第2章

第032話 アメリカ! ★


 俺は昔馴染みの男に呼ばれたため、とあるビルに入り、受付も通さずにエレベーターに乗った。

 そして、目的の階層に着いたため、エレベーターから降り、とある部屋にノックもせずに入る。

 すると、メガネをかけた初老のじいさんが不機嫌そうに俺を見てきた。


「ハリー、ノックをしなさい。というか、受付を通せ。何も聞いておらんぞ」


 じいさんが苦言を呈しながら立ち上がり、デスクから離れ、俺のもとに来る。


「面倒なのはごめんだぜ。それよりも、ノーマン、久しぶりだなー。元気だったか?」


 俺はノーマンの苦言を無視し、握手しながらノーマンの肩を叩いた。


「見ればわかるだろう。あちこちがダメだ。先週も病院の検査で引っかかったよ」

「タバコを吸うからだろ」

「5年前にやめたよ」

「ひゅー」


 あのヘビースモーカーだったノーマンがタバコをやめたのは驚きだ。


「長生きしな。で? 何の用だ? 俺を呼び出すなんてどういう風の吹き回しだよ」


 ノーマンは俺の元上司というか、上官だ。


「しばし待て。クレアも呼んでいる」


 クレア?


「おいおい、クレアも呼んでんのか? ってことは冒険者関係ってことか?」


 俺もクレアも元は軍人である。

 もっと言えば、クレアは同期だ。

 そして、俺と同じくこのじいさんの部下だった。


「そういうことだ。話はクレアが来てからだ」

「ふーん」


 俺は待つのがだるいなーと思いながらタバコに火をつけ、ソファーに座った。


「禁煙した者の部屋でタバコを吸うかね?」

「死んでもタバコはやめねーって言ってたじゃねーか。吸え、吸え」

「この歳になればわかるさ」


 ノーマンはそう苦笑し、俺の対面のソファーに座った。


「ガキは元気か?」

「元気さ。バカな男だ。軍人になりおった」


 ひゅー。

 あのガキがもうそこまで大人になったのかよ。

 年が経つのははえーわ。


「そら、バカだ。親父に似たな」

「タバコまで吸っている。ダメなところばかり似おったわ」

「将来有望だねー。そのうちどこぞの女を孕ませてあんたに殴られるぜ」

「その話はやめろ」


 やんちゃの息子はやんちゃするんだよ。

 俺は独身だがね。


「くだらない話をしているわねー。昔の嫌な思い出がよみがえったわ」


 声がしたので扉の方を見ると、金髪の女が立っていた。


「クレア、ノックぐらいしろよ」


 というか、いつ扉を開けたんだよ。

 まったく音がしなかったぞ。


「ったく……どいつもこいつも礼儀を知らん」


 ノーマンが嫌そうな顔をした。


「そういうのを教えた上官が悪かったんじゃない? よくクソ虫って呼ばれたわ」


 クレアがそう言いながら俺の隣に座り、タバコを吸い出した。


「懐かしいな。おい、聞けよ、クレア。ノーマンのヤツ、禁煙だとよ」

「ここ数年で一番笑える話ね。シャワーを浴びながらタバコを吸う男って呼ばれてたのに」


 マジで懐かしいわ。


「お前らと話していると、頭が痛くなるよ」


 ノーマンが首を横に振る。


「で? なんで私らは呼ばれたわけ? 遺言でも残す気?」

「財産は息子に譲った方がいいぞ」


 嫁さんも健在だろ。


「口の減らないガキどもだ…………そんなわけがないだろう。大事な話だ」


 もうすぐで40歳になるっていうのにガキ呼ばわりだよ。


「何かしら?」

「仕事だ」

「ギルドを通してよ。私ら冒険者よ?」


 俺とクレアは軍を退役し、冒険者となった。

 自分で言うのもなんだが、今ではAランク冒険者として、アメリカでは大人気だ。


「大事な案件だ。察しろ」


 大事な案件、ね……


「何よ?」

「お前達、現在、日本を騒がしている女を知っているか?」


 ノーマンが懐から1枚の写真を取り出し、テーブルに置く。

 俺とクレアは身を乗り出し、その写真を見た。


「何このガキ?」

「なげー髪だな」


 金髪だが、腰くらいまである。

 そんな女が自動販売機の前でコーラを飲んでいた。


