通りすがりの少女
高校生デビュー。
そんな言葉が頭によぎった。
小、中学校と地味だった私は、高校生になったらなにかやろうなんて考えていた。
だけどなにをやればいいか全然決まらないまま中学の卒業式を迎えてしまった。
このまま高校でも地味に過ごすのかな……そんなことを思っていたとき、出会った。
私の家から高校まで自転車通学になる。一応通学路を確認しようと自転車で走っていたとき、途中の公園で私と同じくらいの年ごろの女の子がふたり、ギターを弾いていた。
私は自転車から降り、その様子を歩きながらこっそり見ていた。
ひとりの子は、もうひとりに教えてもらっているのかな。色々指摘されたりしている。でも無理やりとかじゃなく、すごく楽しそう。こういうのもいいな……いや、こういうのがいいな!
私は居ても立ってもいられなくなり、すぐさま家に引き返した。
そして居間にいたお母さんに訊ねる。
「お母さん、昔、楽器とかやってなかった?」
「なによ藪から棒棒」
「お父さんでもいいんだけど、なにかやってなかった?」
「やってなかったと思うわよ。あっ、だけどお父さん……あなたのおじいちゃんはやっていたわ。私が小さいころはよく弾いてくれたものだけど」
「楽器ってまだ残ってる?」
「倉庫にあるかも……ちょっと、なんなのよ」
私は倉庫へ急いだ。
ギターかな。ギターだったらいいな。ギターならあのふたりと一緒にできるもんね、確かギターならギターっぽい形をした箱に入ってるよね。そんなことを思いながら倉庫を探してみた。
……ない。それなりの大きさがあるはずだから、ある程度目視で探せるだろうと高を括っていたけど、それらしきものはない。大きい箱を開けてみたけどそれっぽいものはない。
あとは……この長方形の箱。まさかと思いつつも、開けてみた。
そして私は少しの間、見惚れてしまった。
見たところバイオリンのようで、それにしてはとても長い。
弦は4本だから、多分ベース。見れば見るほど美しいデザインをしている。
……これ。これを弾きたい! ギターじゃないけど、私はこれがいい!
「見つかったかい?」
聞こえた声に振り向くと、母が立っていた。
「あっ、うん! これ、私もらっていい!?」
「いいんじゃない? 一応聞いとくけど、こんなところに放置してるんだから文句は言わせないよ」
祖父はカナダに移住しているから、そうそう会うことができない。
できれば弾き方とかも教えてもらいたかったけど、それはそれでいいかな。
気付くと私はベースの箱を抱え、公園まで走っていた。
いた! あのふたり! まだ弾いてる!
いつもなら知らないひとに声をかけることなんて、とてもできなかった。でもこのときの私はベースを見つけたときの興奮そのままに、思い切って声を出すことができた。
「あっ、あの! わた、私も……一緒に!」
「えっ?」
キョトンとした顔で私を見る、小さいほうの女の子。そして長い黒髪が綺麗な子が私の方……私の持っている箱を一瞥し、小さくため息をついた。
「それ、大きさからしてベースよね。弾けるのかしら?」
「えっ、えーっと、それは……これから……」
「悪いけど私、ベースは教えられないわ」
そんなぁ……。
興奮が一気に冷め、へたりこんでしまった。
「調ちゃん、その言い方はちょっとかわいそうだよ」
「そうはいってもしょうがないじゃない。……あなた、お金ある?」
恐喝!?
ど、どうしよう。このお姉さん、怖い!
涙目になっている私に、小さいほうの子が慌てるように割って入った。
「ああごめんね! 調ちゃん、ちょっとコミュ障だから」
「誰がコミュ障よ」
「ごめん訂正。調ちゃんちょっと言葉足らずだから。えーっとね、調ちゃんのおじいさんが、ギター教室やってるんだけど、ベースも教えられるんだよ。だからそこに通えばいいんじゃない? っていう提案なんだと思うけど」
教室! そういうので教わるのもいいかも! 私は一も二もなく頷いた。
調さんと呼ばれていた女の子についていくと、一軒の家までやってきた。家の壁のところにはギター教室と書かれていたが、どう見ても普通の家だった。下には小さく「エレキギター・クラシックギター エレキベース可」と書かれていた。
入るのかなと思ったら、彼女は時計を見て玄関の横で待っている。
するとすぐドアが開き、2人の男のひとが出てきて調さんと挨拶を交わした。生徒さんのようだ。
入れ替わりで家へ入ると、目の前にあったドアを開けた。
「おじいちゃん、ちょっといい?」
「今終わったとこだからいいが……この間のモズライトの子か。それともうひとり新しい子」
「この子にベース教えてもらいたいんだけど」
「うちのお客さんってことでいいのか?」
私は何度も頷いた。
こういう教室とかって、何故か怖くて通えなかった。多分今でもひとりじゃ来れなかっただろうなと思う。
「それにしても、また古そうなケースだね。中を見せてもらってもいいかい?」
「あっ、は、はい」
またというのがちょっとひっかかったけど、よく見たら小さい方の子と、調さんのギターケース、両方ともとても古そうだった。
「ほぉー、ヘフナーのヴァイオリンベースか……うぅん」
おじいさんは私のベースをいろんな角度から見て顔をしかめた。
「クラシックモデル……でもかなりくたびれているね」
「その……私の祖父が使ってたものなので……」
「なっ……ならこれは本物の62年モデルか!?」
おじいさんはとても驚いた顔でベースを見ている。
「おじいちゃん、それヤバいやつなの?」
「とても希少だ。程度がいいものだと海外のオークションで2万ドル以上するぞ」
2万ドルって、1ドル130円としたら……260万円!?
手、手が震えてる。どうしよう、どうしよう。
「だがこれはちょっと厳しいな。ずっとメンテナンスをしていないせいか、ネックも反っているし、あちこち錆びている。よければ預けてくれないか? いい修理屋がいるんだ」
こういう仕事をしているひとだから、きっといい職人さんを知っているんだろう。でもそういうひとに頼むのってやっぱり高いんじゃないのかな。
「いくらくらいかかるんでしょうか」
「ネック矯正にペグ、フレット交換……指板も手を入れないとな。それにブリッジも替えたほうがよさそうだ。あとはコイルとかの状態を見ないといけないし……まあ低くても10万はするだろう」
「そんなに!?」
む、無理無理無理! 10万も出したら新品の買えちゃうよ。
あっ、でもすっごい高いベースなんだっけ。うぅん……。
「あー……えっと、そういえば名前聞いてなかったね」
「あっ、参平、
「美奈ちゃんだね。わたし
小さいと思ってたけど、私と同じ歳なんだ。
「あの、私も今度、高1、です」
「あぁー、それじゃ10万は厳しいよねぇ」
どうしたものかと悩んでいたら、おじいさんが口を開いた。
「月、いくらくらいなら出せるんだい?」
「えっ、その、習いごとなら1万くらいは出してもらえるかなと」
「じゃあ月1万で1年間通いなさい。それで修理代込みとさせてもらおうか」
「いいんですか!?」
「その代わり、普段はここにベースを置かせてもらおう。なに、本物の62年式キャバーンベースを置いてあるなんて箔が付くからな」
まさかの展示品貸与。だけど、それでもいいや。
私の
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