第109話 俺が良い人なのが悪い


 ヨシノさんは契約を終えると、帰っていったため、俺とカエデちゃんは14億円のお金を眺めながらお酒を飲み、まったりと過ごした。


 翌日、昼前に起きた俺は準備をし、池袋のギルドに向かう。

 今日はナナポンとフロンティアに行くため、当然、黒ローブ姿のエレノアさんだ。


 俺はタクシーでギルドの裏まで来ると、警備員に挨拶をし、中に入った。

 ギルドに入ると、通路を抜け、受付の裏に出る。

 そして、いつものように受付からロビーに出ると、カエデちゃんのもとに向かった。

 なお、今日もお客さんは数人しかいない。


「こんにちは」


 俺はカエデちゃんのところに行くと挨拶をする。


「はい、こんにちはー」


 やっぱり笑顔50パーセントである。

 昨日、満面の笑みを浮かべながらビール缶を片手に万札で扇いでいた人とは思えない。


「エージェント・セブンはまだ来てない?」

「来てませんねー……ホントにその名前で行くんですかね?」

「さあ? どっちみち、表に出る子じゃないし、何でもいいと思うわ」


 噂は流れるだろうが、ナナポンをテレビとかに出すつもりはないし、人見知りのナナポンが出たがるとは思えない。


「まあ、いいですけど…………あの子はあの子でちょっと変な子だし」


 あの子はあの子で?

 それは俺も変って言ってるのかな?

 ああ……性別を変えてるからか……


「一応、私より後に来るように言ってあるし、その内、来ると思うわ」

「ですね。今日もミレイユ街道ですか?」

「そうね」

「わかりました。じゃあ、どうぞ」


 カエデちゃんはそう言って、武器を渡してくれる。

 俺は武器をカバンの中に入れると、代わりに1冊のノートを取り出した。


「これをサツキさんに渡してくれない?」


 俺はノートを受付に置き、カエデちゃんにお願いする。


「ノート? 何ですか?」


 カエデちゃんはノートを手に取ると、パラパラとめくる。

 ノートは未使用なので何も書かれていない。


「説明し忘れてたけど、これが例のオートマップ。右上に縮尺を書けば、あとは自動で地図が作成できるやつね。サツキさんにあげるからお試しで使ってみてもらうように言ってくれる?」


 サツキさんに見せてくれって頼まれたし、お試しで使ってもらおうと思っている。

 俺はいまいち、オートマップの利便性がわからないし、測量会社に依頼云々も状況がわからない。

 だからとりあえず、渡しておけばいいだろう。


「了解です。ギルマスに渡しておきます」

「おねがい。じゃあ、行ってくるわ」

「いってらっしゃいませー」


 俺はカエデちゃんに見送られ、ゲートのある場所まで向かう。

 そして、ミレイユ街道を思い浮かべながらゲートをくぐった。


 ゲートをくぐった先はいつもの晴れやかで自然豊かな街道だったが、今日は他の冒険者の姿が見当たらなかった。

 俺はこれは楽だなと思い、適当な場所でナナポンを待つことにする。


 俺がのどかだなーと思いながら待っていると、ゲートから人が出てきた。

 ただし、ナナポンではない。

 ゲートから出てきた人は4人パーティーであり、しかも、全員、おっさんだ。


 おっさん達はゲートを出ると、話し合いを始めたが、すぐに俺に気付いたようで、全員が俺を見てくる。

 すると、4人の中の1人のおっさんが俺に近づいてきた。


 俺はそれを見て、剣を抜こうか考えたが、おっさんは武器を持っていないし、敵意があるようには見えなかったため、そのまま待つことにする。


「すまん、ちょっといいか?」


 おっさんが話しかけてきた。


「なーに?」

「エレノア・オーシャンであってるか?」

「そうね」

「以前、クーナー遺跡で高校生を助けなかっただろうか?」


 高校生?

 あのハイエナ呼ばわりしてきたガキ共かな?

