第150話 衝撃の事実


 電話を終えた俺はカエデちゃんのもとに行き、本日の精算を終えた。

 今日のことや電話のことをサツキさんに報告しようと思ったのだが、どうやらサツキさんは休みらしい。


 俺は事後報告でいいかと思い、カエデちゃんの仕事が終えるのを待つことにした。

 今、ナナポンと共にギルドのロビーにあるソファーに座って、カエデちゃんを待っているところだ。


「ちょっと外すって言われたので嫌な予感がしてましたが、沖田さんですか…………」


 隣に座っているナナポンが残念そうな顔で俺を見る。


「カエデちゃんとご飯って言ってただろ。俺に決まってんじゃん」

「ハァ……家で食べましょうよー」


 こいつはそれほどまでにエレノアさんが好きなのだろうか?

 それとも沖田君が嫌いなんだろうか?


「今日は飲みだから。好きなだけ飲み食いしていいから我慢しろ」

「うーん、生ビールを飲んでみようかな……? あ、そういえば、三枝さんは誘わないんです?」

「あの人、酒がダメって言ってたからなー」


 確か、すぐに眠くなるお持ち帰り体質だったはずだ。

 ホント、安い女だわ。


「別に飲まなくてもいいのでは? 誘わないと拗ねる気がします」


 まあ、逆の立場なら俺も拗ねるな。

 多分、2、3日は引きずる。

 『え? 嫌われてる?』って思う。


「じゃあ、声をかけてみるか……」


 俺はスマホを取り出すと、ヨシノさんにメッセージを送る。


『これからカエデちゃんとナナポンと飲みに行くんだけど、来れる? 実はちょっと報告事もあるんだけど』


 俺がこれを送ると、すぐに既読がついた。


『すまん。行きたいとは思うが、これから本部長と今日のことで協議があるんだ。報告は明日にでも聞く。3人で楽しんでくれ』


 うーん、働き者だなー。


「ヨシノさんはこれから協議だって。絶対に来ないと思うけど、リンさんでも誘ってみるか?」

「100パー来ないですよ」


 俺もそう思う。

 あの人、クールなそぶりを見せているけど、旦那好きすぎ奥様だもん。


「サツキさんは…………いいや。どうせ動画を見るのに忙しいだろ」

「ですかねー? まあ、お休みのところを邪魔するのは悪いですしね」


 そうそう。

 決して、うざいから誘わないわけではない。


「そういうわけで3人だけど、我慢しろ」

「別に嫌ではないんですけど、いちゃつくのはやめてくださいね」

「いちゃつきたいなー……」

「あ、まだでしたか…………ふっ……早く告白すれば?」


 今、こいつ、鼻で笑わなかった?


「うるさいなー……タイミングっていうものがあるんだよ」

「明らかにタイミングは過ぎていると思いますよ」


 まあ、一緒に暮らしているしね。


「用意はしてるんだよ」


 今も持ってる。


「あの紙ね……いや、それは飛ばしすぎ」

「ほっとけ」

「沖田さんって、朝倉さんにフラれたら自殺しそうな雰囲気がありますよね」

「その時はお前を巻き込む」


 一緒に死のう。


「なんで!?」

「師が死ぬ時は弟子もだ」

「今までお世話になりました」


 こら!


