第154話 世の中には悪いヤツが多い


 レベル3の回復ポーションは1億5000万円で売れた。


「明日までに欲しいんだっけ? あなた、お金は持ってきてる?」

「用意してございます」


 じいさんはそう言うと、カバンの中からアタッシュケースを取り出した。

 そして、鍵を開けると、中身を俺に見せてくる。


 中身はもちろん万札がぎっしり入っていった。


「これ、1億5000万?」

「はい。数えてもらっても結構です」


 …………ちょうどあるの?

 これ、想定内じゃん。

 絶対にもっとふっかけられたと思う……


「めんどくさいからいいわ。じゃあ、これ」


 俺はカバンからレベル3の回復ポーションを取り出し、渡す。

 じいさんはそれを受け取ると、フラスコをじーっと見だした。


「ふむふむ……確かに。素晴らしいですな」

「あなた、鑑定を持ってるの?」

「これがないと、この商売はできませんよ」


 そういえば、クレアも持ってたな。


「ふーん……」

「もしよかったら私の携帯番号は残しておいてください。こういった取引は多いのですよ」

「スポーツ選手?」

「ええ、ケガがつきものですからね。他にも格闘家、傭兵、富豪。回復ポーションの需要は大きいのです」


 へー。


「まあ、在庫次第ね」

「それはもちろんでございます」


 いい取引先を見つけたと思うが、すげーカモにされている気がするのは気のせいか?

 そこにいるし、クレアに聞いてみるか……


「じゃあ、取引はこれでいい? 私は帰るけど」

「はい。私も早急にこれを届けねばなりません。エレノア様には関係ない話ですけど、私達の仕事はこれからが大変なんです」


 密輸だもんな……

 クレアみたいな軍ルートがあればいいんだけど。


「そう。頑張ってね。あ、ペドロさんに日本戦では手を抜くように言っておいて」

「伝えておきます」


 まあ、それでもブラジルは無理だろ。


「では、私はこれで。ごきげんよう」

「はい。ありがとうございました」


 俺は取引を終えると、車から降りる。

 すると、車はどこかに走り去っていった。


 俺はレンタカーと思われる黒のセダンを見送ると、すぐに不自然に止まっているタクシーの元に向かう。

 俺がタクシーに近づくと、タクシーの自動ドアが開いたため、後部座席に乗り込んだ。


「ハリー、出しなさい」


 俺はタクシーに乗り込むと、すぐに運転手に命令する。


「何ラーメンがいい?」


 どうせラーメンだと思ったわ。

 こいつ、何しに日本に来てるんだ?


「何でもいいわよ」

「よっしゃ! 俺のイチオシに案内してやる」


 どうせ、そのイチオシとやらはしょっちゅう変わってんだろ。


「はいはい。どことなりとも連れていってちょうだい」

「ご機嫌ななめねー」


 隣に座っているクレアが笑いながら言う。


「さっきの見てた?」

「そりゃね。あれ、ミネルヴァでしょ? あなた、あんな所と取引したの?」


 ミネルヴァ?


「何それ? 初めて聞いたわ」

「取引先の名前も知らないのね……」


 クレアが呆れるが、名乗らなかった向こうが悪い。


「教えなさい」

「密輸や裏の商品を売買する闇組織よ」


 ブラックだなー。


「人身売買とか麻薬?」

「人身売買はやってないわね。麻薬はやってる。あとは武器とかかしら? 力を信仰している武力派の闇組織よ」


 めっちゃブラックだなー。

 絵にかいたような闇組織だ。


「世の中って怖いわねー」

「大丈夫。あなたが1番怖いから」


 失礼な!


「私は優しいわよ」

「あっそ。それより、何の取引だったの?」

「どっかのサッカー選手が選手生命を絶たれるようなケガをしたからレベル3の回復ポーションが欲しいんだと」

「へー。まだ真っ当なやつね」


 真っ当じゃない商品は売らん。

 眠り薬とかTSポーションとか透明化ポーションのことだ。


「でも、なんか騙された気がするわ……」

「え? もう売ったの?」


 クレアがちょっと驚いた。


「売った」

「いくら?」

「1億5000万円」

「…………マジ?」


 あれ?

 やっぱりミスった?


「ダメだった?」

「あなたって、本当に値段交渉が下手ねー。向こうはその倍以上は出す気だったと思うわよ」


 倍って3億!?

