第033話 しゃーない、しゃーない


「見て見て、カエデちゃん! 空き缶で回復ポーションを作ったらアルミフラスコができた!」


 俺は隣でスマホに目を落としているカエデちゃんにアルミフラスコポーションを見せる。


「良かったですねー…………で? どうしましょうか?」


 カエデちゃんが真顔で聞いてきた。


「う、うん。どうしよっか?」


 俺とカエデちゃんは北海道で泊まった後、午前中には飛行機に乗り、東京に戻った。

 そして、昼過ぎには俺の家に着いていた。

 実は今日は俺の家で一緒に住む部屋を探そうということになっていたのだ。


 なので、当然、2人で部屋探しをして…………いなかった。


 何故なら、昨日の俺が出た番組がとてもバズっているからだ。


 理由は…………


 俺は現実逃避用のアルミフラスコポーションを置き、スマホを見る。


『魔女、謎の言語を話す!』

『すべての人に通じる言葉!?』

『黄金の魔女は人か魔か!?』


 うーん、失敗、失敗。

 てへっ!


 家に戻り、カエデちゃんとキャッキャしながら部屋探しをしていると、急にカエデちゃんが真顔になったのだ。


「これ、例の翻訳ポーションのせいですよね?」

「だね。飲んだもん」

「バカ! 先輩のバカ! 何をしてんですか!?」


 カエデちゃんが俺の首を絞めてくる。

 力は入ってないけどね。


「いやね、あいつら、難しい英語の単語とか使ってくるんだもん。ミステリアスがバカだとマズいじゃん。だから飲んでいったの」


 アンバサダーとか知らねーもん。


「ミステリアスすぎでしょ! 先輩の言葉だけ日本人だけじゃなく、アメリカ人にも中国人に通じるから意味不明ってなってますよ!」


 まあ、それが翻訳ポーションだし。


「やってしまったものは仕方がないじゃん。さっさと、翻訳ポーションのことを発表しようぜ。スライムからドロップしたってことにしてさ」

「何でもかんでもスライムですか…………スライム狩りが起きませんかね?」


 スライム君、かわいそう。


「大丈夫、大丈夫、もう誰も信じないよ。1000キロのアイテム袋がスライムからドロップしたってことにしたんだよ。アホかってんだ」


 しかも、2個。

 誰も信じない。

 信じるわけがない。


「エレノアさんはもはや、完全に人外扱いですね。フロンティア人って説まであります」


 フロンティア人なんて見たことすらねーわ。


「ミステリアス路線は成功だったね。ミステリアスすぎるけど」

「まあ、遅かれ早かれこうはなりますよね。開き直りで行きますか」


 結局はそこに行きつく。

 何をするにしても注目を集めるのはわかっていたことだもん。


「そそ。明日、エレノアの姿でギルドに行くからサツキさんに話しに行こう」

「わかりました。早めに来てください」

「了解」

「ハァ……ギルマス、荒れてないといいなー」


 カエデちゃんがため息をつき、肩を落とす。


「大丈夫だよ。あの人、金にしか目がいってないでしょ。それよりさ、部屋を探そうよ。俺、さすがにもう引っ越したい」


 昨日、泊まったホテルは結構、良い部屋だった。

 そこに泊まり、ウチに帰ってくると、さすがにへこむ。

 冬になるまでにあのせんべい布団から卒業したい。


「まあ、そうですねー。私もこの趣のある部屋は飽きました」


 こんな部屋、1回目で飽きるわ。

 それなのに、俺はここに4年も住んでるんだぞ。


「でしょー。探そ、探そ」


 俺とカエデちゃんはエレノア・オーシャンのことは置いておき、スマホで部屋を探し始める。


 ぶっちゃけ、エレノア・オーシャンはいつでも行方不明にできるのだ。

 それまでにいくら稼ぐかの勝負でしかない。

 少なくとも、1億6000万はすでにある。

 これに今度の1000キロのアイテム袋売却代があれば、カエデちゃんと2人で生きる分には問題ないのだ。


「先輩、2LDKくらいがいいと思うんですけど、どう思います?」


 俺とカエデちゃんの部屋、リビング、ダイニングキッチン。

 まあ、そんなもんだろう。


「いいんじゃないかな? 広すぎても掃除が大変だし、荷物が多くなってもアイテム袋がある」

「ですよねー。というか、アイテム袋があれば、引っ越しも楽ちんでいいですね」


 ホント、ホント。


「だね。じゃあ、その路線で探そうよ」

「そうしますか……先輩は何か希望があります?」

「希望?」

「立地とか新築がいいとかです」


 特にない……

 どこだろうが、ここよりはいいし。


「カエデちゃんのおすすめでいいよ。俺は自由業だし、おしゃれさんのカエデちゃんが決めた方がいい。金は考えなくていいから」

「ですかー……まあ、男の人はそんなもんですよねー」


 おや?