「お前ひどいな」

「100人中100人があなたの方がひどいって言いますよ。巻き込むならなら私ではなく、三枝さんにしてください」


 なるほど。


「そっちにするか…………」


 あの人の場合、金を奪って逃げそうだけど。


「それがいいです…………あ、朝倉さんが来ましたよ」


 俺が悩んでいると、ナナポンがそう言ってきたので顔を上げる。

 すると、白いコートを着て、髪もふわっとさせたカエデちゃんがこっちに向かってきていた。


「見ろ、かわいい」

「そうですね。気合を入れすぎな気もします。私、パーカーなんですけど……」


 ナナポンは黒いパンツに薄ピンクのパーカーを着ている。

 もちろん、背中には白いうさぎがいる。


「あれは俺のリクエスト。大丈夫、お前のうさぎちゃんもかわいいから」

「褒めるところはそこですか!?」

「学生らしくていいんじゃね? そんなもんだろ」


 ましてや今日は冒険帰りだ。

 普通はそこまでおしゃれをしないだろう。

 若いナナポンならなおさら。


「あなたが私に興味がないことだけはわかります」


 だって、お前、低身長と背中のうさぎのせいで子供感がすげーんだもん。


「何を話しているんですかー?」


 ソファーにやってきたカエデちゃんが声をかけてくる。


「相変わらず、甘々な声だな…………」


 かわいいからいいじゃん。

 悔しかったらお前も出してみろ。

 いや、エレノアさんには若干、そういう声を出すか……


「カエデちゃんがおしゃれだねって話」

「ですね。あと、沖田さんが三枝さんと心中する話です」

「心中!? 何故に!?」


 カエデちゃんが驚く。

 そりゃそうだ。


「朝倉さんに捨てられたら死ぬそうです。そして、私を巻き込むと言われたので三枝さんに押し付けました」

「カエデちゃんは捨てないよね? お金あげるから」

「沖田さんって発想がクズですよね。お金って……」

「お前にだけはクズって言われたくない。卑劣なカンニング女のくせに」


 さいてー。


「どっちもどっちですよ……アホなことを言ってないで行きましょうよ」


 カエデちゃんが呆れきっているのがわかる。

 これはナナポンのせいだと思う。

 きっとそう。


「あそこ行く?」


 あそことはいつも行っている近くの居酒屋のことだ。


「ですねー。行きましょう…………というか、ナナカちゃんも来るの?」


 カエデちゃんがナナポンを見る。


「あ、お邪魔なら帰ります」

「邪魔じゃないけど、珍しいなって思って。エレノアさんがいないのに」

「その辺は騙されました」


 こら!

 騙してねーわ。

 お前が勝手に勘違いしただけだろ。


「ちょっと話があってね。まあ、飲みながら話すわ」

「ふーん。じゃあ、後で聞きます」

「よっしゃ、行こう。ビール飲みたい」

「ですねー」


 俺とナナポンは立ち上がると、カエデちゃんと共にギルドを出た。

 そして、近くにある居酒屋に到着すると、個室に通される。


「ナナカちゃんは何を飲むの?」


 個室に入り、席に着くと、カエデちゃんがメニューをナナポンに渡しながら聞く。

 なお、何故か俺の隣にはカエデちゃんではなく、ナナポンが座っている。


「お二人はビールです?」

「そうね」

「生だなー」


 最初は生だ。

 まあ、ずっと生だけど。


「じゃあ、私もそれにします」

「大丈夫? 苦いよ?」


 カエデちゃんは学生時代にビールを飲めなかった。

 俺は飲めたけど、今ほど好きではなく、酎ハイばっかり飲んでいた。


「皆さん、飲まれてますし、居酒屋のビールを飲んでみたいです」

「まあ、飲めなかったら先輩がイッキするか……」


 あ、俺が飲むんだ……

 いやまあ、そうする気だったけどさ。


 カエデちゃんは店員さんを呼ぶと、適当なつまみと共にビールを3杯頼んだ。

 すると、すぐにジョッキに注がれたビールがやってくる。


「かんぱーい」

「お疲れ様でーす」

「乾杯です」


 俺達は乾杯をすると、ビールを飲み出す。


「あー、この喉越しが今日のあのうざいナンパ野郎を忘れさせてくれる……」


 カエデちゃんがビールを飲み、しみじみと愚痴をこぼす。


「大変だねー」

「男避けに指輪でも買ってつけようかな?」


 俺が買ってあげるよ。

 永遠の輝きのやつ。


「うえー……やっぱり苦いです」


 ビールを飲んだナナポンが顔をしかめている。


「だろうよ」

「無理しない方がいいよ。はっきり言って美味しくないもん」

「いや、なんでお二人はそれを飲んでるんです」


 さあ?


