第069話 打ち上げ


 俺は浴槽に回復ポーションを注ぎ終えると、リビングに戻った。


「出来たわよー」


 俺はリビングに戻ると、2人にそう言い、ソファーに座る。

 そして、酒を飲みながらピザを食べるという行為を再開した。


「じゃあ、朝倉さん、お先にどうぞ」

「うん、行ってくる」


 ナナポンがカエデちゃんに先に入るように言うと、カエデちゃんが立ち上がり、リビングを出ていった。

 おそらく、俺が準備をしている間に順番を決めたのだろう。


「どうせ、すぐ上がるだろうからカエデちゃんの好きなココアを淹れてあげましょう」


 俺はお湯を沸かしにキッチンに行く。


「おー! エレノアさん、優しい!」

「でしょー。あなたも飲む?」

「じゃあ、私が入ったら淹れてください」

「はいはい」


 俺はやかんに水を入れ、お湯を沸かし始める。

 そして、棚からコップを2つ出し、ココアの粉を入れ、ソファーに戻った。


「あなた、お酒はどう? 初めてでしょ?」


 そこそこ飲んでいるが、酔っているようには見えない。


「大丈夫そうですね。今のところは特に酔った感じはないです」


 強いのかもしれない。

 少なくとも、まったくダメってことはないだろう。


「まあ、適度に飲みなさいよ。学生の内は無茶するもんだから」

「沖田さんもです?」

「そうね。カエデちゃんには多大な迷惑をかけたわ。おかげで、いまだに部屋に入れてくれない」

「もしかして、テーブルを斬ろうとしたり、電柱を斬れるって言ってたことですか?」


 カエデちゃんはすぐバラすなー。

 でも、電柱を斬れるなんて言ったっけ?