 …………あ、このおっさん、あの時のうんこ野郎だ!


「そんなこともあったかもね」

「やはりあんただったか! ずっと会いたかったぜ!」


 キモい……


「何か用なわけ?」

「いや、まずは謝罪したい。俺がトイレを行ってる間に招いたことだ。つまらないことに巻き込んでしまってすまなかった。監督者であった俺の責任だ。それとガキ共を助けてもらって感謝する」


 おっさんが頭を下げた。


「はいはい。謝罪も感謝も受け取りました」


 前すぎて忘れてたわ。

 今さらどうでもいい。


「それでなんだがな、あんた、足を怪我した女子に回復ポーションを使っただろう?」

「そうね。痛々しかったから使った」


 変な方向に曲がってたし。


「その件でその女子の親御さんが迷惑をかけたことの謝罪と娘を助けてくれたことのお礼がしたいと言っている」


 めんどくせー……


「結構です、と伝えて。冒険者は自己責任でしょ」

「そうなんだが、相手が未成年だとそうはいかないんだよ…………まず、親御さんが納得しない」


 親はそうだろうなー……


「その謝罪とお礼とやらが迷惑よ」

「それはわかるんだが、それでもやらないといけないのが大人だからな。する側も受け取る側もだ」


 マジで助けるんじゃなかったとも思えるが、たとえ、過去に戻ったとしても、子供が死ぬのは嫌なので結局は助けるんだろうな。


「…………謝罪はともかく、お礼が面倒ね。まさか金銭?」

「そうなると思う。少なくとも、回復ポーション代は払うと言っている」

「ハァ……どのくらいの家庭状況かは知らないけど、安くないでしょうに……」

「それでも出さないとマズいだろ」


 まあね。

 良識ある人間ならそうするだろう。

 俺も自分の子供を助けてもらったらそうする。


「後から文句を言われることはない? 正直に言えば、50万のポーションよりも病院で治療を受ける方が安く済むし」


 後から本当に怪我をしていたのかとかのクレームをつけられるのが怖い。

 面倒にもほどがある。


「それはない。俺も親御さんに謝罪する時に会ったが、普通の親御さんだった。それにこういう場合は間にギルドが入る。謝罪とお礼をした後に文句は言えん」


 その辺はちゃんとしてるのか……

 まあ、未成年のことだし、デリケートなことだからだろう。

 ギルドが言う自己責任という言葉は未成年には通じない。


「わかったわ。謝罪を受けましょう。でも、お礼はいらない」

「一応、そう伝えるが、多分、押し付けられる」

「でしょうね」


 『結構ですから!』と『いえいえ、そういう訳には!』というめんどくさい応酬になるんだろうなー。


「あなたがトイレを我慢すれば良かったのに」

「我慢したんだけどな……でも、生理現象だし」

「せめて子供達が見えるところでやりなさいよ」

「女子高生の前で用を足せってか? 死ぬわ」


 まあ、わかる。

 女子高生の前でうんこはきついだろう。

 俺も絶対に嫌だ。


「ハァ……子供の面倒なんてよく見るわね」

「あんたはそう思うかもしれんが、俺自身、そうやって冒険者になったんだよ。俺も子供がいるし、極力、そういう仕事は受けることにしてる」


 それはご立派なことで。


「あの子達はどうなったの? やっぱり親に辞めさせられた?」

「あー、1人は免許取り上げだ。あんたに暴言を吐いた男子だな」


 あのクソガキ、免許を取り上げられたのか。

 可哀想に……

 ざまあ!


