第8章

第236話 あいさつ


 フロンティアのエリアを売り、大金もとい、とんでもない量の黄金を手に入れることになった俺は真の黄金であるカエデちゃんも手に入れた。

 物みたいな言い方をしたが、黄金なんてカエデちゃんと比べたらカスみたいなものだ。

 とにかく、カエデちゃんは俺のプロポーズというか、婚姻届にサインをしてくれたし、万々歳だ。

 そして、俺は真の勝者になるべく、とある家の前にやってきている。


「先輩、大丈夫ですか?」


 俺は家の塀に手をつき、俯いていた。

 そんな俺の背中をカエデちゃんがさすってくれている。


「大丈夫、大丈夫……」

「いや、顔が真っ青ですよ? 無理なら今度にします? というか、別に挨拶なんてしなくてもいいですよ? 親とかどうでもいいし」


 カエデちゃんがめちゃくちゃ非常識かつ、薄情なことを言う。


「いや、本当に大丈夫。久しぶりにスーツを着たら嫌なことを思い出しただけだから」


 あのクソ上司めー。

 斬り殺してやるわ。


「あ、そっちですか……私の親に挨拶するのが嫌だったわけじゃないんです?」

「そっちは大丈夫。俺は好青年だし」


 何も問題ない。


「先輩、度胸があるのか、ないのかどっちです?」

「あるよ。今、脳内で元クソ上司を斬り殺した」

「怖っ……先輩、先輩。落ち着いて。ほらー」


 カエデちゃんが抱きしめてくれる。

 とても良い匂いがするし、柔らかい。

 俺の心の中にいる死神が浄化されている。


「カエデちゃん、愛しているよ。黄金を全部、あげる」

「はいはい……」


 俺とカエデちゃんがカエデちゃんの実家の前で抱き合っていると、背後に何者かの気配を感じた。


「誰?」


 後ろを見ると、買い物袋を持ったおじさんとおばさんが俺達を呆れた顔で見ていた。


「いや、君達は人の家の前で何をやっているんだね?」

「声をかけるべきか迷ったわね」


 んー?


「カエデちゃん、知ってる?」

「私の両親ですね」


 へー……


「こんにちは」


 まずは挨拶をしなくてはならない。

 第一印象がとても大事なのだ。


「こんにちは……」

「いや、何をしているんですか?」


 お義母さんが聞いてくる。


「ご両親にカエデさんをくださいって挨拶に来たんですよ」

「へー……」

「カエデ、もしかしなくてもこいつ、バカか?」


 失礼なお義父さんだな。


「うん」


 おい!


「バカじゃないよー」

「バカじゃないですか」


 えー……


「コホン。とりあえず、中に入ってくれ。近所の目というものがある」


 お義父さんにそう言われたので家に入り、リビングに通された。

 そして、カエデちゃんと並んでテーブルにつくと、お義母さんがお茶の準備をしだす。


「カエデちゃん、結構良い家に住んでたんだねー」


 リビングを見渡しながら聞く。


「そうですか?」

「都内で一軒家でしょ? すごいよ」

「ですかねー? ちなみに、先輩の実家はどうでした?」


 え?


「まあ、そこそこ? もうないし」

「この家とどっちが大きかったんです?」

「目の前にお義父さんがいるのに言えないよー。失礼でしょ」

「まあ、そうですかね?」


 絶対にそうだよ。


「カエデ、この男はすごいな……」


 え? そう?


「でしょー? まあ、先輩の言うことは基本、スルーして」

「そうか……」


 タメ口のカエデちゃんも新鮮でかわいいなー。


「どうぞ」


 お義母さんがお茶を俺達の前に置く。


「ありがとうございます」


 礼を言い、お茶を飲んだ。

 うん、美味い。


「お母さん、お父さん。昨日、電話したけど、この人が大学の先輩だった沖田ハジメさん」


 カエデちゃんが紹介してくれる。


「はじめまして。カエデさんとお付き合いさせて頂いてる沖田ハジメです」


 そう言って頭を下げた。


「ん? 私達、付き合ってましたっけ?」


 え?


「付き合ってるじゃん」


 一緒に暮らしているし。


「いつから?」


 いつ?

 いつだっけ?

 俺の中では北海道に行ったあたりから付き合っているけど……


「…………カエデさんと……あれ? 俺、何?」

「私に聞かれても……」


 えーっと……


「カエデさんといい関係の沖田ハジメと言います」


 これでいいだろ。


「そうか……私がカエデの父でこちらが母になる」


 ご両親は非常に微妙な顔をされている。


「お義父さん、お義母さん。本日は御時間を頂き、ありがとうございます、実はとても大事な話があります」

「そうだろうね……」


 お義父さんは微妙な顔のまま頷いた。


「私とカエデさんはこの度、結婚することになりました。本日はその挨拶に伺わせていただきました」

「そうかね……まあ、カエデから聞いているし、カエデはもう大人だから2人がそれでいいと思ったなら好きにすればいいと思う。非常に不安だがね……」


 不安なのか?

 こんなに好青年なのに?


「えーっと、具体的にどの辺りです?」

「君の人間性については色々と思うことがないでもないが、それはカエデが判断することだろうし、私達がとやかく言うことじゃない」


 言ってね?

 めっちゃ言ってね?


「そうですか……」

「ハジメ君と言ったね? ご職業は?」


 職業?


「俺、何だっけ? 冒険者?」

「引退されたじゃないですか。ニートです」


 にーと……

 ぷー?


「…………不安です?」

「逆の立場で考えてみるといい。大事な娘が職に就いていない男と結婚すると聞いて、君はどう思う?」


 将来、俺とカエデちゃんの間に娘ができたとしよう。

 その子はちゃんと学校も行き、大学も出た。

 そして、結構いい所に就職し、さあ結婚ということで男を連れてきた。

 その男は職に就いていないプータローです。


「殺すかな……」


 ヒモじゃん。


「そこまでは思わないが、不安なのはわかるだろう?」

「わかりますね。絶対に反対です」


 許さんわ。

 代わりにナナポンを差し出してやる。


「せんぱーい、あなたはこっち側ですよー」


 カエデちゃんが引き戻してくれる。


「あ、そうだった。お義父さん、私、お金はありますよ」


 使いきれないほどのお金がある。

 本当にどうしようね……

 子供達に残すしかないかな……


「そうかね。それは良いことだと思うよ。別に私は結婚に反対しているわけではない。でも、冒険者を辞めた後はどうするのかが気になってね。人生は長いよ?」


 確かになー……

 辛い会社勤めは絶対にごめんだが、やることなさすぎるのもどうかと思う。


「確かにそうですね」

「まあ、カエデから色々聞いているし、苦労もしてきんだろう。すぐにとは言わんが、その辺もよく考えた方がいい。君はまだ若いからね」


 本当に反対しているわけではなさそうだな。


「ちょっと考えてみます」

「うん。お母さん、お寿司でも取ろうか」

「そうですね」


 その後、本当にお寿司を取ってくれたし、祝ってもくれた。

 お義父さんにビールを勧められて飲んだが、ちゃんと飲みすぎないように気を付けた。

 俺にもそのくらいの分別はあるのだ。


 ただ、気付いたら家のソファーで寝てたけどね。

 記憶がない……

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