第152話 黄金の魔法 ★


「今日の任務、ご苦労だった」


 自分達の上官である男が後ろに手を組みながら労をねぎらった。


「「はっ!」」


 私とスミレはほぼ条件反射的に敬礼で返す。


「して、どうだった? 調査は順調か?」

「はい。今日の半日で1階の調査を終えました」

「ん? やけに早いな?」


 これは仕方がない。

 私だってこんなに早いとは思っていなかった。


「実は建物の入口近くに電気と言いましょうか、光源のスイッチを見つけたのです」

「光源? 灯りか?」


 上官はそう言って、天井にある電灯を見上げる。


「電灯ではないです。壁全体が光りました」

「うーむ……にわかには信じられん。一度、見たい」

「明日、そのスイッチが建物の外にもないか調査する予定です」

「わかった。私も同行する」


 マジかよ……

 仕方がないことではあるが、上官が来ると仕事が進まないんだよなー。


「はっ!」


 とはいえ、命令は絶対だ。

 断るという選択肢はない。


「ちなみにだが、そのスイッチは誰が見つけた」

「見つけたのは三枝さんです。ただ、灯りがあるだろうと言って探させたのはエレノア・オーシャンです」


 私がそう報告すると、上官の顔が歪んだ。


「またあの魔女か……あの魔女め、一体どこまで知ってるんだ!」

「それについてですが、もう1つ、報告があります」


 本題はこれだ。


「なんだ?」

「地下への階段を発見しました」

「地下?」

「はい。奥の部屋に棚があり、その後ろに隠してありました」


 私の言葉を聞いた上官が顎に手をやり、無言で考え込む。


「クソ! そういうことか!」


 上官が何かに気付き、怒鳴り出した。


「どうされました?」

「その隠し階段を見つけたのも魔女だろう?」

「はい。部屋に入るなり、迷うことなく、棚を動かし始めました」

「だろうな。そいつは最初からそこに階段があることを知っていたんだ」


 それは自分もそう思う。

 普通はもうちょっと部屋の様子を窺うものなのに迷うことなく、棚を動かし始めた。

 しかも、何個もある棚の中からピンポイントでその棚を動かした。

 あれは最初からそこに何かがあることを知っていた様子だった。


「そうだと思います。エレノア・オーシャンの行動は明らかに不自然でした」

「だろうな。あの魔女が地図を作るなどという慈善事業を行うはずがない」

「慈善事業……ですか?」

「今回の地図作成の料金はたったの100万だ」


 安い……

 いや、十分に大金ではあるのだが、地図を作るのに100万円はあまりにも安い。

 例の測量会社に頼む場合の料金は500万円はゆうに超える。

 ましてや、エレノア・オーシャンは何億もの金を動かす黄金の魔女だ。

 100万円はない。


「それは…………何故、そのような値段に?」

「代わりに条件を出してきたんだ。地下遺跡で見つけたものの優先権はエレノア・オーシャンにある。また、地図作成に関わる調査の判断はエレノア・オーシャンの判断ということになっている」

「それはつまり…………」

「その地下への階段の先には何かがある。魔女の目的はそれだ。そして、それを止める方法がない。クソ! 役所の連中め、目先の安さに釣られたか!」


 地下に何かが……


「へ、兵器の可能性も考えられるということですか?」

「いや、それはない。当然だが、危険物は除外してある。つまり地下にあるのは金になるものだ。黄金の魔女が求めるものは黄金。わかりやすい」


 上官がふっと笑った。


「契約の破棄、もしくは契約の抜け道は?」

「ないことはない。だが、それはあの魔女への敵対行為を意味する。国が恐れるのはゲートを閉じられることだ。あの魔女は何をしでかすかわからん」

「それについてですが、あの魔女にそのようなことができるとは思えません。あれは間違いなく、普通の人間です。それも日本人でしょう」


 話すとわかるが、完全に日本人だ。


「そんなものは皆、わかってる! 問題は1パーセントでもその可能性があるということだ。ああ、お前の言う通り、あの魔女は十中八九、人間だろう。だが、あの魔女が得体のしれない存在であることは確かなんだ。もし、たった1パーセントの確率でゲートを閉じられたらどうする? 誰がその責任を取るんだ? さらに言えば、あの魔女は黄金の魔女ということだけあって、大量の金を産み、ギルドや国に多大な貢献をしている。これを海外に奪われるわけにはいかないんだ。すでに他国は躍起になって動いている。この状況ではあの魔女をどうすることもできんのだ」


