフゲージはわずかに残っている。
僕がさっきまで動かしていたスキンヘッドの男は、先にスケイルワームと戦っていた女の子が応援を呼びに行ってくれたらしく、複数の人々の手によって担架に乗せられるところだった。もう目を離しても平気だろう。
「ソラさん、この死体のスタミナはいつ回復するんです?」
「時間経過で徐々に回復していきます。半日後には目を覚ますと思いますよ」
長いような短いような。僕がコントローラーを置くと、ソラさんは微笑みながら言った。
「さて、少し時間ができたことですし、これからのことを説明しておきましょうか。軽いチュートリアルのつもりが、いきなり大活躍させちゃいましたからね」
「ホントですよ……いや、活躍というほどのことはしてませんけど」
少し疲れました、と言うと、お疲れ様です、とソラさんは立ち上がった。
「まず、お茶でも入れますね。レンタローさんはそこで待っていてください」
「あ、はい。ありがとうございます……」
すたすたと去っていくソラさん。
手持ちぶさたになった僕はあらためて室内を見回す。床は畳敷きで、六畳ほどの部屋だ。中央にはちゃぶ台が置かれ、ソラさんが出ていった廊下とは襖で仕切られている。純和風な装いの中、勇者(死体)の映っている大きなディスプレイは少し不釣り合いだ。
ディスプレイには電源コード的なものはついておらず、どうやって動かしているのか不思議に思う。そういえば、先ほどまで握っていたコントローラーもワイヤレスだ。まあ、むしろ異世界の死体を操作できるような機械が電力で動くほうがおかしいのだが。
壁の一面は障子戸になっていて、僕はなんとなくそちらに近づく。そういえば、この部屋は光源らしきものが見当たらないのに明るい。外はどうなっているのだろうと、軽い気持ちで僕は障子戸を引いた。
そして息を呑んで立ち尽くした。障子戸の外は縁側になっていてそれは良いのだが、その先が問題だった。普通なら庭でも広がっていそうな縁側の先には、何もなかったのだ。
むしろ、何もないがある、と言いたくなる。そのくらい圧倒的な存在感の闇に、この部屋は包まれていた。
「気をつけてくださいね、混沌(カオス)に落ちたら自力では戻ってこれませんから。私たち女神でも、探し出すのはなかなか手間ですので」
声に振り向くと、いつの間にか戻ってきたソラさんがちゃぶ台に湯呑みを並べていた。クッキーのような茶菓子もある。
僕はなんだか圧倒されたような気分のまま障子戸を閉め、ソラさんに向き合って座った。
「……死後の世界って、こんななんですか?」
「さすがレンタローさん、肝がすわってますねえ。混沌を初めて見た感想がそれですか」
と、ソラさんはよく分からない感心の仕方をしながら質問に答えてくれた。
「死後の世界というのとはちょっと違いますね。天国はもっと天国ですし、地獄はもっと地獄ですよ」
「なんの説明にもなってない気がしますが……」
「ここは言うなれば神々の世界といったところですかね。混沌はあらゆる物質であってあらゆる物質でないので、私たち女神はそこからいろんなものを作り出すことができます。ですからこうやって、家を建てて住んでいるわけですね」
「じゃあ、この純和風な部屋は」
「私の趣味です。レンタローさん的には、ちょっと地味すぎますかね?」
「いえ、すごく落ち着きます」
お茶と茶菓子に手を伸ばしつつ答えると、なぜかソラさんは意外そうな顔をした。
「そうなんですか? 生前は自ら刈り取った相手の頭蓋骨で室内を装飾されてらしたのに……」
「何それ怖っ!? 僕生前そんなことしてたんですか!?」
「してましたねえ……他にも色々と」
「あ、いや、もう言わなくていいです。思い出したくないので!」
生前のことはホントに何にも覚えてないのだが、いったいどんな人生を送ってたら頭蓋骨で飾り付けするような価値観になるんだ。一生思い出したくない(死んでるけど)。
「そうですか。まあ私としても『血の臭いがしないと落ち着かねえんだよ』とか言われなくてホッとしました。これからしばらく一緒に暮らすわけですし……」
「えっ」
「えっ?」
「いやその……僕ここで暮らすんですか? ソラさんと二人きりで?」
「そういえばまだ言ってませんでしたか、そうですよ。今回のケースは特殊なので、魔王を倒すまでは私と一緒に過ごしてもらいます」
なので、とソラさんはにっこりと微笑んで軽く頭を下げる。
「これからしばらくの間、よろしくお願いしますね。レンタローさん」
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」
僕は照れながら相手よりも深く頭を下げた。いつの間にか死んでたり、しかも普通なら地獄行きだと告げられたりと戸惑うことばかりだったが、優しくて可愛いソラさんに面倒を見てもらえるならラッキーだったのかもしれない。
「では、一息つけたところで、レンタローさんが実施中の『魔王討伐更生プログラム』について説明しますね。分からないことがあったら、どんどん聞いてください」
「これ『魔王討伐更生プログラム』って名前なんですね……。はい、お願いします」
それから僕はソラさんからいろいろな話を聞くことになった。僕が生きてきた世界の他にも世界はたくさんあって、今回魔王が現れたのはそんな世界のひとつなのだという。また世界と同様にソラさんのような女神も多数存在し、それぞれに割り当てられた世界の管理を行っているのだそうだ。
管理といっても基本的には死後の魂の管理が主で、現世のことには干渉を行わない。が、その例外となるのが魔王が誕生した場合なのだという。