「カエデちゃんの前彼とかそんなんだった?」


 大学時代に彼氏いたっけ?

 あ、でも、俺の卒業後にできたのかもしれない。

 社会人時代もある。


「前彼なんていませんよー。高校時代は部活ばっかだったし、大学は遊んでました。社会人は…………そんな余裕も出会いもないです」


 まあね。

 社会人になると、厳しい。

 俺もだし。


「そうなんだ」

「あー……私、大学生の弟がいるんです。その弟がこんな感じでしたね。親に任せっきりです」


 こんな感じ?

 お前は俺の親なん?


「弟いるんだー」


 知らなかった。


「先輩は?」

「一人っ子」

「っぽいですねー」


 そうかなー?


「うーん、それにしても、2LDKって結構あるね」

「ですねー。先輩が前に言っていたことがわかります。確かにお金のことがないと、どれがいいか悩みます」


 普通は家を借りる時にまず、家賃から決めるだろう。

 だが、その家賃の上限がないと、選択肢が多すぎて悩んでしまう。


「だよね。いっそ、プロに任せる?」

「プロ? ああ、不動産屋に聞くってことですか…………そうしますか」


 実際におすすめを見た方がいいだろう。


「じゃあ、行ってみる? 平日だし、いけるっしょ」

「いいですね。あ、先輩に先に言っておきますが、部屋の名義は私にします」

「んー? なんで? 金は俺が全部払うよ?」


 まさか、別れた後のことを考えて!?(付き合ってない)


「先輩は厳しいかもしれません。Fランクの冒険者ですもん。せめてDはないと…………」


 あ、審査が下りないのか……


「なるほどね。じゃあ、そうしよう。どっちでもいいし」

「すみません。全部出してもらうのに」

「気にしない、気にしない。俺がカエデちゃんと一緒にいたいだけだし」

「先輩…………一生、寄生します」


 言葉のチョイスよ。


「しろ、しろ。ハリガネムシになれ。それよかさ、俺っていつまでFランクなん?」

「申請すればEになれますね」


 なれるんかーい。


「そうなの?」

「ランクはギルド職員の裁量及びギルマスの許可で決まります。専属の私的に見ると、先輩はEです。実力はともかく、経験がまだ浅いからDはちょっと許可できませんね」


 真面目に評価してるわ。


「ふーん、じゃあ、申請しよ」

「いいと思います。ランクが上がっても知名度くらいしかメリットはありませんが、箔がつくのでいいと思います」


 どうでもいいな、おい。


「いらねー」

「いやー、結構大事ですよ? その辺の高校生にFランクは下がっとけとか言われたらムカつくでしょ」


 俺の脳裏にこの前のクソガキが浮かんだ。


「めっちゃ腹立つわ」

「でしょー。エレノアさんは別の意味で知名度がマックスなんでランクはどうでもいいでしょうが、先輩は必要です。Aランクを目指しましょう」


 Aランクかー。


「三枝さんみたいになれるんだろうか?」

「なんでその人? 性別が違うじゃないですか」

「いや、同じソロだし。というか、他を知らない。冒険者にあんまり興味がなかったからなー…………あ、でも、あの人は知ってる。えーっと、桐生……桐生?」

「桐生アキラさんですね。渋谷支部のトップランカーです」


 そんな名前だった気がする。

 苗字は特徴的だから覚えている。

 イケメンでモテそうだった。


「そいつも人気じゃない?」

「ですねー。甘いマスクでファンが多いと評判です」

「カエデちゃんもあんなんがいいの?」


 ドキドキ。


「絶対に嫌です。冒険者の中では有名ですが、生粋の女好きですね。先輩というか、エレノアさんも気を付けてください」

「実はエレノアさんは女性が好きらしいよ?」

「いや、そうでしょうよ。でも、それ、広まったらマズくないです?」


 確かに……

 冗談でも言わないようにしよう。

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