1-4

 冒険者の少女トーコは、やや離れた場所からこの奇妙な戦闘を見守っていた。


「なんなのよ、コレ……」


 辺りの状況だけを見れば、壮絶な戦闘が繰り広げられたかのようである。木々は折れ、地面は抉れ、小さなクレーター状の穴で半ば地形が変わりつつある。しかし肝心のスケイルワームと、冒険者の男は共に無傷であった。


 そもそもスケイルワームはその名の通りの堅いウロコと、巨体から繰り出されるパワーが厄介な敵なのであって、攻撃を当てにくいという類のモンスターではない。しかし、目の前の男の不器用さはそれをはるかに上回っていた。その場でクルクルと旋回して狙いを定め、真っ直ぐに突っ込んでいって剣を振り下ろす、それしかできないようなのだ。ひどい時にはまったく見当違いの方向を攻撃することだってある。


 とはいえ、その攻撃の威力はトーコが今まで見たこともないほどに凄まじい。その威力を警戒してか、スケイルワームも向こうから仕掛けてくることはしない。距離をとって、いつでも回避行動を取れるようにとぐろを巻いている。


(これ、永遠に決着つかないんじゃ……)


 トーコにそんな感想を抱かソラ両者の戦いだったが、変化は突然に訪れた。


 間断なく攻撃を続けていた男が、突然だらりと剣をぶら下げたまま、棒立ちで動かなくなったのである。


「ちょっと、どうしたの!? そんな隙だらけにしてたら……!」


 それは遥か遠くの天界にて、レンタローとソラがパニックになってコントローラーを放り出したためなのだが、トーコには知る由もない。相変わらずのとぼけたような無表情で固まる男に必死で呼びかけるが、何の反応も返ってこない。


 当然、スケイルワームがその機を逃すわけがない。


「キシャッ!」


 鋭い鳴き声をひとつあげると、男の無防備な胴体に食らいついた。


  ◇  ◇  ◇


「ギャアアアアア! レンタローさん、完全に食らいつかれちゃいましたよ!」


 モニター画面は赤く明滅し、スタミナとは別に設定されたライフエネルギーが残りわずかであることを示している。ソラさんはもうほとんど泣き出していた。


「うう、怒られる……。死体を用意するのもすごく大変だったのに、こんなにあっけなくプロジェクト失敗だなんて。最悪、女神からの降格もあり得るかも……!」


 狼狽えるソラさんの隣で、しかし――


 ――僕はコントローラーを握り、冷静さを取り戻していた。


「グスッ……もうダメですぅ……」


「いいえ、まだです」


「えっ?」


 僕はじっとモニター画面に集中していた。棒立ちのまま攻撃を受ける死体。減っていくライフ。あと一回アクティブスキルを撃てる分だけ残ったスタミナ。


 スケイルワームの動きを見極め、僕はボタンを押すタイミングをはかる。


「この距離なら、今度こそ外さない……!」


――――――――――――――――

【アクティブスキル】

|>スラッシュインパクト

――――――――――――――――



  ◇  ◇  ◇



 冒険者トーコは、脇腹の痛みをこらえて立ち上がった。


(……あいつを助けないと)


 助けに現れた(たぶん)男は、胴体をスケイルワームに絡め取られ、何度も噛み付き攻撃を受けてほとんど瀕死に見える。しかし、おびただしく流血しながらも、その顔は何の危機も感じていないかのような、どこかトボけたような無表情のままだ。


 それに男は、まだ剣を手放していない。剣を持った両腕は自由だ。


 フラフラと歩み寄るトーコに、一瞬スケイルワームが警戒の視線を送る。その瞬間、ワームに絡みつかれたままの男が、激しくバタバタと足を動かし始めた。


「――!」


 一見悪あがきのようにも見えるが、ずっと男の戦いを見てきたトーコは直感した。男はずっと一連の動作を繰り返してきた。すなわち、走って、斬る。


 壁に向かってダッシュしていた男の姿が頭をよぎる。――もしもあれが、ただの自傷行為じゃなかったとしたら。動けない状況から技を繰り出すための、何らかの訓練だったとしたら?


 思考が正解に辿り着くよりも先に、トーコは咄嗟に手にしていた短剣を投げた。


「GRRR!?」


 スケイルワームの方でも男の異変を感じ取ったのだろうか。暴れる男に絡みつくのをやめ、離れようとしていた。その鼻先に、トーコの放った短剣が飛来する。


 非力な、しかも手負いのトーコが投げた短剣に大した威力はない。頑丈な鎧に覆われたワームを傷つけることはないだろうその短剣を、しかしスケイルワームは首をもたげて躱した。躱してしまった。


 ――その躱した先に、男の大剣が振り下ろされた。



  ◇  ◇  ◇



 ザンッ!


 モニターのスピーカーが、肉を切り裂く鋭い音を伝えてくる。


「……や」


 僕とソラさんは、ぽかんと口を開けてそれを見ていた。わずかなライフを残して踏みとどまり、最後のスタミナを使い切って放たれたアクティブスキルが――


 ――スケイルワームの体を、縦に真っ二つに切り裂いていた。


「「……やったー!!!」」


 僕はソラさんと思わず抱き合っていた。謎の感動で胸がいっぱいになり、涙があふれる。


「当たった! ついに、ついに当たりましたよソラさん!」


「やりましたねレンタローさん! すごいです! ここぞという所で決めてくれましたね!」


 僕たちはコントローラーも放り出して、しばらくの間抱き合ったままぐるぐると跳ね回り、初勝利を喜びあったのだった。



  ◇  ◇  ◇



「や、やった……!」


 一方その頃、冒険者の少女トーコも、そんな言葉を思わず口にしていた。


 それにしても、あの堅い鱗ごとスケイルワームを一刀両断にするとは、なんという剛力だろうか。ワームを切り捨てたそのままの姿勢で動きを止めた男に近づき、トーコは声をかけた。


「あんた、ちょっと変わってるけどスゴいじゃん! あれなら、最後のあたしの加勢も余計だったかもね、なんて……」


 謙遜混じりのその言葉に、しかし返事は返ってこない。トーコは首をかしげつつ、男の顔をのぞき込む。


「……おーい、大丈夫? ひどい怪我だし、とりあえず一回街に戻ろっか?」


 そう言って男の肩をポン、と叩く。


 ――と、その僅かな衝撃がとどめとなって、スタミナゲージゼロの男は地面にくずおれた。


「ええっ!? あ、あたしのせい!?」


 トーコはピクリとも動かなくなった大男を前に、途方に暮れるのだった。

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