「この女は日本のギルドオークションでアイテム袋を出品した」

「え!? このガキンチョがエレノア・オーシャン!?」

「これがあの黄金の魔女かよ……」


 名前は知っているが、初めて見た。

 確かに金色だが、思ったよりもずっと若い。


「ガキではない。日本人だからな。若く見える…………本当に日本人ならば、だが」


 ノーマンが含みを持たせた言い方をする。


「この女が何よ? というか、なんで日本人以外は入札がダメなのよ! 私だって、100キロも入るアイテム袋が欲しかったわ!」


 こいつもアイテム袋が欲しかった口か。

 俺もだ。

 アイテム袋はいくらあってもいい。


「その辺りは後で話す。何も問題ない」

「信じるわよ」

「ああ……」


 ヒートアップしていたクレアの熱も冷めたようだ。


「で、ノーマン、この女が何だ?」

「これを見てほしい」


 ノーマンは今度はスマホを出し、画面を見せてくる。


「息子の成長記録か? それともワイフの自慢か?」

「そんなものをお前達に見せん。これは昨日、日本のテレビ番組にこの魔女が出演したものだ」


 魔女のくせにテレビに出るのか?

 現代的な魔女だなー。


「それが何よ?」


 クレアが眉をひそめる。


「とりあえず見ろ」


 ノーマンが再生ボタンを押す。


『はい。よろしくお願いします。では、早速ですが、エレノアさん、エレノアさんは先日、アイテム袋をオークションに出されましたよね?』


 アナウンサーらしき女が日本語でしゃべっている。


『ふふっ。そうね。出したわ』


 ん!?

 なんだ?


 俺は強烈な違和感を覚えると、ノーマンが動画を止めた。


「どうだ?」


 ノーマンが聞いてくる。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! もう一度! もう一度聞かせて!」


 クレアが慌てる。


「ノーマン、俺もだ」

「わかった」


 ノーマンがスマホを操作し、再生ボタンを押す。


『………………何のデモンストレーションでしょう? 私は一冒険者であり、デモンストレーションをする意味がありません。それにルーキーですのでスポンサーもおりません』


 おいおい!

 なんだこれ!?


 ノーマンは停止ボタンを押すと、スマホをしまった。


「何これ? 英語? 日本語? フランス語?」

「俺には英語と日本語とドイツ語に聞こえたぜ」

「は?」

「俺も『は?』だわ」


 意味がわからない。

 この女のしゃべっている言葉はどの言語にも当てはまっている。

 正直、気持ち悪い。


「この動画をあらゆる国籍の者に見せた。すると、全員がこの女の話している言葉の意味を理解できた…………この魔女の言葉だけな」


 確かにアナウンサーの方は確実に日本語だった。


「どういうことだよ?」

「そうよ。意味わかんない」


 理解ができるわけがない。


「次だ。正直、お前達を残念に思う。Aランクになり、金を儲けて浮かれたか?」


 いきなり、ノーマンが俺とクレアをバカにしてきた。


「どういう意味よ?」

「言葉を選べ、ノーマン。いくらあんたでも怒る時は怒るぜ」


 昔はめちゃくちゃ怖かったが、今はヨボヨボのじいさんだ。


「ほう、そうか…………では、この魔女が次のオークションを開催したことは当然、知っているな?」


 え?


「どういうことよ?」


 クレアが再び、眉をひそめる。


「バカ共が!! 常にアンテナを張っておけ! この女、今度は1000キロのアイテム袋をオークションにかけたぞ! いまや、日本だけでなく、世界中がこの黄金の魔女に注目だ!」


 1000キロ……だと!?


「冗談じゃないわよね?」

「冗談でお前らを呼ばん」

「おいおい、1000キロはねーよ。俺だって持っているのは200キロだぜ?」

「私もよ」


 1000キロなんて冗談としか思えない。


「ついでにもう1つ教えてやる。今度も2個だそうだ。つまり1000キロのアイテム袋を2個も出品した!」


 ……………………は?