「喉越しか?」

「社会人の辛さで苦さを感じなくなったんですかね?」

「それ、あるかもな……」


 ビールの思い出といえば、仕事から帰ってあのクソ上司の愚痴を言う時だし。


「嫌なことを聞きました……これを美味しく感じる時が来て欲しくないです」


 ナナポンがビールを俺の前に置き、呼び出しボタンを押す。

 すると、店員がすぐに来たのでナナポンが酎ハイを頼んだ。

 今日はお客さんが少ないようですぐに頼んでいたつまみと共にナナポンの酎ハイがやってきた。


「お前、まだ1年だろ。将来のことは後で考えな」


 1年、2年は適当に単位を取って遊ぶべき。


「でも、あっという間じゃないです?」

「まあ、そうだろうけど、お前、普通に就職するの? 冒険者は?」

「前に言ったじゃないですか。エレノアさんが引退した時点で私も辞めます。1人は嫌ですし、他に頼れる人といったら三枝さんですけど、あの人も年齢的に沖田さんと同じようなもんでしょ」


 26歳だからなー。

 アラサーって言うなって言われた。

 言ってないし、ブーメランなので俺も言いたくない。


「じゃあ、就職するんだ?」

「嫌です。今のうちにお金を貯めてニートです。そのための弟子なんです。金魚のフンです」


 自分で言うか?


「でも、お前は散財の素質があるし、すぐに貯金が尽きそうだな」


 その腕時計、見たことねーぞ。

 絶対に高いやつだろ。


「節制します」

「今日の柳さんが言ってたように安定を取った方が良くね?」

「沖田さんから私に苦労をしろという悪意を感じます」

「うーん、そんなつもりはないけど、お前って普通の会社勤めが出来そうにないんだもん。給湯室で泣いてそう」


 カンニングばっかりで苦労もしてこなかったくせに人見知りで同僚と馴染めない。

 それでいて能力があるかというと、微妙。


「それって、つまり私に泣けってことじゃないですか! おもっきし、悪意じゃないですか!」

「うーん、お前、ギルドにでも就職しろよ」

「ギルド?」

「そう。透視があるし、サツキさんの子分にでもなれ…………っていうか、サツキさんがナナポンを手放すと思う?」


 俺はカエデちゃんに聞いてみる。


「絶対に手放さないでしょうね。意地でも捕まえると思います。ナナカちゃんの透視は桐生さんの『真偽』以上ですから」

「だよねー。良かったな、ナナポン。就活がないぞ」


 テストもカンニング。

 就活もない。

 マジで遊ぶだけの大学生活だ。


「えー、ギルド職員ですか? ナンパされるんです?」

「お前は多そうだなー」


 気弱なチビ女。

 変なファンがつきそうだ。


「ナナカちゃんに受付は無理じゃない? 多分、ヨシノさんみたいな立ち位置だと思う。表向きは冒険者だけど、裏ではサツキさんの子分……いや、秘書的な」


 カエデちゃんも子分になると思っているらしい。


「子分じゃん! えー、あの人の子分は嫌だなー。エレノアさんもやりましょうよ」


 ナナポンが俺の袖を掴んでくる。


「俺は普通に引退だよ。働きたくないもん」

「それこそサツキさんが逃がしてくれないのでは?」

「俺はお前と違って出勤しなくてもいい。アイテムを作って渡すだけ」


 俺の場合は何かを頼まれるとしてもあれが欲しい、これを作れ、だろう。

 でも、ナナポンの場合は欲しいのはナナポンの目だ。

 こればっかりはしょうがない。


「ずるい!」

「多分、皆がお前に思っていることだろうよ」


 透視って……

 ずるすぎだろ。


「じゃあ、交換してくださいよ」

「いいぞ。お前の服の下を透視してやるよ」

「朝倉さん、この男、クズです!」


 クズはお前じゃい!


「うーん、ユニークスキルはクズしか持てないのかな……?」


 おい、こら!

 先輩に何てことを!


 …………あれ?

 よく考えたら確かにクズしかないぞ?

 え? マジ?


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