第149話 怪しい、怪しい、怪しい!


 皆が梯子を昇った後、最後に地上に戻ってきた俺は地図を柳さんに見せる。


「今日はこんな感じね」

「ああ、良い地図だ。引き続き、頼む」

「納品が最後でもいい?」


 実はこの地図は俺でなくても作れる。

 あまり途中で渡したくない。


「それでいい」

「わかったわ」


 俺はそう言うと、ペンを取り出し、地図の左下端に横線を引いた。

 このオートマップは左下端に横線を引くと、オートマップ機能が一時的に停止するのだ。

 再開したい場合はその線を消しゴムで消せばいい。

 そして、完全に終了した場合は左下端に〇を描けば完成する。


「では、明後日の10時にここに来てくれ。昼を跨ぐと思うが、それぞれ昼食は用意してくれな。こちらで用意もできるが、軍用のレーションになるのでおすすめはしない」


 不味そう……

 普通にコンビニで買うか、カエデちゃんのおにぎりの方がいいわ。


「そうする。じゃあ、私達は帰るわ。お疲れ様」

「ああ、気を付けて帰ってくれ。まだフロンティア内だからな」


 俺とナナポンとヨシノさんは柳さんと前田さんに別れを告げると、建物を出て、ゲートに向けて歩いていく。


「私と一緒にはいない方がいいし、あなた達は先に帰ってちょうだい。私は少し時間を空けるわ」


 ヨシノさんはまだしもナナポンと一緒にいる所を他の冒険者に見られたくない。


「そうか。じゃあ、私がナナポンを送っていこう。また明後日な」


 ヨシノさんが軽く手を上げた。


「ええ。ナナカさんはまた後でね」

「はい。ゲートのところで待ってます」


 ナナポンは笑顔で手を振ると、ヨシノさんと共にゲートに向かって歩いていった。

 俺は少し時間をつぶすために地面を見ながらフワフワ草を探す。


 確か、建物の裏とかの日が当たらない場所に生えているんだっけ。


 俺は前にリンさんから聞いた情報を思い出し、建物の裏に回った。

 すると、結構な数のフワフワ草らしき草を見つけたので腰を下ろし、鑑定しながら採取していく。


 本当はすぐに戻る予定だったのだが、思ったより多かったので少し時間をかけていると、背後に人の気配を感じた。

 俺は採取をやめ、立ち上がると、後ろを振り向く。

 俺の後ろには若い男の冒険者が1人で俺を見ていた。


「何よ?」


 俺は目を細め、その男を睨んだ。


「あ、あの、エレノア・オーシャンさんでしょうか?」


 若い男はどぎまぎしながらも聞いてくる。


「そうよ。何か用?」


 ナンパか?


「あのー、実はこれを渡すように頼まれたんですけど…………」


 若い男はそう言って、ポケットから封筒を取り出した。


「はい? 誰から?」


 ファンレター?

 いや、ラブレターかもしれない。


「えっと、わかりません。ゲート前で初老の男性に渡されたんです」


 初老?

 そんな年の冒険者がいるのか?

 めちゃくちゃ怪しい。


「何て言ってたの?」

「あなたに渡してほしいって言われました。自分は歳だからスケルトンを相手にできないと」


 …………何故、来たし。


「まあいいわ。あなたに聞いても埒が明かない。よこしなさい」

「はい! ど、どうぞ!」


 若い男は姿勢を正し、頭をきれいに下げながら両手で封筒を差し出してきた。


「まんまラブレターを渡す構図ね…………」


 俺は呆れながらも封筒を受け取ると、封筒の両面を見る。

 封筒の表には達筆でエレノア・オーシャン様と書かれているが、裏には差出人の名前は書いてなかった。


「ふーん、もう行っていいわよ。ありがとね」

「はい! 失礼します!」


 若い男は何故か敬礼をし、足早に去っていった。


 俺は男が去ったので封筒の封を破り、中身を取り出すと、中に入っていた手紙を読み出す。


「ふーん……」


 手紙の内容はファンレターでもなければ、ラブレターでもなかった。

 手紙にはある取引をしたいから電話が欲しいとだけ書いてあったのだ。


「さて、どうするか…………」


 内容は非常に怪しい。

 正直な話、無視しても良いだろう。


「うーん、まあ、非通知でかけてみるか?」


 多分、無視してもまた接触してくるだろうし、取引とやらの内容を聞いてから判断すればいいだろう。


 俺はフロンティアでは電話が繋がらないので帰ることにし、ゲートまで歩いていった。

 ゲート前の広場に着くと、相変わらず人が多く、注目を浴びる。

 俺はそんな有象無象の中からさっきの若い男が言っていた初老の男性を探すが、そういう人は見当たらなかった。


 さすがに帰ったかな?

