無口な勇者の中の人

うお

プロローグ

「あなたは死にました」


「えっ」


 気がつくと、僕は見知らぬ部屋で見知らぬ少女と向き合っていた。


 人間離れした美しさだ、とぼんやりした意識の中で思う。やや幼い顔立ちながらも、透き通るように真っ白なロングヘアと青い瞳からは、どこか神々しさすら感じられた。


「わたしは女神ソラと申します。意識ははっきりしていますか? 自分の名前が分かりますか?」


 神々しいと思っていたら、実際に女神だったようだ。僕は自分のことを思い出そうとする。


 名前は――レンタロー、蓮太郎だ。たぶん間違いない。


 しかし、それ以外のことは、苗字すらも、何も思い出せなかった。


「僕の名前は……蓮太郎です。あの、女神様? さっき、僕は死んだって言いましたか?」


「はい」


 何も思い出せなかったが、自分が死んだのだという実感は確かにあるような気がした。僕は自分でも意外なほどにその事実をすんなりと受け入れて、こう尋ねた。


「そうですか……。人は死んだらどうなるんでしょうか?」


 子供の頃母親にしたような質問。それに対して、女神ソラは母親のように慈愛に満ちた表情で答えた。


「はい、レンタローさん。人間は死ぬと生前の行いによって、天国や地獄に送られます」


 そんな女神様の言葉を、僕は穏やかな気持ちで聞いていた。死んだことについての寂しさはあるが、わだかまりや後悔のような感情はない。記憶はなくとも、きっと良い一生を送ってきたのだろう。


 そんなことを考えていると、女神様は聞き逃せないことを言った。


「もちろん、あなたの場合は地獄行きなのですが……」


「えっ」


「えっ?」


 当然のように地獄行きと言われて、僕は慌てて聞いた。


「ちょ、ちょっと待ってください。僕は地獄行きなのですか?」


 女神ソラはいぶかしげな顔をする。


「そりゃそうですよ、生前あれだけの行いをしたんですから」


「ええ……?」


 僕は悪人だったらしい。


「……あの、記憶が曖昧なようでまったく思い出せないのですが、僕は一体何をやらかしたんですかね?」


 訊くと女神様は、気まずそうに眼をそらして


「それはちょっと、とてもわたしの口からは……」


 と言葉をにごした。ホントに何をやらかしたのだろうか。……気にはなるが、聞きたくないような気もする。


「……そういうわけで、あなたは本来なら100パーセント間違いなく地獄行きなんですが、死んだのはちょっとした手違いだったようでして」


「手違い? 何があったんですか?」


「さあ、詳しいことは……。死神とは管轄が違いますので」


 女神様はその神々しい見た目に反して、何だかお役所じみたことを言った。


「ともかく、手違いで死んだ人を地獄に送るのも可哀想という意見もありまして、一応チャンスを与えようかという話になったんですよね」


「チャンス……ですか?」


「はい。あなたが生きていた世界とは別の世界に、このほど魔王が降臨しちゃった世界があるのです。なので、その魔王を見事討ち果たせたなら、その功績と引き換えに地獄行きを免除してもいいんじゃないかなっていう話に……」


「異世界……魔王……」


 僕は自分の記憶の扉を叩いた。記憶はないが、知識としてこういう展開をよく知っているような気がする。


 不慮の死亡、異世界の魔王討伐とくれば、答えはひとつしかない!


 僕はいきなりテンションが上がり、早口で言った。


「つまり、異世界転生ですね! どんな世界に転生するんですか? チート能力みたいなものは貰えるんでしょうか!」


「……はい?」


 あれ? 『何言ってるんだこいつ』みたいな顔されてる……。


 女神様は首をかしげながら言った。


「良く分からないんですが、転生とは、レンタローさんをその世界に生まれ変わらせるということですか? いくら女神でもそんなことは不可能ですよ。だって異世界ですし」


「そうなんですか? 夢が壊れたな……」


 僕はがっかりした。


「しかしそれなら、どうやってその異世界の魔王を倒せばいいんです?」


「はい! それはですね……」


 女神ソラはよくぞ聞いてくれた、というように顔を輝かせると、膝立ちのままローブの裾を引きずるようにして押入れまで移動し、ごそごそと何かを取り出した。


「はい、これを使います!」


 目もくらむような笑顔で手渡されたそれは、女神様から賜るものとしては、とても場違いなものだった。


「……コントローラー?」


 扁平な楕円の左側に十字型のボタン、中央に二つ、右側に四つの丸いボタン。背面にもいくつかのボタンがついているようである。……なんかちょっと懐かしい感じがする。


 そう。それは僕の知識にある、TVゲームのコントローラーに酷似したものだったのだ。


「そして、これですね」


「モニター……?」


 よいしょっ、と続いて運んできたのは大型モニターだった。渡されたコントローラーから伸びたケーブルが、そのモニターに繋がっている。


 ぱちん。女神様がスイッチを入れると、モニターには木々のまばらな林と、そこにうつ伏せに横たわる大柄な男の姿が映し出された。


「まさか……」


 僕はいやな予感がした。


 女神様はそんな僕の心配をよそに、満面の笑みをたたえて宣言する。


「さあ、迷える魂レンタローよ!

 そのコントローラーで勇者を操作し、魔王を倒すのです!」


 こうして僕の冒険がいま、(モニター内で)始まった。

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