第113話 キラキラ草


「せんぱーい、朝ですよー」


 眠いよ、寒いよ。


「起きてるよー……」


 俺はふとんに潜りながら返事をする。


「せーんぱーい、全然、起きてませんよー」


 カエデちゃんがふとんごと俺を揺すってきた。


「行きたくなーい」


 俺は仕方がないのでふとんから顔を出す。


「ヨシノさんとリンさんとナナカちゃんのハーレムパーティーが待ってますよ」

「守銭奴と人妻とチビじゃん。カエデちゃんと一緒がいいなー。一緒に寝ようよ」

「私だって、寝たいですよ。ほら、甘えてないで起きてください。先輩がナナカちゃんを誘ったんでしょ。ナナカちゃんがキレますよ」


 俺が朝から来るように言ったのに俺が来なかったら怒るわな。


「ハァ……ナナポンのために起きてやるか……」


 俺は上半身を起こす。

 ふとんから出ると、めちゃくちゃ寒い。


「ナナカちゃんが聞いたらすごく怒ると思うセリフですね」


 カエデちゃんは両肘をベッドにつき、両手を頬に当てながら見上げながら笑った。

 俺はそんなかわいいカエデちゃんの頭を撫でる。


「今日、銀座のお寿司に行こうか」

「おー! ついにですか!」


 カエデちゃんが嬉しそうに言う。

 行こう、行こうって言っていたのに行っていなかったのだ。


「多分、今日で俺もレベル10になるしね」

「お祝いですねー」

「だねー」

「まあ、実を言うと、レベル10という区切りでとんでもないレシピが出るのを期待と共に危惧しています」


 まあね。

 ナナポンがレベル10と言う区切りで透視のレベルが上がったことを考えると、俺の錬金術も何かあるかもしれない。


「その辺でもお祝いになるといいね」

「ですねー。ほら、先輩、起きて朝ご飯を食べましょう。私が準備するんで先輩は顔を洗ってください」


 カエデちゃんが急かしてきたため、俺は立ち上がると、洗面所に向かった。

 そして、朝ご飯を食べ終えると、準備をし、カエデちゃんと共にタクシーに乗り込み、ギルドに行く。


 ギルド裏でカエデちゃんと別れ、正面玄関からギルドに入った俺は更衣室でいつものジャージに着替えた。

 ジャージに着替え、準備を終えると、更衣室を出て、受付にいるカエデちゃんのもとに行く。


「おはー」

「おはー。いや、さっきまで一緒でしたよ」


 まあね。


「ナナポンは来てないよね?」

「来てないみたいですね。まあ、9時からですし、こんなに早くは来ないでしょう」


 約束は9時集合であり、今は8時半である。

 朝に弱そうなナナポンが来てるとは思えない。

 ぶっちゃけ、俺も朝に弱いんだけど、カエデちゃんと一緒に行くためには早めに起きないといけないのだ。


「まあ、そのうち来るか……先に行っておくわ。ヨシノさんとリンさんより先に行っておいた方がいいし」


 2人は同い年だけど、冒険者としては先輩だし、お世話になっているわけだから礼儀を大事にしよう。

 そして、俺の挑発のレベルが上がらないようにしよう。


「わかりました。では、これがステータスカードと武器になります」


 業務的な口ぶりだが、表情は満面の笑顔だ。

 やっぱりカエデちゃんはこうでなくてはいけない。


「じゃあ、行ってくるわ」


 俺はステータスカードと武器をカバンにしまうと、カエデちゃんに手を上げる。


「はーい、気を付けてくださいねー」


 俺は手を振るカエデちゃんに頷き、ゲートに向かった。


 ゲートをくぐり、ミレイユ街道にやってくると、ゲート前には複数のパーティーが集まっていた。

 パーティーの人達は同じパーティーの人と顔を合わせながら話をしている。

 おそらく、冒険前の確認だろう。


 もし、俺がエレノアさんだったら注目を集めたんだろうが、今日は沖田君なのでスルーだ。

 まあ、皆だってジャージの男に興味なんてないだろう。

 俺もない。


 俺は誰もいないところで待とうと思い、周囲を見渡すと、女性が1人でぽつんと立っているのが見えた。

 その人は黒髪ポニテのリンさんだった。


 俺はまだ30分前なのに来ているリンさんに少しびっくりしたが、すぐにリンさんのもとに向かう。


「おはよー。早いね?」


 俺はリンさんのもとに行くと、声をかけた。


「おはよ。いや、カエデと一緒の出勤するあんたがこの時間に来るのはわかってたからね。1人で待つのは寂しいだろうから先に来てた」


 この人、ホントに良い人だわ。

 というか、絶対にモテるな。

 さすがは既婚者。


「それはどうも。ナナポンは遅いだろうから助かったわ。ちなみに、ヨシノさんは?」

「まだだね。あいつは準備が遅い」


