第118話 冒涜


 午後からの俺達はモンスター狩りに精を出していた。

 一応、3人は俺に譲ってくれると言っていたが、さすがに俺1人でやるのは疲れるため、俺の配分が多めではあるものの、交互にモンスターを狩っていた。


 相変わらず、ヨシノさんとリンさんは強く、危なげなくモンスターを倒していっている。

 ナナポンも接近戦ができる3人がいるため、安心して魔法を使ってモンスターを倒していた。


 俺はというと……


「おら!」


 今、ちょうどハイウルフを斬ったところだ。

 さすがに苦戦することはない。


「ね? あの人、絶対に笑うでしょ」

「うーん、まあ、リンも笑うからなー」

「私はいいと思う。彼は素質があるな」


 俺は女子3人に微妙にイジられていた……


「笑ってないっての……」


 我慢して無表情を保ったわ。


「笑ってますって。背中から楽しそうな雰囲気を感じ取れます」


 なんだそれ?


「まあ、正直に言えば、気持ちはわかるよ。私も子供の頃から剣術をやってるけど、真剣を使うことなんてほぼないからね」

「私もわかるな。あっても木刀だし」


 まあね……

 真剣なんか使ってたら今頃、塀の中だ。

 だから真剣を使えるということ自体は嬉しいのは確かである。

 子供の頃からやっている自信がある技術を使えるのは楽しいし。


「御二人は剣道部だったんですか?」


 ナナポンがヨシノさんとリンさんに聞く。


「剣道部には入らなかったね。私は文芸部だった」


 ヨシノさんは文学少女だったらしい。


「私はバスケ部」


 リンさんはスポーツ少女だったようだ。


「剣術やってるんだったら剣道部じゃないんです?」

「暑いし、きついし、臭いからなー……」

「家でも剣術やって、学校でも剣道をやる気はなかったな」


 わかる、わかる。


「へー。あれ? 沖田さんは剣道部じゃなかったでしたっけ?」


 俺が頷いていると、ナナポンが俺にも聞いてくる。


「俺は内申のために入った。成績があまり良くなかったし」


 他にやりたい部活もなかったし、剣道部で良い成績を残せば内申点が上がって、推薦で大学に行けるかなと思ったのだ。


「へー……失礼ですけど、なんとなくわかります」


 お前の透視かヨシノさんの完全記憶が欲しかったわ。


「そんなことよりさ、もういい時間だから帰らない? 沖田君はカエデと出かけるんでしょ」


 リンさんが自分のポニテを弄りながら言う。

 俺はそう言われて、時間を確認すると、時刻は夕方の4時を回ったところだった。


「もうこんな時間か……」


 朝からだったのにあっという間に時間が過ぎていった。

 昔、1人でクーナー遺跡に行った時とは大違いだ。


「君達がまだやりたいなら私は付き合うけど、どうする?」


 ヨシノさんはまだ付き合ってくれるらしいが……


「どうする、ナナポン? 俺はカエデちゃんと銀座に行くからリンさんと帰るけど」


 シャワーとかも浴びたいし。


「沖田さんが帰るなら私も帰ります。残っても1時間程度でしょうし、だったら今日はやめて、皆で帰りましょう」


 日が暮れると危険だし、それがいいか。


「じゃあ、今日は帰ろうか。お疲れ様」


 ヨシノさんが俺とナナポンの労をねぎらった。


「今日はありがとね。念願のスキルも得たし、良かったわ」

「私も違う魔法を覚えられてよかったです。ありがとうございました」


 俺とナナポンはヨシノさんとリンさんにお礼を言う。


「いいよ。この前のお詫びだからね。まあ、そのことは関係なく、また教えてあげるから一緒に行こうよ」

「私も別にいいよ。このミレイユ街道は自然豊かで好きだしね」


 良い人達だわ。


「じゃあ、またお願いします。連絡しますんで」


 とりあえず、今週はもういいかな?

 明日は休みにしたいし、渋谷ギルドに行かないといけない。


「わかった」

「ありがと」

「お願いします」

 

