旅のお供に!
「それで、校外教育があるから3日間、ギターを弾かないと。いい度胸ね」
「い、いやいやいや! 行く前に弾いて帰ってからもすぐ弾くから! 1日! 1日だけ猶予を下さい!」
プンプンな調ちゃんにわたしは平謝り。
学校が始まって1週間もしないうちに校外教育という2泊3日の研修がある。なんか校舎よりも先に宿舎のほうが馴染みそうだ。
んでわたしはあのでっかい箱を持って行きたくないわけだ。
確認してみたらやっぱり壁だった。あれを背負って自転車に乗りたくない。危険すぎる。そして旅行には不向きだ。
「だから言ったじゃない。
わかっているけど安くない買い物だ。どうしても後回しにしてしまう。
「それに……」
「なによ」
「まだ2曲しか弾けないし」
ワイプアウトとウォークドントランだけだ。
「だからこそ余計に練習が必要なんじゃない」
わかってる。わかっているんだけどさ。
「なんていうかさ、ロクに弾けないくせにギター持ち歩いてるのがかっこ悪いっていうか……」
「あなた、また格好にこだわるつもり?」
いたい! とてつもなく痛いところを突かれた。
しかもナイフとか鋭利なやつじゃなく、のこぎり状のなにかで突かれた。
わたしの事情は一応調ちゃんに教えてある。そこをやばい系の刃物でえぐられた。急所を知っているだけに、的確な攻撃だ。
だけどその通りだ。わたし、また格好を気にしていた。
「わかったよ。なりふり構っていられないね」
「最初からそう言えばいいのよ」
だったらまず、両親の説得だ。
「この通り! おねげえでございますだ!」
わたしは両親に土下座した。なんとしてもスタインバーガーを手に入れるんだ。
「新しいの買ってやるって言ったのに、親父のギターがいいって言ったのお前だろ?」
「それはそうなんだけど、旅行に持って行くのに大きくて重いし、なにかあったら大変だし」
「大きいのはまあ、あれだけど、なにかあったときに買い替えればいいだろ?」
そうはいかないんだよ。……仕方ない、打ち明けよう。
「……あれ、そんなに高いのかよ……」
両親は絶句している。そりゃ自分の月収より高いとか言われたらびっくりするよね。いやお父さんがいくら稼いでるか知らないけど、月100万とかはいってないだろう。
「だったらそれ売って他のギター……はないわね」
お母さんもわかっているはずだ。これは祖父の遺品なんだ。他に替えられない。
「うーん、まあ、いいか。服だのバッグだのに金をかけるよりはマシだ」
あー男親はそう言うよね。女子のオシャレは公共マナーなんだよ!
とりあえずこれでスタインバーガー代をゲットすることに成功した。あとは……
「──あー、もしもし、美奈ちゃん?」
『もしもし、どうしました?』
「美奈ちゃんさー、お金持ってる?」
『えっ!?』
おっといけない。調ちゃんのせっかちがうつった。恐喝じゃないよ。
「明日旅行用のギターを買いに行こうと思ってるんだけど、一緒にどうかな?」
『ちょ、ちょっと待っててください。おとうさーんっ』
これから交渉か。時間かかるかな。
『大丈夫です』
早っ。ひょっとして美奈ちゃんちはお金持ち?
「じゃあ明日、学校終わったら行こう!」
そして翌日学校では軽い自己紹介と校外教育の説明があった。
いや衝撃の自己紹介だった。出席番号1番、合川
あと、ギターちゃんの名前は
郊外教育の説明後、楽器を持って行っていいか質問したら、ゲーム機やおもちゃとかじゃないならいいとOKをもらえた。一応ちゃんと聞いておかないとね。なのに何故か茶山さんに睨まれた。別にきみを意識して聞いたわけじゃないよ。
「そんなわけで、ギター買いに行くよ!」
「はいっ」
ちょっとワクワクな美奈ちゃんと、少し不機嫌そうな調ちゃん。面倒なのはわかるけどさ、サポートしてくれないとわたしらだけじゃ不安なんだよ。
「んで、楽器店っていうとお茶の水?」
「いいえ、向かっているのは渋谷よ」
渋谷なんだ。近いからいいけど。
「うわぁ」
思わず声が出てしまった。だって入ってすぐギターのタワーがどーんだよ。何本あるんだろ。100本とか?
