1-3

『はい』


 僕はコントローラーを操作し、会話メニュー(といっても『はい』『いいえ』の二択しかない)を選択した。


 現地人の女の子が歩いていった方向に適当に歩いてきたのだが、どうやらちょうど女の子がモンスターに襲われているところに出くわしたらしい。ソラさんは戦闘のチュートリアルと言っていたが、初めての戦闘が女の子を助けるシチュエーションとは、なかなか燃えるチュートリアルではないか。


 ソラさんの指示に従って会話メニューを閉じ、緑色のボタンを押して戦闘メニューを開く。すると自動で画面内の死体が剣を抜き放ち、臨戦態勢になった。


「しかし、意外ですねえ」


 少し緊張しながら操作をする僕の横で、ソラさんは何やら感心していた。


「鬼畜なレンタローさんのことですから、あの女の子は見捨てるかと思ってました」


「鬼畜なレンタローさん!? あの、僕記憶ないんで生前のイメージやめてくれませんかね……」


「すいません、そうでしたね。生前を知っているとあまりに意外だったもので、つい」


 ますます生前のことを思い出すのが怖くなってきたな……。


 まあ生前の僕がどれだけ悪党だったのか知らないが、少なくとも今の僕には、モンスターに襲われている少女を助けたいと思うだけの良識はある。


 しかし助けたいとは言っても、この死体がどのくらい戦えるのかは未知数だ。戦闘のチュートリアルと聞いて、僕はなんとなく青くて頭の尖ったゼリー状のモンスターとかを想像していたのだが、目の前の蛇ともワニともつかない生物は、でかくていかにも強そうだ。


「なんか思ってたよりだいぶ強そうな敵ですけど、勝てるんですか? これ」


「これはスケイルワームと呼ばれるモンスターですね。確かに当初の予定よりはだいぶ強敵みたいですけど……そうはいっても、駆け出しの街周辺のモンスターですから。この死体なら勝てなくはないはずですよ!」


 『危険はありません』だったのが『勝てなくはない』になってしまったが、本当に大丈夫なんだろうか。仮にこの死体に勝てるだけのポテンシャルがあるとしても、操作の問題もあるのだが。


「まあ、とりあえず頑張ってみますけど……戦闘はどうやればいいんですか? 正直、あんまり複雑な操作はできそうにないですよ」


「簡単ですから、心配いりませんよ! 画面に『アクティブスキル』と出ているのがわかりますか?」


「はい」


 それは戦闘メニューを出したときから気付いていた。画面の右手側に小さなウィンドウが開いて、


――――――――――――――――

【アクティブスキル】

|>スラッシュインパクト

――――――――――――――――


 と表示されている。


「アクティブスキルというのは、戦闘時に必要な動作をまとめて発動できるようにしたものです。例えばスラッシュインパクトなら、『突進して』『全力で斬りつける』という一連の動作を自動でやってくれるわけですね。

 今はスラッシュインパクトの一種類しかありませんが、今後の成長に応じてアクティブスキルも増えていくのだそうです」


「なるほど、ワンボタンで済むなら僕にもなんとかなりそうな気がしますね!」


 僕はぎゅっと、コントローラーを握る手に力をこめた。



  ◇  ◇  ◇



 トーコは痛む身体を樹に寄りかからせて、スケイルワームの前に割って入ってきた男の背中を見守っていた。


(スケイルワームを単独で相手するのは、熟練の冒険者でも難しい)


 だというのに男は、どこかトボけたような無表情のまま、構えらしい構えも取らずにスケイルワームに平然と対峙している。


(このへんじゃ見ない顔だけど、まさか凄腕の冒険者だったりするのかな? でも、街壁に頭がんがんぶつけてた変な人だしなあ……)


 トーコは不安に思ったが、ずきずきと痛む身体はろくに動かせそうにない。自分の命運は、あのよくわからない変な男に託すしかないようだ。


 祈るようなトーコの視線を浴びている男は戦う気があるのだかないのだか、一応剣だけは抜き放ってはいるものの、ほとんどただ突っ立っているだけである。そんな棒立ち状態の男が――


 ――なんの予備動作もなしに、剣を振りかぶって突進した。


(っ! 速い!)


 トーコは眼を見開いた。大柄な体に似合わず空気を裂くような勢いで踏み込んだ男は、持っている大剣を渾身の力で振り下ろす。


 次の瞬間、大地が揺れ動いたかのような衝撃が少し離れたトーコの元にまで伝わってきた。ズドン、とただ剣を振り下ろしただけとは思えない轟音が響きわたる。木の枝が弾け飛び、地面が抉れる。


(すごい威力! でも……)


 トーコはくるりと視線を右に、突進していった男に向ける。


 そしてくるりとこんどは左を見れば、そこにはスケイルワームが「?」とでも言いたげに、身動きもせず鎮座していた。


「どこに向かって攻撃してんの!?」


 トーコは痛みも忘れて思わず突っ込んだ。



  ◇  ◇  ◇



「レンタローさん、ちゃんと敵の方を向いてからボタンを押さないと……」


「で、ですよねー」


 呆れ顔になるソラさんに僕は赤面しつつ、あらためてコントローラーを握り直した。


「今度こそ当てますんで、大丈夫です!」



  ◇  ◇  ◇



「ギャアアアアアアアアアア!!!」


 悲鳴を上げながらトーコが飛びのくと、一瞬先まで彼女のいた場所を、男の豪剣が切り裂いていった。


「なんであたしを攻撃してくんのよ!? 殺すつもり!?」


「はい」


「はい!?」



  ◇  ◇  ◇



「レンタローさん、やっぱりこの子を殺すつもりで……」


「やっぱり、じゃないですよ!? ただの操作ミスですって、操作ミス!」


 スケイルワームに向かって方向転換をするつもりが、狙ったところで止められずに、勢いあまって少女の方に向いてしまった。そして危うく攻撃を当てそうだったことに焦って、会話コマンドの『はい』と『いいえ』まで押し間違ってしまっただけなのだ。