 俺達は今日の冒険を終え、街道を戻ることにした。




 ◆◇◆




 俺は帰る途中、しゃべりながら歩く3人の後姿を見ながら考え事をしている。

 すると、ナナポンが歩くスピードを緩め、俺の横にやってきた。


「どうしたんです?」


 ナナポンが心配そうな顔で見上げ、声をかけてくる。


「何が?」

「いや、1人で下がって歩いていれば何かあったと思いますよ」

「別にない。お前らのケツを見てただけだ」

「最低です」


 ナナポンがジト目になった。


「冗談だよ」


 まあ、後ろを歩けば自然と目が行くので嘘ではない。


「面白くないです。それでどうしました? 不自然ですよ」


 だろうね。

 ヨシノさんもリンさんも気付いているんだろうけど、気を使ってか、触れてこない。

 今も、俺とナナポンの声が聞こえない位置まで離れている。


「さっきステータスカードを確認したらレベルが上がってた。お前と同じ10だ」

「良かったですね。あれだけ倒したら上がると思います」


 ナナポンがレベル10になったし、俺もすぐに上がるとは思っていたので予想通りではある。


「当然、新しいレシピが出てくるわけだ」

「ですね。何でした?」

「生命の水。死人を蘇らせることができる」

「…………………………」


 ナナポンが黙った。

 気持ちはわかる。

 だから俺も黙って歩いていたのだ。


「最後まで聞くか?」

「…………聞きましょう。私はあなたの弟子ですし、仲間です」


 良いこと言うね。


「前にクレアが言っていたことを覚えているか? ほら、フロンティア内で人が死んだらモンスターと同様に消えるってやつ」

「覚えてます。私が誘拐された時ですね。エレノアさん……というか、クレアさんとハリーさんが殺した誘拐犯の処分の時に聞きました」


 俺もその時に初めて知ったが、フロンティアで人が死んだ場合は煙となって消えるらしい。

 ちょっと怖いと思った。


「人間もモンスターも同じように煙となって消える。だが、人間は消えるまでにちょっと時間がかかるって言ってただろ。生命の水はその間に飲ませれば生き返らせることができる水みたいだ。ただし、地球では効果がない」

「地球で使えないのは良かったような残念なような気がしますが、どちらにせよ、ものすごいアイテムですね……」


 あれば便利だし、需要は絶対にある。

 回復ポーションの比じゃないくらいにある。

 だが、効果がヤバすぎる。

 人が生き返るって……


「これを売ったら魔女確定だな」


 生命の冒涜だろう。

 宗教関係がうるさそうだ。


「大丈夫です。エレノアさんはすでに魔女確定してます」

「そうだな…………」


 もう完全に黄金の魔女という名は世界中で定着してしまっている。


「どうします?」

「少し考えたい。それに材料がない」

「材料は?」

「命の結晶とレベル3の回復ポーション」


 レベル3の回復ポーションはある。

 だが、命の結晶は知らない。


「命の結晶……聞いたことがないですが、あからさまの名前ですね」

「だよなー」

「ヨシノさんとリンさんに聞いてみないんですか?」


 ヨシノさんとリンさんか……

 俺が1人で悩んでいたのはそこにある。

 この2人……というか、ヨシノさんに言うかどうかだ。


「その辺も考えたい。人が生き返るアイテムはヤバすぎるからあくまでも俺とお前の分を念のために作っておく程度かなと思っている」

「ヨシノさんには黙っておくってことですか? 守銭奴だから? 本部長さんの部下だから?」

「いや、そこじゃない。多分、ヨシノさんもリンさんも黙ってくれるだろう。でもさ、人が生き返るアイテムを作って、念のためにって言ってあの2人に渡すか? あの人達は強いうえに無理をしない冒険者だ。もし、使うとしたら自分のパーティーメンバーに使うだろう。そこがマズい」


 そうなったらそこから生命の水、ひいては錬金術が漏れる可能性がある。

 でも、ヨシノさんは自分の仲間が大事だから気にせずに使うだろう。

 だが、俺からしたらそのヨシノさんの大事な仲間は顔も名前も知らない人間である。

 何故、そんな人を助けるためにこっちが危険な目に遭わないといけないのか?


 薄情だが、俺は善人ではないのだ。

 俺は自分が大事だし、カエデちゃんやナナポンといった大事な人間もいる。

 リスクは負えない。


「確かに…………じゃあ、どうするんです?」

「まずは作ってみてからだわ。材料の命の結晶をカエデちゃんに聞く。もしくは探ってもらう」


 ヨシノさんやリンさんが知っているかもだけど、この状況で命の結晶を知らないかと聞かれたら誰だって怪しむ。

 2人は俺が錬金術を使えることを知っているし、命の結晶ってネーミングがヤバいもん。


「それしかありませんか……」

「作っても試すわけにはいかないから念のため持っておくだけになると思うが、まずは作る。話はそこからだ」


 命の結晶の希少性がわからない。

 これまでの材料はショボいものばかりだったが、命の結晶は名前から見てもレア素材っぽい。


「わかりました。当たり前ですが、この事は誰にも言いません。サツキさんは?」

「折りを見て話す。あの人、今忙しそうだし」


 昨日も留守だった。

 多分、例の測量会社のことやレベル3の回復ポーションのオークションのことで忙しいのだろう。


「確かにそうですね。私の方でも調べてみますよ。ネットですけど……」

「俺もネットだわ」


 一般人の俺達にはそれしかない。

 期待すべきはギルド職員のカエデちゃん。


「私の透視を始め、皆さんのユニークスキルは破格ですけど、沖田さんの錬金術は群を抜いている気がします」


 戦闘では一切役に立たない生産系のスキルだが、作れるものがヤバすぎる。

 確かに他のユニークスキルとは一線を画している。


「ナナポン、もし、俺が冒険者を辞めたらどうする?」


 俺はそういえば確認してなかったなと思い、聞いてみる。


「それはエレノアさんも辞めるということですか?」

「そうなる。お前には悪いがな」

「…………その時は私も辞めます。元から冒険者は小遣い稼ぎですからね。1人でやる気はないです」


 もし、ナナポンが冒険者を続けるならヨシノさんのパーティーに任せようかと思っていたが、ナナポンも辞めるのか……

 まあ、元から半分引退していたところをサツキさんが引っ張り出したわけだし、そうなるわな。


「わかった。その時は結構な退職金を払ってやろう」

「そうしてください。私は愛人にもセフレにもなりませんからね」


 そういうことはもうちょっと大きくなってから言いなさい。

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