第119話 絶対にリンさんが嫌いそうな男
俺はナナポンとヤバそうなアイテムについての相談を終えると、前に出て、ヨシノさんやリンさんと合流した。
合流してからは4人で普通にしゃべりながらゲートに向かっているのだが、ヨシノさんもリンさんも俺とナナポンがコソコソとしゃべっていたことについては触れなかった。
俺達がそのまま街道を進んでいくと、視線の先にゲートが見えてくる。
遠目にだが、朝と同様にいくつかの人影も見えた。
「到着ですね。沖田さんは朝倉さんとどこに行くんです? 銀座って言ってましたけど」
ナナポンが聞いてくる。
「回らない寿司を食べにいく」
「成金ですね……」
実際そうなんだからしゃーないだろ。
1度は行ってみたいと思うもんだ。
「どうでもいいけど、詐欺とかには気をつけろよ。金を持ってると思われてる冒険者はよく投資の誘いとか来るからな」
リンさんが忠告してきた。
「そんなんがあるんだ……」
「冒険者は比較的若くして大金を得て、辞めるだろ? そうなると、資産運用とかを考えるからそこを狙われる」
怖いなー。
俺とか全然わからんから簡単に騙されそう。
「そういうのはカエデちゃんに任せるわ」
どうせ、お金は全部、カエデちゃんにあげるし。
「それがいいよ。あの子はギルド職員だし、ちゃんとしてる」
カエデちゃん、優秀そうだもんなー。
でも、おかしいな……
同じ大学を卒業して、似たような成績だったはずなんだけど……
これが自頭の差か?
俺がリンさんの忠告を受けて、首を傾げていると、ゲート前のセーフティーエリアに到着した。
すると、ふいにヨシノさんとリンさんの足が止まる。
「ん? どうしたの?」
俺は足を止めた2人を見る。
ナナポンも俺と同様に足を止めた理由がわかってないようで2人を見ていた。
「…………リン、どうする? 沖田君とナナポンを先に帰すか?」
ヨシノさんが俺を無視して、リンさんに聞く。
「もう遅いね。完全にこっちを見ている」
見ている?
俺はリンさんの言葉が気になったのでゲート前にたむろっている冒険者達を見渡す。
すると、こっちを見ている冒険者の男を発見した。
その男は人のことは言えないが、とても冒険をしに来ているとは思えない軽装である。
というか、ジャケットを羽織っており、完全に私服だった。
しかも、武器どころかカバンすら持っていない。
「何の用だと思う?」
「さあ? まあ、どっちみち、ロクな用件じゃないでしょ。沖田君、君の得意なイキリはやめな」
リンさんが忠告してくる。
「いや、イキらねーから……ってか、誰?」
「知らないのか?」
もしかして、あの男は有名人なんだろうか?
「沖田さん、沖田さん、あの人、Aランクの桐生さんじゃないですか?」
桐生?
あ……
俺はナナポンに言われてようやく気が付いた。
確かにAランクの桐生アキラだ。
俺でも知っていた冒険者の1人である。
「わかんねー……鎧を着ろよ」
俺がテレビで見た時は豪華そうな銀っぽいキラキラした鎧を着ていた。
「顔でわかりますよ。かっこいい人じゃないですか」
「何? お前、あんなのがいいの?」
「少なくとも、沖田さんよりかっこいいですよ。大学や高校の友達もかっこいいって言ってました」
ふーん……
まあ、イケメンではある。
髪もキッチリとキメた茶髪でチャラそうだ。
多分、女にはモテるだろう。
「カエデちゃんが言うには女を取っかえ引っ変えする節操なしらしいぞ」
前にそんなことを言っていた記憶がある。
確か、俺の方が良いって言ってた……ような気がする。
「あ、ヤリチ……なんでもないです…………私はパスで。よく見たら沖田さんの方が良いと思います」
ナナポンは透視を持ってるだけあって目がいいな。
ところで、なんでちょっと顔を染めているんだい?
「そうだろう、そうだろう」
「エレノアさんの方がかっこいいですけどね」
君は一言、余計なんだよ。
「はいはい、沖田君はかっこいいよ。だから黙っててね。間違ってもAランクにケンカを売るなよ」
リンさんが全然、心にも思ってないようなことを言って止めてくる。
「売らねーわ。Aランクとかこえーし」
知らんけど、強いんだろう。
「怖い? 私、足を払われたな…………」
Aランクのヨシノさんがポツリとつぶやいた。
「あれはヨシノさんが攻撃してきたからじゃん。ドMのくせに」
「…………Mじゃない。私はMじゃない」
ヨシノさんがボソボソと否定する。
これ、何度か言われてるわ。
「どうでもいいから行くよ。私は早く帰りたいんだ」
買い物にいって晩御飯を用意しないといけないリンさんは俺達を急かし、ゲートに向かって歩いていく。
ヨシノさんは慌ててリンさんを追っていったので俺とナナポンもその後ろについていった。
俺達がゲートに近づいていくと、やっぱり桐生アキラが俺達に近づいてくる。
「こんにちは、ヨシノさん」
桐生が声をかけてきたのだが、その際、俺とナナポンをチラッと見た。
しかし、すぐに視線を外し、同じAランクのヨシノさんに話しかけた。
「桐生君か……こんにちは」
ヨシノさんの声のトーンがいつもより若干低いし、さっきのリンさんとの会話からもあまり好んでいる相手ではないことが察せる。
「ヨシノさんは冒険かな?」
「まあな。見ての通りさ。君はこんなところで何をしてるんだ? 冒険をするようには見えないが……」
「ちょっとヨシノさんに話があってね」
だろうね。
明らかにここで待っていた。
この前のヨシノさんと一緒。
「話? 何かな? 出来たら早めにしてほしい」
ヨシノさんがリンさんをチラッと見る。
リンさんは腕を組み、不機嫌そうに指をトントンと叩いていた。
ちょっと怖い。
「林さんは相変わらずだな」
リンさんを見た桐生が苦笑した。
ところで、林?
