第一話【あたしを、助けにきてくれたの?】
1ー1
「そのコントローラーで勇者を操作し、魔王を倒すのです!」
高らかに宣言した女神ソラは、「こういうの、言ってみたかったんですよね」と照れたようにその白い髪をいじった。
ややテンション上がり気味の女神様をよそに、僕は困惑していた。おぼろげに残る記憶だが、自分はこういうテレビゲームの類はあまりプレイしたことがなかったような気がするのだ。
「僕にできますかね? たぶん、ゲームみたいなものは苦手だったような気がするんですが……」
僕が不安そうにコントローラーを握ると、女神様は「大丈夫ですよ」と微笑んだ。
「わたしがしっかりサポートしますので!」
という手元には、何やら小冊子が握られている。覗き込んで表題を見ると『説明書』と書いてあった。
……不安しかないが、弱音を吐いていても始まらない。僕は覚悟を決めた。
「わかりました。地獄行きは嫌ですし、なんとかやってみます。どうやって動かすんですか?」
「ええ、一緒にがんばりましょう! まずはええと、真ん中のボタンを押してください!」
女神様は青色の瞳をくりくりと動かして、懸命に説明書を読みながら言った。
言われた通りにポチっとボタンを押すと、モニター内の男がバネ仕掛けのように立ち上がった。汚れた皮鎧を身につけ剣を腰に帯びた、見るかぎりかなりの大男である。
顔つきは精悍で整っていると言えなくもないが、そこに表情のようなものは一切浮かんでおらず、そのせいかどこかトボけた印象を受ける。
「立ち上がりましたね。……この男が勇者なんですか?」
僕が尋ねると、ソラさんは無邪気な笑顔を浮かべて言った。
「はい。この男は、ちょうどいい場所に転がっていた新鮮な死体です」
「死体!?」
僕は噴き出した。ソラさんは構わず続ける。
「もとはこの世界の冒険者だったのですが、志半ばでモンスターに倒されてしまったのです。損傷が少なく活きの良い死体だったので、魂と交渉して体を譲ってもらい、勇者として再利用することにしたんですよ」
「活きの良い死体とか、聞かない言葉ですね……」
そう言われてモニターに映る男を眺めると、たしかにモンスターに殺された時の名残りか、鎧はところどころ破れ、血がついている。
しかし肌には傷ひとつなく、あかあかと血行も良さそうで、とても死体には見えなかった。
「もちろん肉体は修復し、かつ強化したうえで遠隔操作できるようにしてもらっています。死体とはいえちゃんと成長もしますので、修行を積めば魔王だって倒せるはずですよ!」
成長もするのか。ゾンビとかそういうわけではないらしい。
「……もとの魂はどうなったんです?」
「この死体に宿っていた魂ですか? もちろん、すでに天国に送られていますよ」
まあ、それなら気兼ねする必要もないか。僕は心の中で手を合わせ、この死体を使わせてもらうことにした。
「では、どうやって動かせば良いんですか?」
「えっと……まずは近くに街があるそうなので、そこへ向かうのが良いんじゃないかと書いてありますね。
右側の赤いボタンを一度押してもらえますか?」
「こうですか?」
言われた通りにすると、一瞬の間をおいてモニターの中の死体が歩き始めた。
「おお、歩き始めました」
「ですね! ちゃんと動くみたいでホッとしました!」
どうやら女神様にとっても動かすのは初めてだったらしい。不安になるが、ともかく勇者(死体)はちゃんと動いている。ボタンは押しっぱなしにしなくても、一度押せば歩き続けるようだ。
「そのまま真っ直ぐに行けば街があるそうなので、しばらくこのまま死体を見守っていましょう」
モニターには死体の後ろ頭が映っており、周りの風景が流れていく。どうやら林の中の小径を街に向かって歩いているらしい。
時折十字キーを操作し、向きを微調整しながら死体を進ませていく。と、程なくして、石造りの塀に囲まれた街が見えてきた。
「何か見えてきましたね。女神様、あれが街ですか?」
「そうみたいです。あれはカケダーシの街、この世界における駆け出し冒険者達が腕を磨くための街だと書いてあります。……それとレンタローさん、わたしのことは単にソラで構いませんよ」
「いえ、女神様なわけですし」
「もう、そんな気を遣うなんて、大悪党のレンタローさんらしくないじゃないですか」
大悪党だった記憶はないのだが……。ソラさんは構わず続ける。
「わたしなんて大した女神じゃないんですから、もっと自然に接してくださっていいんですよ」
ともかく、僕は女神様の申し出をありがたく受け入れることにした。
「では……ソラさんと、呼ばせて貰います」
「はい!」
ソラさんは嬉しそうに目を細めた。可愛らしい少女のような笑みに――女神なのだから、少女のようというのは失礼なのかもしれないが――僕は照れて視線を外した。
がんっ。
すると突然、モニターから異音が響く。
がんっ がんっ がんっ。
慌ててモニターに目を向けると、画面が灰色に染まっている。故障か? と注意して見ると――
「ちょ、ちょっとレンタローさん! めっちゃ壁にぶつかってますよ!」
「!」
画面いっぱいに映っていた灰色は、石造りの壁だった。僕がソラさんの笑顔に気をとられているうちに、死体はいつの間にか街の外壁に到達していたのだ。
壁にぶつかってそれ以上進めないでいるのだが、死体はそれでも前に進もうと足を動かし続け、何度も何度も頭を石壁にぶつけている。
がんっ がんっ がんっ がんっ!
止めなければ! 僕はそう思って、赤いボタン――最初に歩き出すときに押したボタンを、再度押した!
がんがんがんがんがんがんがんがんがん!
「!? もの凄い勢いで壁に突進し始めたんですけど!!」
「二回押すとダッシュに切り替わるんです!」
「それ先に言ってくださいよ!?」
下手にボタンを押しては状況を悪化させかねない、僕はコントローラーを握ったままどうしてよいか分からず硬直した。
ソラさんも動揺しているらしく
「ええと、止まるボタンは……!?」
と必死に説明書を繰っている。
狼狽する僕たちをよそに、死体は無表情のまま壁に向かって直進し続けていた――
◇ ◇ ◇
「――さて、今日も元気にモンスター狩りに行きますかね!」
カケダーシの街の門から、そんなひとりごとを言いながら出てくる少女がいた。
皮鎧と短剣を身につけた、まだ年若い冒険者である。ショートカットの赤毛が可愛らしい少女は、名をトーコと言った。
「がんがんモンスターを狩って、腕を上げて……そしていつか魔王を倒し、勇者トーコちゃんと呼ばれるようになるのだ!」
すると、トーコの独り言に答えるかのように、異音が響いてくる。
がん がん がん。
「そうそう、ガンガン狩らないとね……。って、何だろこの音」
がん がん がん がん。
冒険者トーコは首を傾げ、音のする方へと向かってみた。すると――
がん がん がん がん がん がん。
――屈強な冒険者とおぼしき男が、無表情のまま外壁にぶつかり続けていた。
「何かヤバい奴いるーーー!?」
トーコは自傷行為を繰り返す男を止めようと、慌てて駆け寄った。
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