「ていうかこれ、コントローラーの反応悪くないですか? なんか、ボタンと実際の動作に妙なラグがある気がするんですが……」


「そうなんですか?」


 そうなんです。僕がヘタクソなだけではないのだ。たぶん。


 方向転換用の十字キーを押しても、画面内の死体が実際に動き出すまでに一瞬のラグがある。そして、方向転換を止めようと思ってボタンから手を離しても、やはり止まるまでに若干の間があるのだ。


 そのせいで、スケイルワームの方を向いたと思ったのが、勢いあまって少女の方まで行ってしまった。アクティブスキルの実行ボタンに関しても同様のラグがあるので、しまった、と思ったときには『スラッシュインパクト』を実行した後だったのである。


「……というわけなんですけど、何とかなりません?」


「う、うーん。運用し始めたばかりのシステムなので、そういう不具合もあるのかもしれませんね。いずれ直せるかもしれませんけど……」


 ソラさんは申し訳なさそうに、視線をモニターに向ける。


「とりあえずこの場は、現状で乗り切ってもらわないと……」


「ですよねー」


 モニターの中を見ると、ドン引きしている少女と無表情な死体の横顔、そして少し離れたところで、こちらの様子を伺っているスケイルワームの姿が見える。なかなか知能の高いモンスターなのか、こちらの攻撃の威力が高いのを警戒しているようだ。


 この分なら、この場を逃げ出すことはできるかもしれない。が、見たところ少女は怪我をしていて、立ち上がるのも困難といった様子だ。この少女を助けるつもりなら、こいつを倒すしかないだろう。


「ま、やってみるしかないですね」


「その意気です、レンタローさん! なに、威力は十分なんですから、一発でも当たりさえすれば倒せますよ!」


「そうですよね! たった一発当てればいいんですもんね!」


 僕の知識の中にこんな言葉がある。『下手な鉄砲数打ちゃ当たる』と。


 ソラさんの声援を受けつつ、僕はアクティブスキル発動のボタンを押すのだった――




 ――そして十分後。


「ああ惜しい! もう、なんでたった一発が当たらないんですか!」


「だって!」


 モニターの中には、死体勇者の放つ『スラッシュインパクト』によって、ボコボコに地面が抉られた光景が広がっていた。


 隣ではソラさんが拳を握りしめ、真っ白なロングヘアをさらさらと鳴らしながらじれったそうに身もだえしている。僕のほうもだんだん前のめりになり、モニターに顔を突き出すようにして必死の操作を続けている。


 それでも、攻撃は当たらない。


「そもそも! 狙いを! つけるのも、難しいのに! こいつ! 避けるんですよ!?」


 こうして喋っている合間合間にも、死体はせっせとアクティブスキルを繰り出し、周辺の地面を耕していた。


「そこはほら、こう、相手の動きを予測して撃つとか……」


「そんな高度な技術を僕に期待しないで下さい!?」


 とはいえ、何十回もスキルを放ってきただけのことはあり、操作には大分慣れてきた気がする。


「でも、ラグにはだいぶ慣れてきました。この調子でいけば何とか……」


「ああっ!?」


 僕が長期戦を覚悟していると、ソラさんが画面を指さして悲鳴をあげた。


「ど、どうしました!?」


「その……攻撃が当たらないことに気を取られて、すっかり忘れていたんですが……」


 震える指で示された画面を見ると、そこにはこんな表示があった。


――――――――――――――――

【スタミナ】

■□□□□□□□□□□□□□□□

――――――――――――――――


「アクティブスキルの撃ちすぎで、もうほとんどスタミナが残ってません! たぶん、あと一回でもスキルを使ったらぶっ倒れます!」


「ぶっ倒れるんですか!? そもそも、死体なのにスタミナって何ですか!」


「説明書によると、死体を動かす力にもいろいろ制限があるみたいで……」


「早く言ってくださいよ!」


 ともかく、あと一回でぶっ倒れるということは、次の一撃で確実に相手を仕留めなければならないということだ。


 今まで何十回も撃って、かすりもしなかったスラッシュインパクトを次で確実に……。


 あれ? 詰んだのでは?


「……ちなみにこれって、死んだら最初からやり直し、とかあります?」


「あるわけないじゃないですか、ゲームじゃないんですよ!」


「ですよね!」


 ということは、ここで負けたら即バッドエンド、僕は地獄行き……。


「こ、こんな序盤で死ぬなんてことになったら、案内役の私の責任問題に……」


 そしてソラさんにとってもここで終わるのはまずいらしく、表情を青くして頭を抱えている。僕たちは顔を見合わせて、同時に叫んだ。


「「どーしましょう!?」」

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