 初老の男がいたら目立つしなー。


 俺はそのまま歩いていき、ゲートをくぐる。

 ゲートをくぐると、ゲートがある通路でナナポンが待っていてくれた。


「あ、遅いですよ。何かありました?」


 ナナポンが文句を言いながら近寄ってくる。


「ええ、ちょっとね。これから電話するから誰か来そうだったら教えて」


 池袋のギルドは冒険者の数が少ないからあまり人は来ないだろうが、今は夕方のゴールデンタイムだ。

 誰か来るかもしれないし、透視を持っているナナポンに見張ってもらおう。


「電話? えーっと、わかりました」


 ナナポンが素直に頷いたため、俺は手紙に書かれていた電話番号を見ながら非通知で電話をかける。

 すると、数コールで呼び出し音が止まった。


「もしもしー?」

『はい。エレノア・オーシャン様でしょうか?』


 男性の声だ。

 電話ではよくわからないが、声質的に初老かもしれない。


「そうよ。手紙の主はあなた?」

『はい、そうです。このような怪しい接触になってしまったことを謝罪します』

「普通に話しかけなさいよ」

『少し事情がありまして…………』


 事情ねー。

 まあ、そうだろう。


「その事情って何よ?」

『その辺も含めて一度会ってお話がしたい』

「顔も知らない男と会えっての? 嫌よ。私は忙しいの」


 ナンパはお断り。


『あなたにとっても損ではない取引かと…………』

「セールスの電話にしか聞こえないわね。ガチャ切りもんよ。取引の内容を言いなさい。それすらも言えないならさようなら」

『わかりました。取引の内容ですね。実はレベル3の回復ポーションを即決で落札したいのです』


 即決?


「何でよ? 普通に入札しなさい」

『早急に必要な理由があるのです』

「それが事情ってやつ?」

『そうです』


 今にも死にそうな人がいるのかね?


「具体的にいつまでに欲しいの?」

『早ければ早い方が良いですが、最悪でも明後日には…………』


 明後日て……


「無理言わないでよ」

『無理を言っているのは承知です。ですので回復ポーション代金は色をつけさせていただきます』


 色ねー……


「具体的にいくらよ? あなたもオークションを見てるでしょうけど、すでに5000万円は超えてるわよ? 現在の予想落札額は7、8000万円」


 予想落札額はネットに書いてあった。


『もちろん承知です。その辺の値段交渉も含め、一度お会いしたい。事情もその時に説明させていただきます』

「明後日までに欲しいわけでしょ? いつ会うのよ? 明後日は仕事があるんだけど」

『これから会えませんか?』

「無理ね。用事がある」


 カエデちゃんとご飯に行く。


『でしたら何とか明日、時間を作れないでしょうか?』


 明日……

 カエデちゃんが休みだから一緒にグダグダ過ごそうと思っていたんだが…………


「昼にちょこっとだけならいいわよ」


 しゃーない。


『ありがとうございます! 場所はどうしましょうか? できたらギルドは避けたいのです』


 これ、絶対に後ろめたい事情だろ。


「いいけど、どこ? あなたもでしょうけど、私も人に見られたくないわ。盗撮がうざくてね」

『こちらとしてもそれは避けたいです』


 後ろめたい事情で確定。


「あなた、車はある?」

『ありませんが、用意はできます。レンタカーになりますけど』


 よし!

 アメリカ方式で行こう。


「車の中で取引をしましょう。池袋のギルド裏に来なさい」


 こうすれば万が一の場合はハリーとクレアが助けてくれる。


『かしこまりました。では、明日の昼一番に池袋のギルド裏でお待ちしています。都合の良い時にいらしてください』

「わかったわ」


 俺はそう言って、電話を切った。


「何ですか? また、怪しい取引です?」


 電話を聞いていたナナポンが聞いてくる。


「みたいね。話ぐらいは聞いてみるわ」

「私も行きましょうか?」


 うーん、透視がいるか?

 どうだろ?


「あなた、クレアとハリーと一緒のタクシーに乗れる?」

「それはちょっと…………」


 怖いか。


「いや、いいわ。あなたは大学に行きなさい」

「わかりました。でも、本当に何なんです?」


 さすがに気になるか……


「あなた、この後、暇?」

「ええ、まあ。帰るだけですし」

「これからカエデちゃんと飲みに行くけど、あなたも付き合いなさい。奢ってあげるから」

「ホントです!? やったー」


 ナナポンが嬉しそうに喜ぶ。


 だが、こいつがわかっているのだろうか?

 飲みに行く相手はエレノアさんではなく、沖田君なことを……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る