「魔王っていうのは一体何なんですか?」
「説明が難しいんですが、あえて簡単に言えば私たち女神の対極にある存在です。先ほど言ったように、女神は混沌(カオス)からさまざまなものを産み出すことができます。魔王は逆に、いま現世にあるものを無に帰すことができちゃいます」
「無、ですか」
「はい。恐ろしいのは混沌に戻すとかじゃなくて、完全な無にしてしまうところです。今レンタローさんがここで私と話しているように、生命は死を迎えても魂は輪廻を繰り返し、引き続き世界を構成する一部としてあり続けます。魔王はその輪廻の輪を途切れさせてしまう存在です」
「魔王をほったらかしにしておくと、世界が無くなっちゃうってことですか?」
「そういうことです。なので、放っておくことはできません。魔王は成長すると私たち女神にも匹敵する格の存在になりますから、現世の人たちでは太刀打ちできません。ですから魔王が誕生した時のみ、女神はその排除のため現世への干渉が許可されます」
「今僕がやってるみたいに、ってことですね。ちなみに魔王っていうのはなんで出てきちゃうんです?」
「そこは私も詳しくは知らないんですが、女神が権能を行使する代償のようなものだとか。女神が存在する限り、どこかで魔王も産まれ続けるそうです」
光あるところに陰があるみたいな話だろうか? 分かるような分からないような説明だが、ソラさんも詳しくは知らないということなので、問いただしても仕方ないだろう。
「とりあえず魔王を倒さなくちゃならないっていうのは理解しました。でも、その倒し方はどうやってたんです? 話しぶりからして、毎回死体をコントローラーで操作してるわけじゃないんですよね?」
「もちろんです。今までは現地の人間に『勇者よ、今おまえの頭に直接語りかけてます』とか何とかやって、女神パワーを与えて魔王と戦ってもらってました」
「女神パワー」
「はい。ただこれだと問題があって、その現地人が高確率で死んじゃうんですよね。中には何十人もの勇者が返り討ちに遭うようなケースもあって、このやり方は非人道的なんじゃないかって女神議会でも問題になりまして」
「女神様、民主主義なんですね」
「人間の真似事ですよ、ただみんなでワイワイ話し合ってるだけです。――ともかくそういう経緯があって、生きた人間がダメなら死体を利用して魔王倒せないかな? ってなったのが現在の方法になります」
「死体使うのは人道的なんでしょうか……?」
「? 何か問題がありますか? 魂がなくなってしまえば抜け殻みたいなものですよ」
「……女神様的には確かに、そうなんでしょうね」
現世の人たちと違って、女神様は実際に魂の輪廻という現象に立ち会っているのだ。そんな神々に対して「ホトケさんを粗末に扱うな」とか言っても仕方ないことではあった。
「それでまあ、ここでいったん話が飛ぶんですが、近年地獄行きになる魂が増えてまして」
「ほんとに飛びましたね」
「すいません。地獄は魂の罪を浄化して次の輪廻に送り出すために必要なんですけど、わりと地獄のキャパがもういっぱいいっぱいで、順番待ちになる魂も出ちゃってるんですよね」
「地獄の順番待ちとか嫌ですね」
「そこで、地獄行きになるはずの魂に魔王討伐を手伝わせて、ついでにその過程で更生してもらえれば一石二鳥なんじゃね? っていうのが、今回の『魔王討伐更生プログラム』になります」
「……ようやく自分の中で話がつながりました。魔王討伐で更生することになるのかはイマイチわかりませんけど」
そう疑問を口にすると、ソラさんは僕の目を見つめてにっこりと微笑んだ。
「そうですね。これはそのためのテストケースでして、そのためのレンタローさんです。もしレンタローさんを更生できるのであれば、どんな極悪人でも更生できるという証明になるでしょう?」
「そ、そうですか……」
史上最悪の極悪人として選ばれたのかよ、僕……。ラッキーだとか思ってたけど嫌すぎるな。記憶を無くしてるから自覚はないけど、女神様アイで見れば僕の魂はドス黒く染まっていたりとかするんだろうか。
「とりあえず説明しようと思っていたことはこれで説明できたと思いますが……。何か他に質問はありますか?」
「いっぱいあると思うんですけど、ちょっと色々ショックも大きくてよく分からないですね……」
「でしたら少し、時間を置きましょうか。時間はたっぷりありますからね。お風呂でも入られます? それともご飯の用意をしましょうか?」
「あ、ご飯はお茶菓子を頂いたばかりですし、お風呂で……」
ニコニコと世話を焼いてくれるソラさんに言いかけたところで、僕は一つ聞きたいことができたことに気づく。
「……ていうか、魂に食事とか風呂とか、必要なんです?」
「まったく必要ないですね」
「えー……」
「でも生前の感覚は残っているはずですから、食べれば美味しいですし、浸かれば気持ちいいですよ。お風呂は廊下に出て突き当たりを左です。うちのお風呂は凄いですよ。総檜の力作です」
「はあ……」
釈然としないながらも、僕は勧められるがままにお風呂に入ることにした。総檜っていっても、それ混沌(カオス)製ですよね?
まあいいや。とりあえず、ゆっくり湯に浸かってこれまでの出来事を整理しよう。
「死体のスタミナ回復にはまだまだかかりそうですから、ごゆっくりどうぞ」
総檜の風呂は言うだけあって、とても気持ちよかった。
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