「このギターツリーは当店の名物なんですよ」
女の店員さんが笑顔で教えてくれた。ツリーなんだ。
肝心のスタインバーガーはここにない。全部ヘッドにひっかけてぶら下がってるから、ヘッドのないギターが置けるわけなかった。
色々巡っていたら1本だけ見つけた。他にないか店員さんに聞くと、展示してあるだけだと言われてしまった。
「うーん、これしかないのかぁ」
青いのしかなかった。でも木目が見えるのがちょっとかっこいい。
調ちゃんのも木目……というか、「木」って感じのだったなぁ。
「えっ!? 高いよ、これ!」
ネットで見たのより高い。予定していた金額を完全にオーバーしている。
「こちらはキルトシリーズと言いまして、お値段が高めになっています」
ええーっ、そんなのあるんだ。
うー、お金ないよ。でも借りるのは嫌だし……。
「あの」
悩んでいたら店員さんが耳打ちしてきた。
「ほんとはこういうのよくないんですけど、ほぼ新品の中古品、買いませんか?」
ん? どういうこと?
「えっとですね、実は私、先月ノーマルのスタインバーガーを買っちゃったんですよ。キルトはもう生産していないので、よもや入荷するとは思ってなくて。でもキルトがあるならキルトが欲しいんです。だけど予算的に2本は厳しくて……4万! 4万でいいんで私のを買ってくれませんか!?」
すっごい必死に頼まれてしまった。よっぽどこれが欲しいんだね。
「それ店で買い取ればいいんじゃないの?」
「楽器の買取価格ってすごく低いんですよ。スタインバーガーなら新品で買い取っても1万円くらいですよ」
うわぁ、それは売れないね。店員割り増しとかもないんだ。
「現物はあるんですか?」
「今持ってきます!」
もうひとりの店員さんになにか言って、奥へ行ってしまった。普段から持ち歩いているのかな。ひょっとしたらこれを狙っていたのかもしれない。
「これなんですけど」
わぁ赤い。いいね赤いの。木目はないけど、青いのよりいいかも。
「じゃあ調ちゃん、ちょっと見てくれる?」
「え? 自分で弾きなさいよ」
いろんなギターを見ていた調ちゃんは面倒そうに答えた。
「でもわたし、ギター買うの初めてだから、良し悪しわからないし、試奏ってどうすればいいかわからないし……」
「仕方ないわね。これアンプに繋いでもらっていい?」
「は、はいっ」
店員さんが繋いだアンプを調ちゃんはいじっていく。ボリューム以外、ゲインとかはゼロだ。ほぼ生音状態にしてある。
そしてコードを押さえ、確認するように1弦ずつゆっくりと音を出していく。次またコードを変えて同じように音を出す。何回かそれを繰り返したら今度はジャカジャカと弾き、一曲奏でる。あっ、これ、最初に聴いたキャラバンだ。
「あ、あの子めちゃくちゃ上手いですね」
そりゃそうだろう。ギター教室の先生の孫で、わたしの先生だ。
「どう?」
「6弦が若干ビビるけど、フレットも削れてないしネックも反ってない。まあ普通ね」
「4万でって言われてるんだけど」
「いいと思うわよ。ある程度試奏されていると思えばこのくらい新品のうちよ」
よし調ちゃんのお墨付きをもらえた。
「じゃあ買います」
予算が余った。それじゃストラップと予備の弦とピックも何枚か買っておこう。
えーっ、スタインバーガーの弦って専用だから高いの!? うわぁ、ベース用なんて普通のベース用の倍だよ、倍。4本で6000円とか……まあギターと違って切れないんだろう。
そして美奈ちゃんは迷うことなく予備の弦を買っていく。かっこいい。
「ダブルボールエンド、いいわよね。もっとダブルボールエンドのギターが増えればいいのに」
調ちゃんがなんか言ってる。
「いいですよね! 演奏中に切れても、素早く交換できますし」
店員さんとは息が合ってるみたいだ。
「なんなら演奏しながら交換もできるわよ」
うっそだー。それはさすがに……いや調ちゃんだから本当にできそうだ。
「それで、こちらがハードケースです」
「ちっちゃっ! ハードケースちっちゃ!」
幅がモズライトのハードケースの半分くらいしかない。そして軽い。さすがトラベルギター。これは持ち運びが楽でいいね。背負っても壁感ないし。
よぉし、待ってろよ校外教育め!
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