「旧姓で呼ぶな。私は清水だ」
どうやらリンさんの旧姓は林らしい。
林リン…………
リンリンだ!
ぷぷっ。
「……沖田君、何か?」
リンさんが俺を睨んでくる。
「いえ……」
絶対にあだ名はリンリンだったな。
「桐生君、用件とは?」
ヨシノさんは呆れたように俺とリンさんを見たが、すぐに視線を外し、桐生に聞く。
「ああ、君はエレノア・オーシャンを知っているか?」
やはり聞きたいことはエレノアさんか……
「逆に知らない冒険者がいるのかって聞きたいな」
「まあね。でも、そういう意味ではないよ。ヨシノさん、あの魔女と会ってない?」
どこかで目撃者がいたか?
ヨシノさんとエレノアの姿で会ったのはこのミレイユ街道のゲート前とファミレス、それと俺の家だ。
「以前、ここですれ違ったな。少し、話した程度だ」
「ふーん、それ以外は?」
「会ってない。君も知ってるだろうが、あの魔女は神出鬼没だからな」
家のことはともかく、ファミレスは誤魔化す気だな。
まあ、あそこで目撃者がいた可能性は低い。
女の子にサインをあげたし、家庭の修羅場を引き起こしちゃったけど……
「なるほどね。やはりここに現れるのか……」
「ネットの情報通りだな。君が魔女と接触するのは自由だが、Aランクの自覚を持って問題を起こさないことだ」
このものすごく立派なことをおっしゃっている人が金で従姉を裏切ったAランク様です。
「わかってるよ。ところで、その子は?」
桐生は視線をナナポンに向けた。
俺は無視らしい。
さすがは女好きだ。
「ちょっとした知り合いでね。新人指導みたいなもんさ」
「へー……ヨシノさん達は相変わらずだね…………俺は桐生アキラと言う。よろしく」
桐生が俺の後ろで顔だけを出しているナナポンに手を差し出した。
すると、弱男性恐怖症というか、人見知りのナナポンがサッと俺の背中に引っ込む。
「あれ?」
隠れたナナポンを見た桐生が首を傾げる。
ちょっとざまあと思った。
「桐生君、その子は照れ屋なんだ」
ヨシノさんがフォローをした。
「…………沖田さん、この人、マズいです。早くこの場から立ち去ってください」
背中に隠れているナナポンが小声で告げてくる。
「照れ屋って?」
「その子は女子高出身なんだと」
「へー、女子高。いいね」
ヨシノさんと桐生が話しているのだが、2人が見えない俺の後ろではナナポンが俺の背中をバンバンと叩いていた。
これは何かあったな……
「ヨシノさん、桐生さん、すみませんが、俺はこの後、用事があるので帰りますね」
俺は話をしている2人を止める。
「私も帰るぞ。飯を作らないといけないんだ」
リンさんも俺に便乗した。
「ああ、そうだったな。桐生君、すまないが、私達はあがりなんだ。またな」
「…………ああ、そうだね。引き留めて悪かった」
桐生は俺を一瞬、睨んだのだが、すぐに笑顔でヨシノさんに応対する。
正直、この切り替えの早さは尊敬するわ。
俺がちょっと感心していると、リンさんはさっさとゲートに向かい、俺の後ろではナナポンが必死に俺の背中を押していた。
俺は貧弱なナナポンの押しに流されるまま、ゲートに向かう。
ヨシノさんはそんなナナポンの横で不思議そうにナナポンを見ていた。
俺達が桐生と別れ、ゲートの目の前までやってくると、リンさんが足を止める。
「横川、何があった?」
リンさんがナナポンに聞く。
「ひとまずは帰りましょう。あとで連絡します」
「ふーん、じゃあ、ヨシノに頼む。私は買い物にいって帰るから」
まあ、用事があるのは本当だしね。
「じゃあ、ここでお別れだね。お疲れ様でした」
ヨシノさんが閉めの挨拶をする。
「おつかれ。今日はありがと」
「ありがとうございました」
俺とナナポンがお礼を言う。
「いいよ。じゃあ、またね」
ヨシノさんはそう言って、リンさんとゲートをくぐっていった。
「俺らも戻ろう」
「ですね」
俺とナナポンもゲートをくぐり、ギルドに帰還した。
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