 そんなもんを斬ってどうすんだよ……


「そうね。あれから無茶飲みはやめたの」

「そうは言っても、あなた方はかなり飲んでません?」


 まだ、4缶目くらいだ。

 ナナポンがいるし、そんなに飲む気はない。


「このくらいはまだね……イッキとかをしなければ大丈夫よ」

「ですかー……あ、さっきの話ですけど、私、どんな仮面を被ればいいんです?」

「好きなのを被りなさいよ。ひょっとこでも骸骨でもいいわよ」

「どっちも嫌ですよ……すぐに話題になっちゃいます。むしろ、そんなのを連れているエレノアさんが笑われますよ」


 確かに……

 変なお面を着けているヤツと一緒にいる魔女。

 ひどいな……


「うーん、まあ、顔を隠せればいいからねー」

「ちょっと考えてみますよ。また大学に行かないといけないですし、時間を下さい」

「そうね。大学を優先しなさい」

「はい、師匠」


 うんうん。

 その素直さのほんの少しだけでいいから沖田君にも分けてあげて。


 俺とナナポンが話していると、キッチンからピーという音が聞こえてきた。

 俺は立ち上がると、キッチンに行き、火を止める。

 そして、ココアの粉を入れておいたコップにお湯を注ぐと、ココアの甘い匂いが漂ってきた。


「寒いよー……」


 俺がココアを淹れ終えると、ちょうどカエデちゃんがリビングに戻ってきた。

 俺はココアが入ったコップを持ち、リビングに戻り、ソファーの前のローテーブルに置く。


「ほら、カエデちゃん、温かいココアだよー」

「おー……さすが先輩! 気が利くなー! 愛してまーす」


 うんうん。


 カエデちゃんは両手で持ち、手を温めながらココアを飲みだした。


「じゃあ、次は私が入ってきます。エレノアさん、私は猫舌なんで、もう淹れておいてください」


 ナナポンはそう言って、立ち上がった。


「猫舌? じゃあ、アイスココアにする?」

「本末転倒じゃないですか……」

「冗談よ。ちゃんと上がったら温かいシャワーを浴びなさいよ」

「はーい」


 ナナポンはいつものうさぎのリュックを持って、リビングを出ていく。

 ナナポンが出ていくと、俺は立ち上がり、キッチンに向かった。

 そして、もう1つのコップにお湯を注ぐと、コップを持って戻り、テーブルに置く。


「先輩、見て、見て!」


 カエデちゃんはココアをテーブルに置き、袖を捲り上げ、手と腕を見せてきた。


「きれいになったねー」


 正直、わからない。

 だって、カエデちゃんは元々、肌が荒れているわけではないし。


「いや、触ってくださいよ。絶対にわかってないでしょ」


 バレた。


「どれどれ」


 俺はカエデちゃんの腕をさわさわと撫でると、手を取り、握った。


「さっきより、すべすべしてるね」

「でしょー! 早く教えてくださいよー」

「ごめん、ごめん」


 やっぱり女子はこういうのに食いつくな……


「もう! でも、寒いですね」


 カエデちゃんはココアを取り、飲みだす。


「暖めてあげようか?」


 俺がそう言うと、カエデちゃんが半笑いで俺を見てきた。


「先輩、エレノアさんですよ」


 …………ダメだったわ。


「戻ったらナナポンが怒るかな?」

「絶対に怒ると思います」

「あの子、沖田君と仲良くなる気はないのかね?」

「多分、ないです。あの子、先輩というか、エレノアさんに憧れているんです」


 わからん。

 同一人物だというのに……


「もう諦めよ。あいつに何を言っても無駄だ」


 エレノアさんと仲良くなればなるほど、沖田君不要論がナナポンの中で固まってしまっている。

 もはや、弱男性恐怖症どころの話ではない。


「ですねー。どうでもいいですけど、口調が沖田先輩ですよ?」

「家にいんのにエレノアさんは嫌だわ。せっかくカエデちゃんと飲んでるのにさー。ハグも出来ないし」

「いや、別にハグすればいいじゃないですか」

「今度に取っておく」


 2人で打ち上げした時にする。


「まあ、いいですけど、その辺は本当に気を付けてくださいね。沖田先輩の姿でエレノアさん口調は嫌ですよ」


 俺も嫌だわ。


「気を付けてるから大丈夫だよ」

「じゃあ、まあいいですけどね。そろそろナナカちゃんが戻ってくるし、エレノアさんになっておいた方がいいですよ?」


 長風呂はしないだろうしなー。


「そうするわ。ところでカエデちゃんはエレノアさんと沖田君だったら沖田君の方がいいよね?」

「そりゃねー。私の知っている先輩は沖田先輩の方ですから」


 私の好きな先輩に聞こえた(難聴)


「そういえばさー。さっき言った強化ポーションの材料がキラキラ草とサラサラ草とフワフワ草なんだけど、カエデちゃんは知ってる?」


 カエデちゃんは俺らよりキャリアがある冒険者だったし、ギルドの職員だ。

 しかも、鑑定持ち。

 知っているかもしれない。


「あー……フワフワ草は知ってます。クーナー遺跡に生えてますよ。他はちょっとわかんないですね。池袋ギルドは初心者が多いんで持ち込まれる物もエデンの森かクーナー遺跡なんですよ」


 ということはキラキラ草とサラサラ草は違うところに生えているのだろう。

 しかし、フワフワ草がクーナー遺跡にあるのは良かった。

 フワフワ草があれば、強化ポーション(防)が作れるので軽装である俺やナナポンには有用だ。


「フワフワ草って売ってるの?」

「売ってませんねー。フワフワ草は文字通りフワフワした草です。触り心地はいいんですけど、それだけですね」


 採りにいくしかないか……

 まあ、クーナー遺跡なら沖田君が行けばいい。

 1人でも余裕だし、沖田君なら他の冒険者に絡まれない。


「今週はナナカさんが大学に行くし、変装を考えるらしいから沖田君がクーナー遺跡に行くことにするわ」

「おー! 久しぶりの先輩です!」


 カエデちゃんも喜んでくれている。


「さすがに行かないとマズいでしょうからね。沖田君のステータスカードはギルドにあるわけだし、まったく冒険をしていない人がレベルが上がっているのはちょっとね」

「まあ、そこは大丈夫ですよ。先輩のステータスカードは私が持っていますので」


 まーた、カエデちゃんが持ってるよ。


「なんでカエデちゃん? ちょうだいよ」

「2枚あると困惑するでしょうし、さすがに先輩のカードまでは渡せません。他のギルド職員が怪しみます」

「いや、カエデちゃんが持ってても怪しいじゃん」


 意味ねーよ。


「同棲する彼氏のステータスカードを肌身離さず持ってる痛い子ちゃんということになってます」


 犯人はサツキさんと見た!


「じゃあ、しょうがないわね」


 同棲する彼氏のためだもん。


「まあ、そんな彼氏さんがまったく来ないのは問題なので来てください」


 なんか行きづらくなったな…………


「一緒に行きましょうか」

「起きれますー?」

「大丈夫、大丈夫」

「ふーん……じゃあ、そうしましょうか」


 カエデちゃんは疑っているが、どことなく嬉しそうだ。


「電車は気が重くなるからタクシーにしよう」


 朝の満員電車に乗ると、昔を思い出してしまう。


「ですね。それがいいです。明日にします? 明後日休みなんで仕事終わりに飲みに行きましょうよ」

「いいねー。お持ち帰りしちゃおっと!」

「そら、そうでしょうよ」


 まあね。

 帰るところは一緒だもん。


 俺とカエデちゃんが明日の予定を決めていると、リビングの扉が開いた。


「いやー、朝倉さんが言うように寒いですよ」


 ナナポンはさっさとソファーに座ると、ココアを飲みだす。


「すべすべになった?」


 一応、聞いてみる。


「なりましたね! すごいです! でも、今度は春にします。地味に寒いです」


 俺がやったのは10月だったけど、それでも寒かったもんなー。

 自分でもこんなしょうもない実験をよくやろうと思ったなと思うが、2人が喜んでくれたのなら実験して良かったわ。


 その後、カエデちゃんとナナポンが満足したところで打ち上げを再開し、遅くまで盛り上がった。

 打ち上げが終わった時間は夜の11時だったため、さすがにタクシーを呼び、ナナポンを帰らせると、俺達も次の日の朝が早いので寝ることにした。


 俺は一応、トイレに行った後にカエデちゃんの部屋の前に立ち、ドアノブをひねってみる。

 でも、やっぱり鍵がかかっていた。


 無念……

 もうやめよ……

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