第219話 簒奪?


 リディアちゃんとの話を終えた俺は呼び出しボタンを押し、アルクとミーアを呼んだ。


「…………ねえねえ。何の話だったの? 僕のことを言ってないよね?」


 ミーアがリディアちゃんのお茶を入れ替えている隙にアルクが小声で聞いてくる。


「…………大丈夫。あなたは何も気にしないで良いわ。いい奥さんを見つけたわね」


 俺には手に負えん。

 頑張ってくれ。


「なんでそんな慈愛に満ちた顔で僕を見るの?」

「気のせいよ」


 そう、気のせい。

 俺は何も知らない。


「アルク、師匠、そんなところで内緒話なんかしてないでお茶のおかわりはいかが?」


 リディアちゃんがニコッと笑い、俺達を見る。


 何故だろう?

 かわいいんだけど、怖い。


「師匠? 弟子にしないでって言ったじゃん」


 してないから。

 勝手に名乗っているだけ


「…………知らない。悪いけど、私は部屋でお酒を飲むわ。あとは若い御二人でゆっくり過ごして」


 逃げよ。


「またお酒? 君、飲んでばっかりじゃない? 身体を壊すよ」


 アルクが師匠を心配してくれている。

 こいつは一言多いけど、素直でかわいいな。


「私はポーション健康法で毎日レベル3の回復ポーションを飲んでいるから大丈夫」

「何してんだよ…………」


 アルクが呆れた。


「気にしない、気にしない。アルク、私の部屋までお願い」

「わかった」

「リディアちゃん、せっかくのお誘いだけど、私は帰るわ。じゃあ、例の件はよろしく」


 手伝ってね。


「はい。このリディアにお任せくださいませ」


 リディアちゃんがお茶をテーブルに置き、頭を下げた。


「アルク」

「はいはい」


 アルクが俺に向かって手をかざす。

 すると、一瞬にして視界が白くなり、俺の部屋に到着した。


「ご苦労」


 俺はアルクの頭を撫で、労をねぎらう。


「ねえ、ホントにリディアとどんな話をしたの?」

「あなたは気にしなくていい。リディアちゃんを信じ、リディアちゃんに支えてもらいなさい」


 それがいいよ。

 きっと幸せになれる。


「だからなんで魔女のくせに慈愛の笑みを浮かべるんだよ」

「気にしなくていいわ」

「絶対に何かあるな」

「リディアちゃんに聞きなさい」


 本人に聞け。

 俺は何も知らん。


「そうするかなー…………あ、例の件って何?」

「ちょっと手伝ってもらうだけ」

「手伝い? 何の?」

「それもリディアちゃんに聞きなさい」

「ふーん…………ところで例のグミの件はどうなったの?」


 あ、忘れてた。


 俺は肩にかけているカバンからシャンプーとボディソープを取り出すと、アルクに渡す。


「謝ってきなさい」

「何もしてないわけね…………」


 ごめーん。

 それどころじゃなかったんだわ。


「とにかく容姿を褒めなさい。女なんてそれでイチコロだから」

「そうなの?」

「カエデちゃんはかわいいって言うと、ものすごく喜ぶ」

「…………それ、カエデだけじゃない?」


 そうかもしれない。


「褒められて不快になる人はいないわよ。とにかく、相手が忘れるまで褒めて、それを渡しなさい。それでオッケーよ」

「…………参考にするよ」


 うんうん。

 多分、見破られるだろうが、頑張れ。


「じゃあ、おやすみ。私は飲んで寝る」

「うん。あ、多分、明日には支払いの金の延べ棒を払えると思うよ」


 おー!

 ついに黄金との対面だ!


「わかったわ。じゃあ、明日」

「うん。じゃあね」


 アルクはそう言って、手を上げると、一瞬にして姿が消えた。


「…………アルク、色々と頑張りなさい」


 きっとお前も本望だろう。

 俺は遠くの地でアブノーマルなお前らを祈っておくよ。




 ◆◇◆




 リディアちゃんと話した翌朝、俺はアルクに連れられて、食堂に来ていた。

 食堂ではすでにカエデちゃんとヨシノさんが席についており、2人共、キッチリとした格好だった。


「おはよ……」


 俺はミーアに椅子を引かれたのでカエデちゃんの隣に座る。


「おはよーです」


 カエデちゃんがいつものニコニコ顔で挨拶をしてきた。


「おはよう。寝起きって感じだな。髪が爆発しているぞ」


 カエデちゃんの隣に座っているヨシノさんが苦笑しながら挨拶をする。


「寝る前にお風呂に入ったのが失敗だったわ。まあ、ご飯を食べたら風呂に入る…………ところで、なんでいるの?」


 俺は俺の斜め前、カエデちゃんの対面に座っているウェーブのかかった長い金髪の女の子を見た。

 もちろん、リディアちゃんである。


「おはようございます、エレノア様。本日は朝食にお呼ばれしましたので」


 リディアちゃんがそう言うと、リディアちゃんの隣に座っているアルクがそっと目を逸らした。

 多分、呼んでないというか、リディアちゃんが一緒に朝食を食べたいと言ったのだろう。


「そう…………ごめんなさいね、こんな格好で」


 髪を爆発させた26歳のジャージ女です。


「いえ、髪が長いと大変ですよね。あ、シャンプーとボディーソープをありがとうございました」


 どうやらアルクが渡したようだ。


「ううん、私の方こそごめんなさいね。あのグミ、不味かったでしょう? フィーレを勉強中のアルクにフィーレの食べ物が美味しいものだけじゃないことを教えようと思って渡したものなの。フィーレにも色々あるんだよってこと」


 俺がそう言うと、アルクがうんうんと頷く。

 でも、そこでお前が頷いたらダメだろう。


「なるほど。確かにそうですね。良いところばかりを見ていると目が曇ります。アルク、良い師匠ではないですか?」

「いや、僕はちゃんとフィーレの悪いところも見てるよ…………」


 アルクはそう言って、俺を見てきた。


 なんで俺を見る?

 ヨシノさんを見ろよ。

 じー……


「エレノア、私を見るな。私は君らとは違う」


 ヨシノさんが不満そうな顔をする。


「多分、先輩もヨシノさんもナナカちゃんも皆、そう思っているんでしょうね…………」


 思ってますけど?


「ね? この人達ってロクな人間じゃない。だからリディアも魔女の弟子になるなんてやめよう」


 アルクがちょっと嬉しそうな顔でリディアちゃんを見る。


「素敵な人達ではありませんか」


 この子に言われてもあまり嬉しくない……


「え? どこが?」

「アルク…………あなた、散々、お世話になってる人達でしょ。少しは感謝しなさい」

「う、うん。そうだね」


 ダメだこりゃ……

 アルク、リディアちゃんに全然、逆らえないわ。

 自慢の挑発レベル6が完全に死んでいる。


 俺は将来のフロンティア王国の主導権はリディアちゃんが握るんだなーと思いながら朝御飯を食べ始めた。

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