第217話 デジャブ


 アルクはリディアちゃんに世界一不味いと言われるグミを食べさせたらしい。


「アホねー。なんつーもんを想い人に食べさせるのよ」

「元はと言えば、君がくれたものだろ」

「あなたの歪んだ顔が見たかっただけよ」

「僕はリディアの歪んだ顔を見たくなかったよ…………目を吊り上がらせた顔もね」


 アホ。


「それで私のせいにしたわけね」

「そうそう。魔女にもらったものって」


 さすがはナチュ畜。

 罪悪感もなく、師匠のせいにし、しかも、その師匠に泣きついてきやがった。


「それで? 私はリディアちゃんに会えばいいわけ? 逆に聞きたいけど、会っていいの?」

「仕方がない。緊急事態っていうやつだよ」


 ぜってー違う。


「どこで会うの? リディアちゃんの家? それともここ?」

「リディアは今、僕の部屋にいるからそこで会って」


 未婚の女が男の部屋ねー。

 というか、アルクの中では俺が行くことが決定しとる…………


「仕方がないわねー。弟子の尻ぬぐいは師匠の仕事か…………」


 ナナポンもそうだったしね。


「師匠……!」


 こいつ、多分、明日には弟子じゃないよって言うんだろうな……


「それで? あなたの性別のことは言ったの?」


 この辺をすり合わせておかないと、失言をしてしまう。


「いや、言ってない。実はおみやげを持っていったのは気付くかなーっていう確認だったんだよね。それで気付かなかったから言ってない」

「言うんじゃないの?」

「そのうち」


 こりゃ、言わんな。

 罪悪感もあるだろうが、今更言えないって感じだわ。

 罪悪感より、墓場に持ってけーの意識がはるかに強い。

 そして、もしバレたら俺のせいにする。


「まあいいわ。好きにしなさい。行きましょう…………あ、ちょっと待ってね。着替えるから」


 俺は風呂に入った後なので寝巻のジャージだ。

 次期王妃になるであろうやんごとなき身分のリディアちゃんに会う格好ではない。


 俺はベッドまで行くと、ジャージを脱ぎ、カバンから黒ローブを取り出す。


「君、着替えるのは僕が出ていくまで待ちなよ」

「どうでもいいわ。そもそもこの前、一緒にお風呂に入ったじゃないの」

「いや、まあそうだけど…………」


 待てよ…………風呂か。


 俺はカバンの中にポーションソープとポーションシャンプーがあることを確認する。


「これでご機嫌取りはできるな…………」


 いつの時代もどこの世界も女が喜ぶのはこういうものだろう。

 ましてや、王妃様になろうしている女の子だし。


「あ、それ、僕からのってことにしていい?」


 俺がボディソープとシャンプーを見ながら頷いていると、後ろからアルクが自己チューな発言が聞こえてきた。


 こいつは本当にいい性格をしてるわ。


「私に嫌われたままでいろと?」

「別にいいじゃん。もう会うことはないんだし」


 いや、俺はお前らの結婚式に出席し、あいさつをする。


「ハァ…………仕方がない。その辺は私が上手くやっておくわ」

「よろしく」


 俺はため息をつきながらも黒ローブを着込み、アルクのところに戻る。


「いいわよ。リディアちゃんのところに連れていって」

「その前にリディアに変なことをするなよ」

「しねーわ、ボケ」


 子供だろ。


「弟子にもするなよ」

「……………………」

「おい!」


 それは確約できない。


「いいから連れていきなさい。女の子を待たせるものじゃないわ」

「わかったよ。行くよー」


 アルクがそう言って、手をかざすと、視界が白くなった。




 ◆◇◆




 視界が晴れると、俺は以前にも来たアルクの部屋にいた。

 ただし、部屋には優雅にテーブルにつき、お茶を飲んでいるドレス姿の金髪の少女が座っていた。

 そして、その後ろにミーアが控えている。


 女の子はウエーブがかかった長い金髪であり、顔は非常に整っている。

 座っているから具体的にはわからないが、身長は高くない。

 豪華そうな白いドレスに身を包んでいることもあって人形みたいに可愛らしい子だ。


 アルクよりお姫様っぽい子だな…………


 俺がおそらくリディアちゃんであろう子を見ていると、リディアちゃんが俺に気付き、目が合った。

 しかし、すぐに俺から視界を外し、俺の隣にいるアルクを見る。


「アルク、転移をするのはいいけど、いきなり部屋に入らないでって言わなかった?」

「あ、ごめん。急いだ方がいいかなって思って……」


 俺はリディアちゃんと会って数十秒でアルクがリディアちゃんの尻に敷かれているのがわかった。


「ハァ…………まあいいわ。それでそちらさんは?」


 リディアちゃんが座ったまま俺を見てくる。


「えーっと、エレノア・オーシャン。フィーレの魔女だね。黄金の魔女らしい」


 なんだ、その紹介?


「エレノア・オーシャンよ。あなた方の言うフィーレ人ね。アルクの師匠」

「…………違うよー」


 いつもより否定の声が小さいアルク君。


「ふーん…………アルク、ミーア、外しなさい」


 リディアちゃんは俺を頭からつま先までじっくり見ると、アルクとミーアに命令する。


「え? それはマズいような…………」

「リディア様、さすがに同意しかねます」


 アルクとミーアは反対のようだ。

 まあ、そうだろうね。


「私はこの魔女と大事な話があるのです。いいから外しなさい」


 マジでこの子が本物の王女様じゃない?

 アルクが王女様に仕える騎士に見えてきた。


「えっと…………」


 アルクとミーアが顔を見合わせる。


「アルク、ミーア、外してちょうだい。この子は私に話があるみたいだし、私も話してみたいわ」

「えー…………」


 アルクがめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。

 まあ、気持ちはわかる。

 逆の立場なら絶対に嫌だし。


「…………上手く話しておくから」


 俺はアルクの首根っこを掴み、小声で言う。


「…………じゃあ、頼むよ。君の得意の嘘で何とかして」


 得意じゃねーわ。

 俺のエレノアさんという渾身の嘘は速攻でカエデちゃんにバレたっての。


「いいから行きなさい。終わったら呼ぶから」

「じゃあ、終わったらあそこのスイッチを押してね」


 アルクが壁にあるでっぱりを指差す。

 あれは客室にもあった呼び出しボタンだろう。


「はいはい」

「じゃあ、ミーア」


 アルクがミーアを見る。


「よろしいので?」

「仕方がない。旗色が非常に悪い」

「ハァ? じゃあ、まあ、はい」


 ミーアは微妙に納得していないようだったが、アルクが手をかざすと、2人共、一瞬で消えていった。


「さてと……」


 俺は2人きりになったのでリディアちゃんを見た。

 すると、リディアちゃんが立ち上がり、俺の方に歩いてくる。


 小さいな。

 150センチもないし、やはり中学生っぽい。


 リディアちゃんは俺の前に来ると、俺を見上げる。

 すると、腰を下ろし、その場で跪いた。


「ん?」


 何してんの?


「失礼をお詫びします、魔女様。私はエミール商会の子でリディアと申します。アルクの件、本当にありがとうございました」


 んー?


「アルクの件って?」

「アルクが男になっていました」


 バレるの、はえー!

 あ、既視感が…………

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