「バカげてる!」

「そうよ! ありえないわ!」

「この魔女曰く、ありえないことがありえない、だそうだ」


 マジかよ…………


「この女、何者だ?」


 俺はごくりとつばを飲み込み、ノーマンに聞く。


「さっきの話に戻る。この女の言葉はありとあらゆる言語に聞こえる。いいな?」

「ああ……」

「そうね。それは理解できないけど納得する」


 俺も理解はできないが、実際にそうなのだから納得するしかない。


「実はな、このような言葉を聞くのは初めてではないんだ」

「ん? こんな謎言語があるのか?」


 当たり前だが、聞いたことない。


「ああ、それは30年前だ」


 30年前…………


「まさか!?」

「そうだ。かつて、この世界にゲートが開き、そこから現れた者がしゃべっていた言葉だ。その者達との交渉にかつての大統領は多くの者を出席させた。そして、同じ現象が起きた。今のお前らと同じだ」


 ということは…………


「この女、フロンティア人か!」

「嘘! なんでいるの!?」


 フロンティア人は最初の交渉以来、ほとんど接触していないはずだ。

 そもそも謎だらけでどういう人種でどういう人間なのかもわからない。

 いや、そもそも人なのかすらわからない。

 それを知っているのは各国の首脳と一部の人間だけ。


「少なくとも、その可能性が非常に高い。何故、日本にいるのか、この者がフロンティア人として、どの様な地位にいるのかは一切不明だ。だがな、我らはこの女がフロンティア人であるという仮定で動くことになった」

「ホントかよ…………」

「我らはこの女が最初にオークションを開催した時から不審に思い、この女を徹底的に調べた。その結果、この女のすべての情報がでたらめであることがわかった。そもそも、日本どころか世界中のどこにもエレノア・オーシャンという名前の人間はいない」


 ありえるのは…………フロンティア。


「これ、ヤバいだろ」

「ああ、ヤバい。ようやく目が覚めたか?」


 そら、覚めるわ。

 泥酔してても覚める。


「それで? どうするの? この女を確保する?」


 この女は危ない。

 我が国で確保すべきだ。


「いや、逆だ」

「逆? いや、確保すべきでしょう」


 俺もそう思う。


「この魔女の知名度はもはや世界レベルだ。そんな者を無理やり誘拐できん。だが、幸いなことに魔女がいるのは日本だ。日本と我が国はベストフレンド。どうとでもなる。問題は…………」


 他国か!


「そりゃ、確かに俺らの力が必要だわな。ベストフレンドの危機を見過ごせん」

「そうだ。ロシア、中国は牽制しているからまだいいが、問題は例の国々だ」


 フロンティアとの条約を破り、ゲートを閉ざされた国々か……


「なるほど。護衛しろってことね」

「そういうことだ。日本は我が国の最大の友好国だ。逆も然り。すでに日本政府には話を通してある。行け!」

「それはいいけど、表向きの理由は?」


 確かにAランクの俺らが日本に行ったら怪しまれる。


「さっきのオークションだ。日本国籍を持つ者だけが参加できるという制限を取り除かせる。これがもう1つの指令だ。1000キロのアイテム袋は我が国の冒険者が持つにふさわしい。違うか?」


 違わない。


「援助はあるんだろうな?」

「してもいいが、その時の所有権は政府になる。それでもいいなら出そう」


 冗談じゃねー。


「チッ! 貯金はいくらあったかな?」

「ふふっ。ご愁傷様。少なくとも1個は私の物ね。日々の努力が物を言うの」


 こいつ、相当、溜め込んでやがるな。


「ハリー、クレア、お前達は直ちに日本に行け! 黄金の魔女を守りつつ、アイテム袋を落札しろ! 言っておく…………これは大統領命だ!!」

「「イェッサー!!」」


 俺とクレアは即座に立ち上がると、姿勢を正し、何年か振りの敬礼をした。

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