 前にもそう言ってたし、そうなんだろうなーとは思ってた。


「今日は良かったの? 旦那さんは?」


 リンさんは既婚者であり、冒険より旦那を優先する人だ。


「平日は普通に仕事だよ。家に一人でいてもつまんねーし、付き合うよ」


 まあ、わかる。

 俺も一人で家にいてもつまんない。

 リビングも一人だと広いし、なんとなく寒く感じる。


「夕方には終わるから」

「そうして。夜は無理」

「それは俺も。カエデちゃんと銀座の寿司に行くし」


 大人のデートだ。

 ご飯を食べにいくのをデートと呼んでいいかはわからない。


「持ってるねー。ああ、そうそう。今日はあんたらが何を話そうと私は関知しないからね」


 おや?


「何かあると思うの?」

「ナナポンって横川ナナカだろ? わかるわ」

「ナナポンのことを知ってるんだ?」

「本部の人間はなー。誘拐事件があったし」


 さすがにサツキさんも誘拐事件は報告しているらしい。


「ふーん、まあいいや。でもさ、関知しなくていいの? 仕事は? リンさんも本部長さんの部下でしょ?」

「実際に本部長とやり取りをしているのはヨシノだからな。私や他のパーティーメンバーはその手伝い。ぶっちゃけ、そこまで真面目にやってない」

「それでいいの?」

「私もだけど、他のメンバーは引退を考えてるからねー。今さら揉めごとや問題ごとは嫌。平穏に引退したいんだよ。私とヨシノは同い年だけど、他の連中は年上だしね。またぶっちゃけるけど、私は今すぐにでも引退したいと思ってる」


 ホントにぶっちゃけるな……


「なんで? 飽きた?」

「旦那がいるんだぞ。もう私の身体は私だけのものじゃない。ケガしない内に引退したいわ。貯金もあるし、旦那もそこそこ稼いでくれるから続ける意味がない」


 子供が欲しいって言ってたもんなー。

 気持ちはわかる。

 ましてや、リンさんは女性だ。


「でも、辞めない?」

「ヨシノとは幼なじみだしね。ヨシノがどこまで続けるかはわからないけど、他のメンバーが辞めるまでは付き合うつもり」

「その時になったらヨシノさんは1人か……」


 大丈夫かね?


「まあ、準メンバーがいるし、ヨシノだったら引っ張りだこでしょ。あんたが組んでもいい」

「ありっちゃあ、ありだけど、俺も長く続けるつもりはないね。俺にもカエデちゃんがいる」


 正直な話、カエデちゃんは俺に冒険者を辞めて欲しいと思っているだろう。

 もっと言えば、エレノアさんにも退場して欲しいと思っている。

 すでに大金は得ているし、30億という金は2人で生きていく分に十分すぎる額だ。


「元冒険者の受付嬢はそう思うだろうね。泣かせたらダメだぞ」

「わかってる。笑顔が1番」


 カエデちゃんは笑っている方がかわいい。


「それ、旦那に言われたことがあるわ」

「男はそう思うでしょうよ。愛嬌が大事」

「ふーん……愛嬌かー」


 人妻さんが何かを考え出す。

 何故だろう?

 ちょっとえっちだ。


「あ、そうそう。リンさんさー、キラキラ草とサラサラ草を知らない?」


 俺は考え込んでいるリンさんに聞く。


「キラキラ草……いや、その辺に生えてるでしょ」

「え? 昨日探したけど、なかったよ」


 30分しか探してないけど。


「あー……それ、午後でしょ。キラキラ草は朝にしか生えてないよ」

「何それ!?」


 どういうことだよ!


「いや、そういうもん。ほら、あの辺がキラキラしてるでしょ。あれがキラキラ草」


 リンさんにそう言われて、リンさんが指差す方を見ると、確かに朝日を浴びて、微妙にキラキラしている草が見えた。


「あれがキラキラ草?」

「だね。太陽がもうちょっと上がるとキラキラしなくなる」

「どういう仕組み?」


 意味がわからん


「そこまでは知らない。でも、キラキラ草からただの雑草に変わるのは確かだね」

「前のフワフワ草もだったけど、リンさんって詳しいね」

「長くやってるからなー」


 リンさんは腕を組みながらしみじみと頷く。


「同じキャリアのヨシノさんは全然、詳しくないね」

「あいつは金にならんことには興味ないだろ」


 納得。


「よーし、リンさん、2人が来ないからキラキラ草を採取しようか」

「は? なんで? ものすごくめんどくさいんだけど」


 朝から草むしりは嫌みたいだ。


「良いことを教えてあげるから」

「良いことって?」

「旦那が喜ぶこと」

「どうでもいいわ…………」


 とかなんとか言って、リンさんはちゃんと手伝ってくれました。

 ちゃんちゃん。


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