第068話 ポーション風呂という名の水風呂
カエデちゃんの服を着た俺はカエデちゃんと一緒にリビングに戻った。
ちょうどそのタイミングで頼んでいたピザも届いたので冷蔵庫から酒を出し、打ち上げを開始する。
「「「かんぱーい」」」
俺達はピザをローテーブルに置き、ソファーに座りながら乾杯をした。
「いやー、特に何もしてないのに2億も入りましたよー」
ナナポンがアルコール度数の低い甘い缶酎ハイをご機嫌に飲み始める。
「あなたは捕まったじゃない」
「まあ、そうですね。あれで2億ならもう1回捕まってもいいです」
「今度は暴力を振るわれるかもしれないわよ?」
もっとひどいことをされるかもよ?
「…………もう捕まるのはいいです」
そうしなさい。
「2人共、自重してくださいね」
「私は別にお金を使ってもいいでしょ」
じゃないとカエデちゃんと豪遊できない。
「先輩は微妙に好戦的なところを治してください。普段は温厚なくせに剣を持つと、すぐ抜こうとしたり、相手を煽ったりするのをやめてください」
「煽ったっけ?」
「サツキさんを煽ってたじゃないですか。言っておきますけど、あの人も好戦的ですからね」
まあ、そんな感じはする。
「ふーん、まあ、気を付けるわ」
そういえば、今日もあの冒険者達相手に抜いたな。
「お願いします」
いのちだいじにの精神で行くことを忘れないようにしよう。
「あ、そういえば、これどうぞ」
ナナポンがいつも持ってるリュックから包装紙に包まれた箱をカエデちゃんに渡す。
「何これ?」
カエデちゃんが箱を見ながらナナポンに聞く。
「引っ越し祝いです。よくわかんなかったんでコーヒーセットにしました」
律儀な子だなー。
学生はそんなことを考えなくてもいいのに。
「ありがとうね」
「ナナカちゃん、ありがとー」
俺とカエデちゃんはお礼を言う。
「いえいえ。でも、本当に一緒に住んでるんですね。同棲……じゃない、ルームシェアってどうです?」
「特に問題はないよ。早出の時とかに先輩がグースカ寝てるのを見ると、仕事を辞めたくなるくらい」
まあ、そうだろうね。
逆の立場でもそう思うわ。
「私、就職するの辞めようかな…………エレノアさんは? 何かあります?」
「んー? カエデちゃんが自分の部屋の鍵を閉めることくらいかなー。寝る時も出かける時もお風呂に入っている時すら鍵をかけてる。ひどいよね」
信用ゼロ。
「ひどいのは沖田さんです。めちゃくちゃ侵入しようとしてるじゃないですか。しかも、寝る時って…………沖田さんは最低です」
まーた、ナナポンの沖田君の評価が落ちたわ。
「毎晩、ドアからガチャガチャと音がしますね。もはや、あの音が寝る合図ですよ」
カエデちゃんは俺が部屋に夜這いをかけようとしていることに気付いているらしい。
……そりゃそうか。
「こわー……」
沖田君の評価がますます落ちていく。
言っとくけど、結婚するんだぞ!(予定)
「そういえば、ナナカさん、あの後、どうだった? 絡まれた?」
「露骨な話題逸らし…………いえ、小屋の前にいた自衛隊の方に付き添ってもらいました。そうすれば、さすがに声はかけてきません」
「それを聞いたんだけど、女性冒険者って声をかけられることが多いでしょ? どうしてるの?」
さっき好戦的なところを控えろって言われたし、知っておきたい。
当たり前だが、沖田君は声をかけられることなんてほぼないからわからないのだ。
「どうしてるって……うーん、まず1人で行かないとか、人気がない所は避けるとかですかね?」
「あなた、どっちもダメじゃないの」
ソロで人がいないところで活動していたナナポン。
まあ、透視があるからなんだろうけど。
「まあ、そうですね。正直、私に聞かれても……経験もそんなにないですし」
同じEランクだもんなー。
キャリアも浅いし。
「カエデちゃん、ギルド的にはどうなの?」
俺は詳しそうなカエデちゃんに聞いてみる。
「女性冒険者は基本的にパーティーを推奨していますね。あとはゲート前に長居しないことです。ゲート前はモンスターがほぼ出ない事もありまして、セーフティーゾーン扱いになっています。それもあって、勧誘したり、臨時パーティーを募集する場所にもなってるんですよ。なので、声をかけるならそこですし、その分、ナンパも多いです」
なるほどねー。
「カエデちゃんが現役の時も多かった?」
「私らはパーティーですし、リーダーがAランクですからね。ちょっかいはかけてきませんよ。ただ、ギルド内では多かったです」
カエデちゃんはかわいいからなー。
俺もパーティーに入ってほしいもん。
「うーん、私達では無理か…………自衛隊の人が各ギルドに注意喚起をするって言ってたけど、効果はある?」
「数週間はあります。でも、すぐに元通りです。昔からそうですね」
やっぱりか……
そうだろうとは思っていた。
もし、効果があるならとっくにあんな連中は消えている。
「うーん……」
「どうしたんです? ダイアナ鉱山はもうやめるんですか?」
「もう私があそこにいるがバレちゃったからね。それにレベルが7になったし、次のステップに行こうかと思っているの」
「あ、レベルが上がったんですね! 良かったですねー」
カエデちゃんは自分のことのように喜んでくれた。
「スキルも手に入れたわね。話術ってやつ」
「話術ですか。私も持ってますね。面接の時に役立ちます」
はたして、俺が面接をする時があるんだろうか?