「そこまでのこと?」

「話を聞く限り、微妙だが、あの状況で自分だけでなく、仲間も危険に晒すような行為だからな。もし、あんたがキレたら全員死んでた」


 いや、さすがにやらねーよ。


「ひどい中傷ね」

「いや、別にあんたがそうだと言っているわけじゃない。昔からそういうトラブルはあるんだよ。だから冒険者は不必要に接触しない」


 それは身を持って理解したわ。


「あなたも今、不必要に接触してるわよ。こういうことはギルドを通しなさい」

「俺だって池袋ギルドに電話したよ。でも、あそこの連中、ロクに電話に出ないし、出てもあんたの名前を出したら即、ガチャ切りだ」

「変な電話が多いんでしょうね」


 カエデちゃん、可哀想。


「わかってるよ。不必要に池袋ギルドに行くな、電話するなって本部長からの通達が来てる」


 本部長、仕事するなー。

 パワハラは最低だけど……


「それでフロンティアで接触ね」

「そうなる。とはいえ、俺も謹慎を食らってたから遅くなってしまった。できたら早めに親御さんと会って欲しい」

「ふーん、まあいいでしょう。ちなみに、その子は冒険者を続けるの?」

「親御さんは止めてたけど、やるみたいだ。ただし、当分は研修漬けだな」


 やんのかい……

 危ないから辞めればいいのに。

 ましてや、女子だ。


「まともな仕事をすればいいのにねー……」

「まったくだ。俺は絶対に自分の子供を冒険者にさせない」


 俺もそうする。

 女の子なら尚更だ。


「ところで、研修って何?」

「フロンティアについての講習やプロと一緒にやる実習だな。そんでもって最後に試験。それに合格してからフロンティアに行く」

「そんなんがあるんだ……」

「渋谷支部は人が多いからな。そういう事ができる冒険者も職員も充実してるんだよ。まあ、講習料金が高いんだけど」


 渋谷はいいねー。

 一方での池袋支部よ。

 ウチの後輩は認証番号すら教えてくれなかったぞ。

 そら、勝てんわ。


「渋谷は楽しそうね」

「まあ、人が多いからな。その分、トラブルも多いが楽しいわ…………なあ、あんたはなんで池袋なんかにいるんだ? 渋谷は男が多いからわかるが、普通、女性冒険者は新宿だろ」


 そういう常識的なものがあるようだ。


「私は人が少ないところがいいの」


 本当は適当!

 強いて言うなら近いから。


「ふーん、まあ、そういう人もいるか……」

「そうよ。普通じゃないからこんな格好をしているの」


 魔女だぞー。


「なるほど……」


 おっさんが俺を頭からつま先まで眺め、納得したように頷いた。


「それで? その親御さんと会うのはどこ?」

「渋谷支部になる」

「えー……」


 渋谷支部に行かないといけないの?

 めっちゃ人が多そうだし、嫌だわー。

 盗撮&ナンパ祭りだ。


「嫌がる気持ちはわかるが、これは渋谷支部の問題だからな」


 マジかよ……


「冒険者は自己責任っていうのは重い言葉ね」


 勝手に死ぬのも自己責任だが、助けて迷惑をこうむるのも自己責任なわけだ。


「まあ、そう言うな。あんたはガキ共を救ったんだ。それは誇るべきことだよ」


 うんこ野郎のくせに良いことを言うな……


「ハァ……わかりましたよ。渋谷ね…………時間は?」

「俺が調整する。悪いが、連絡先を教えてくれ」


 まあ、そうなるか……


 俺はカバンからスマホを取り出すと、おっさんと連絡先を交換する。


「言っておくけど、私の電話番号を流出させたり、いたずら電話をかけてきたから呪い殺すからね」

「しねーわ。こえーよ」

「あなた、名前は?」


 そういえば、名前を聞いていない。


「山辺カケル」


 トイレに駆ける、ね。


「や、ま、べ、か、け、るっと」


 俺はスマホのアドレスに名前を書き込み、登録した。


「あんたは?」

「私を知らないとは…………池袋花子よ」

「エレノア・オーシャンっと」


 山辺のおっさんが私を無視し、スマホを操作する。


「知ってんじゃん」

「そらな。最初に確認したし」


 じゃあ、聞くな!

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