第257話 夏の魔女


 電話を終えた俺はスマホをテーブルに置いた。


「仕事するの?」


 電話を聞いていたアルクが聞いてくる。


「そうだな……ちょっと着替えてくるわ」


 そう言って立ち上がり、リビングを出た。

 すると、何故かミーアがついてくる。

 着替えでも手伝ってくれるのかなーと思ったが、寝室に入ると、ミーアが廊下で立ったまま扉を閉めた。

 ミーアの行動がよくわからなかったが、服を脱ぎ、TSポーションを飲んでエレノアさんにチェンジする。


「えーっと……あれ?」


 黒ローブ以外のエレノアさんの服の位置がわからん。


「ミーア、私の服はー?」

『クローゼットの中の右です』


 ミーアが部屋の外から教えてくれたのでクローゼットを開け、左のタンスに手を伸ばした。


『あ、カエデ様が自分のタンスを開けたらぶっ殺すって言ってましたよ』


 言ってたね……


 俺は手を止め、右のタンスに手を伸ばし、服を取りだす。

 そして、着替え終えると、寝室を出た。


「あなたがチクらなかったらバレなくない? ちょっと嗅ぐだけよ?」


 部屋の外で控えていたミーアに聞く。


「そういうことを言ってもチクれと言われております。今回は聞かなかったことにします」


 そっか……


「戻るわよ」

「はい」


 俺はミーアがついてきた理由がわかったのでと2人でリビングに戻る。


「あれ? 黒ローブじゃないの?」

「夏のわがままエレちゃんよ」


 Tシャツにホットパンツ姿であり、ポーション風呂で磨かれた美脚が美しい。


「27歳が無理しちゃって……」


 あ、かなり傷付いたぞ。

 ヨシノさんに謝れ。


「黒ローブなんて暑苦しいものは着れないわ」


 あの服は温度調節が利くから実は暑くないのだが、見た目が暑いのだ。


「お似合いですよ、師匠」

「ありがとう。この気遣いが大事だということをアルクは気付くべきね」

「君に言われたくないよ」


 そうかい。


「アルク、エメラルダス山脈で謎の洞窟が見つかったらしいけど、何か知ってる?」


 ソファーに座り、足を組むと、ミーアからコーヒーを受け取りながら聞く。


「洞窟? そんなのがあったの? 知らないなー」


 知らんのかい……


「師匠、エメラルダス山脈は昔、色んな鉱石が採れたという記録が残っています。鉱山の跡では?」


 博識のリディアちゃんが教えてくれる。


「なるほど……そういえば、王様が色々採れるって言ってたわね」


 王様はTSポーションを買い取る際、いくつかのフロンティアのエリアの候補を挙げてくれた。

 その中で俺がエメラルダス山脈を選んだのはいっぱい鉱物が採れるという情報を聞き、高く売れそうだと思ったからだ。


「鉱山ねー……ダイアナ鉱山を思い出すわ」


 ハイドスケルトンでも出るのかな?


「ナナカと行くんでしょ? 透視があればなんとかできるんじゃない?」

「そうね……まあいいわ。ちょっと電話するから静かにしてて」

「わかった」


 アルクがリモコンを操作し、ゲーム音をミュートにした。

 それを見て、スマホを操作し、クレアに電話する。


『ハーイ』


 この陽気な声はクレアだ。


「ハロー」

『ハロー。どうしたの? あんたの方から電話するなんて珍しいわね』


 基本、向こうが電話をしてくる。

 あれよこせ、これよこせの電話だけど。


「知ってるでしょ。エメラルダス山脈の洞窟の件よ」

『あれ? 受けるの? あんたが受けるなんて珍しいわね』


 まあ、そう思うわな。


「暇なのよ。それでその話をしたいわ。例の場所に」

『了解。いつでも来てもいいわよ』

「ん」


 簡潔に話し、電話を切ると、立ち上がる。


「アルク、例の場所に送っていってちょうだい」

「わかったー」


 アルクが近づいてきて、手を掲げた。

 すると、視界が一瞬にして、とある一室に変わる。


 この部屋はどっかのマンションの一室であり、クレア達が取引のために購入したらしい。

 さすがにもうタクシーでの取引は厳しいし、転移があるのでここで金の受け取りや商売の取引をしているのだ。


「あれ? いつもの黒ローブは?」


 テーブルについているクレアが聞いてくる。


「暑苦しいからこっち。別に外に出るわけじゃないし」

「ふーん……その格好なら外に出ても気付かれないんじゃない? 魔女スタイルからかけ離れてるし」


 どっちみち、エレノアさんの姿で外には出ないわ。

 沖田君で十分。


「どうでもいいでしょ。ハリーは?」

「呼んだかー?」


 ハリーの声がしたと思って、キッチンの方を見ると、カップラーメンを立ち食いしているハリーがいた。


「ついにカップラーメンまで食いだした……」

「最近、あいつがラーメン以外のものを食べているのを見てないわ……」


 そういえば、アルクと行った家系ラーメンの店にもハリーの写真が貼ってあったな。


「あんた、死ぬわよ?」

「大丈夫。東京中のラーメンを食べるまで死ねん」


 マジかよ……

 絶対に死ぬと思うぞ……


「良い匂いだね」


 転移で送ってくれたアルクが羨ましそうにハリーを見る。


「食うか? 特別に奈良から仕入れた天理ラーメンのカップラーメンだぞ」


 通販で買ってる……


「食べる」

「アルク、あっちでラーメンを食べてなさい。私はこのおばさんと話があるから」

「おば……」


 クレアの口元が引きつった。


「おばさんって……君とあんま変わらなくない?」


 殺すぞ……


「弟子は素直でいい子ね」


 クレアは満面の笑みだ。


「いいから黙ってバカとラーメンを食ってろ」


 しっしっと手を振る。

 すると、アルクがキッチンに行ってしまった。


「ねえ? 前から気になってたんだけど、あの子、男の子? 女の子?」


 知らん。

 

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