「微妙ね。でも、新しいレシピは微妙じゃないわよ」
「何を作れるようになったんです?」
「強化ポーションね。力と速さと防御力が上がる3種類ほど」
「…………それはマズいような気がします」
やっぱりカエデちゃんもそう思うらしい。
「私もそう思う。だからこれは売れないわ」
「そうした方がいいです。それを発表したらエレノアさんを狙う人が増えます。おそらく、かなり過激な者も出てきます。やめましょう」
カエデちゃんがそう言って、俺の手をそっと握ってきた。
「そうね。これで儲けるよりかはアイテム袋や回復ポーションで儲けた方がいい。サツキさんにもそう伝えて」
「わかりました」
カエデちゃんの俺の手を握る力が強くなる。
俺がエレノアさんじゃなかったらハグしてたわ。
「あのー、強化ポーションはわかりましたけど、ダイアナ鉱山をやめたらどこに行くんです?」
ナナポンが俺達のやり取りにまるで興味なさそうにピザをもぐもぐしながら聞いてくる。
「他に良い所ない?」
「ないですね。あそこが特殊なんですよ」
まあ、そう都合よくはいかないか。
「しょうがないわね。こうなったら普通に行くしかないわ」
いずれはダイアナ鉱山にいることがバレるとは思っていた。
思ったより遅かったけどね。
ダイアナ鉱山って、どんだけ人気ないんだろ……
「でも、先輩、ナナカちゃんはどうするんです? 一緒に行動してることがバレます」
「わかってる…………ナナカさん、あなた、男になるのと仮面をかぶるのだと、どっちがいい?」
こうなったら変装作戦しかない。
「どっちも嫌です」
「じゃあ、沖田君と冒険する?」
本来はそれで問題はないのだ。
「えー…じゃあ、仮面をかぶりまーす…………」
そんなに嫌なん?
めちゃくちゃ傷つくわ。
俺は寂しさのあまり、繋いでいるカエデちゃんの手をさする。
「仮面ですか?」
カエデちゃんは俺が手をさすってもまったく気にせずに聞いてきた。
「ナナカさんは透視があるからね。仮面をかぶろうが、タオルで顔を覆うが問題ないのよ」
「いや、単純に息苦しいし、暑いですけどね……」
ナナポンがボソッとつぶやく。
「我慢なさい」
「肌が荒れたらどうするんですか!?」
女子だなー。
でも、まあ、大事なことか。
「帰りにポーションをあげるからそれで顔を洗いなさい」
「じゃあ、それでいきます」
まあ、50万円で売れるとはいえ、原価は600円だし、赤字にはならないからいいか。
「ん-? ポーションって何です?」
カエデちゃんが聞いてくる。
「あれ? エレノアさん、朝倉さんに実験結果を説明してないんです? 私、ポーション風呂に入らせてもらおうと思って、着替えを持ってきたんですけど」
そういや、前にそんなことを言ってたな。
「ポ、ポーション風呂!? 何ですか、その贅沢の極みみたいなものは?」
カエデちゃんが呆れたように驚き、聞いてきた。
「朝倉さん、朝倉さん、その握っているエレノアさんの手を見てください。ものすごいきれいでしょう?」
「た、確かに!」
カエデちゃんが俺の手をさすってくる。
「沖田さんの実験によると、ポーションで顔を洗えばニキビも治るし、ポーション風呂に入ると、肌がぴちぴちになるそうです」
「へー……え? 先輩、なんで教えてくれなかったんです?」
「いや、寒いし。ポーションは熱を加えると、ダメなんだよ。今の時期は激寒だよ? だから春になったら教えようかと……」
さすがに11月に水風呂は風邪を引く。
「なるほど。じゃあ、先輩、用意してきてください」
人の話を聞いてた?
「風邪引くよ?」
「回復ポーションがあるじゃないですか。それに風邪を引いても先輩が看病してくれるでしょう?」
今、俺の頭の中に風邪を引き、寝込んでいるカエデちゃんの身体を拭く俺の姿が浮かんでいる。
「確かに回復ポーションがあるか……まあ、長風呂しなきゃ大丈夫だろ」
俺は握っているカエデちゃんの手を離すと、立ち上がり、自分の部屋にあるカバンを持って、風呂場に向かう。
そして、浴槽に回復ポーションを注いでいった。
別に良いんだけど、これ、時間がかかるんだよな…………
打ち上げは?
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