 そんな値段、頭にもなかったわ……


「知らないわよ。あなただって8000万円で買ったじゃないの」

「それは表の取引よ。裏の取引が定価なわけないじゃない。後ろめたいことがあるから高くなるのよ…………相手の足元を見なさい」


 知らねーわ。

 俺、一般庶民だぞ。


「失敗だったか……」

「大失敗ね。今頃、向こうはほくそ笑んでるわよ。間違いなく、カモに見られたでしょうね…………うーん、これは世間知らずのお姫様説が濃厚かな?」

「フロンティア人じゃないって言ってるでしょ。お姫様でもないわよ」

「どうだか?」


 信じてないなー。


「勝手に妄想してなさい。とにかく、もうあそことは取引しない」


 騙すとは最低だ。

 俺が値段を提示したんだけど……


「まあまあ。前から思ってたんだけど、あなた、私と契約しない?」

「契約って何の?」


 魔法少女にはならんぞ。


「エージェント契約よ。要はああいう裏の取引の時に間に入ってあげる」


 代行か……

 サツキさんやヨシノさんみたいなものかな?


「あなたのメリットは?」

「1割もらうだけ」

「私を騙したらその四肢を切断するわよ?」

「しないっての。普通の契約じゃないの。というか、怖いわよ」


 クレアか……

 信用できるか?


「あなたってどことの繋がりがあるの?」

「さっきのミネルヴァも取引先の1つね。あとはアメリカの企業や金持ち。1番の取引先は古巣の軍だけど」


 アメリカ軍か……


「欲しいのは回復ポーション?」

「そうね。あとはアイテム袋かな?」

「あなたならレベル3の回復ポーションをいくらで売る?」

「今なら5億。最低でも3億ね。来週は1億かな? 多分、それぐらいで落札だと思うし、どうせあなたが追加で売るんでしょ? じゃあ、定価はそれくらいで落ち着くと思う」


 オークションの前なら希少価値があるから高いのか……


「あなた、私から買ったレベル3の回復ポーションは?」

「とっくにプレジデントに売ったわよ」


 ぷ、プレジデント……

 大統領か。

 めっちゃ高そう……


「騙したのね……!」

「いや、何が? 私、騙してなくない?」

「めっちゃ葛藤してたじゃないの」

「いくらで売ろうかなーで悩んでただけ。大体、額を提示したのはあなた」


 このアマ……!


「商人は信じてはダメね」

「今さら? 常識じゃないの」

「はい、レベル3の回復ポーションよ。5億で売りなさい」


 俺はカバンからレベル3の回復ポーションを取り出し、クレアに渡す。


「はいはい。あ、あと、100キロでいいからアイテム袋を10個出して。ノーマンに売る」


 前にもその名前を聞いたことがあるが、誰だよ、そいつ。


「はい」


 俺は言われがまま、アイテム袋も出した。


「本当にあるのね……」


 クレアが呆れる。


「あなたが言ったんでしょ」

「まあ、そうだけど。じゃあ、これは売っておくわね。額は売ったら教えるわ」

「ちょろまかして懐に入れたらカエルにしてブラックバスのいる池に投げるからね」

「猟奇的ねー。しないっての」


 裏切りは絶対に許さんからな。


「まあいいわ。それとあなた達に聞きたいことがあるのよ」


 俺はとりあえずクレアを信じることにし、別の話題に変えた。


「聞きたいこと?」

「何だよ?」

「あなた達の他にユニークスキル持ちの知り合いっている?」

「そりゃいるぜ。軍にもいるし、知り合いの冒険者にもいる」


 ハリーがそう言うと、クレアもうんうんと頷く。


「そいつらって変?」

「あん? どういう意味だ?」

「そのまんま、人とは変わってない?」

「あ、そういう意味か……そら、ユニークスキル持ちなんだから変わってるに決まってんじゃねーか」


 あ、やっぱりそうなんだ。

 ユニークスキル持ちって個性的なんだ。


「まあ、軍も冒険者もロクなのいないしね。私達の元上官なんて、シャワーを浴びながらタバコを吸う男って呼ばれてたわよ」


 それ、吸えるん?

 バカじゃね?


「アホね、そいつ」

「そいつがノーマン」


 ノーマンはアホ。

 覚えておこう。


 俺は大事なことを覚えると、またもや3人でラーメン屋に行き、写真を撮らされた。

 そして、家に帰ってカエデちゃんと鍋をつつき、1億5000万円の現金を見て喜ぶカエデちゃんを眺めながらお酒を飲み、就寝した。


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