 確かにそうだ。

 この前だって、自衛隊はギルドを通じて大量の回復ポーションを仕入れた。

 だが、それはスライムからドロップしたというふざけた言い分のポーションだ。

 つまり、エレノア・オーシャンから仕入れたもの。

 俺達の安全はあの魔女が産んでいる。


「出すぎたことを言いました」

「よい。誰しもが思っていることだ。忌々しい魔女め…………前田、何か掴んでないか?」


 上官がスミレに聞く。

 もちろん、地獄耳での調査結果だ。


「申し訳ありません。すでに地獄耳は看破され、大事な会話はすべてスマホを使って行っているようです」


 確かにそうしてた。


「あの魔女は何故わかるんだ? そういうユニークスキル持ちか?」

「ユニークスキルが1つとは限りません」


 俺は具申することにした。


「どういう意味だ?」

「少なくとも、三枝さんと横川さんはユニークスキル保持者の可能性があります」

「三枝はわかる。あれは明らかに怪しいからな」


 三枝ヨシノはギルド本部長の子飼いでAランク冒険者だ。

 自衛隊ではAランク冒険者はユニークスキルを持っているものだという認識になっている。

 そのAランクがギルド本部長と組んでいるんだから間違いなく、ユニークスキル保持者だろう。


「横川はたまにエレノア・オーシャンを先導する動きが見られます。また、ライトを持っていませんでした。おそらく、目かと」

「目か…………何かを知る能力か……?」

「そのあたりは不明です」


 横川は未成年なうえに親が厄介なため、調査が難しい。


「そうか…………まあいい。つまりあの3名はユニークスキル保持者。しかも、魔女に至っては地図を作る魔法まであるわけだ」

「複数のユニークスキル保持者かもしれません。少なくとも、ポーションやアイテム袋を大量に仕入れているわけですし」

「そうだな…………魔法か? いや、作ってるな。あの魔女のユニークスキルはアイテムを作る能力だろう」


 そういう説もある。

 あとはフロンティアからの輸入説とドロップアイテムのコントロール説だ。


「そうかもしれませんが、確証はないです」

「そうだな。確証がない。それに確証があったところでどうしようもない。あの魔女がゲートを閉じる可能性があるうちはどうすることもできんのだ」


 結局はそこに行きついてしまう。


「地下へ階段についてはいかがしましょう?」

「許可を出すしかない。地下遺跡で得たものはギルドに売るという契約も入っている。止めればあの魔女だけでなく、ギルドまでも敵に回すことになる。それは無理だ」


 ギルドもグルか。

 まあ、そうだろう。

 三枝ヨシノが出てきているということはそういうことなんだろう。


「では、明後日に地下への調査を行います」

「ああ。もちろんだが、2階もだぞ」

「はっ! では、これで失礼します! 明日はよろしくお願いいたします」


 私はそう言って、敬礼をした。


「ああ、そうだな…………さて、地下には何があるのか…………金銀財宝か?」


 壁が光る謎の技術に興味を持っていた上官はすでに地下にあると思われる金目の物に興味が移ったらしい。


 これが魔女の魔法だろうか?

 これが世界中の注目を独占する黄金の魔女の恐ろしさなのだろうか?





――――――――――――


ちょっと宣伝です。


本作は明日、書籍が販売となります。

書店で見かけた際はお手に取ってもらえると幸いです。

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