鬼のワイプアウト特訓!

 毎日の基礎練習にドレミファソラシドの往復、循環コード。少しずつだけど左手が滑らかに動くようになってきた。楽しいな。


「じゃ今日からこの曲をやってもらうわ」

 曲!? 今、曲って言ったよね。ようやくきらきら星やかえるの歌から卒業?

 調ちゃんはスマホから曲を再生させ、頭を小さく振って調子を取りつつギターを弾く。

 曲は結構シンプルで、リズミカルだ。どっかで聞いたことがある。

「今度の課題はワイプアウト。ベンチャーズが演奏していた曲ね」

 なんでも調ちゃんはわたしの話を聞いてから、祖父の軌跡をなぞれるようおじいさんと相談しながら課題を作ってくれているらしい。こういう細かい親切心がとても嬉しい。


「実はこれ、2本の弦だけで弾けるのよ」

 そう言って調ちゃんは5弦と6弦だけで弾き始めた。弦が違っても同じ音階が出せるのは面白いと思った。ピアノとかじゃできないね。


「5弦と6弦だけだし指の動きもほぼ一緒。簡単でしょ」

「うん。でもだったら最初からこれで弾けばいいんじゃない?」

「あなたなにを見てたのよ」

 え? えーっと、さっきのは同じフレットで弦を変えて弾いていて、今回は同じ弦でフレットを……指の形が一緒だからフレット移動のほうが楽なんじゃないの?


「いい? 近場で指使いだけでこなせるならそっちのほうが実は楽なのよ」

 実際にやってみて納得した。人差し指の位置が1フレから5フレまで一気に飛び、また1フレに戻り、今度は7フレまで飛ぶんだ。いくら2本でできても移動距離が長すぎてかなり大変だ。

 しかも聞き直すとこの曲、途切れない。ずらしている間がどうしてももたつく。


「実際にこの指移動で譜面通りに弾けるの?」

「まあ無理でしょうね」

「えー、じゃあこれはどういう練習なの?」

「なんとなく弾けた気になれるのと、スライドを理解させるのに便利だからよ」

「なんとなくなんだ」

「意外と重要よ」

 初心者でも弾けた気になれるのは大切らしい。

 うん、よくわかる。ずっと音出しばかり練習してたら飽きるもんね。曲が弾けるようになったら楽しいし、練習にも身が入りやすくなる。


「本当はピッキングの練習にいいのよ」

「どれが本当なの」

「全部本当よ。続けてみればわかるわ」

 うん、とりあえず言われたとおりにしてみよう。

 スライドさせるときは手首より先を動かさないのが重要らしい。


 まずは1弦ずつ、しっかりと音を出して練習。遅くてもいいからちゃんと弾く。

「ちゃんと弾けるようになったと思ったら少しずつ速度を上げていく」

 ほんと簡単だからちゃんと弾けるようになるのもあっという間だ。これ、すっごい楽しい!

 鼻歌まじりにできてしまう。次もうちょっと速度を上げてみよう。


 なっ、う……ああっ、もうっ。

「なんかやたらと6弦が引っかかるんだけど」

「これはそういう練習なのよ」

 速度を上げれば上げるほど6弦がピックにひっかかる。


「右手用ギターで弦を左で押さえるのはなんでだろうって思ったことあるでしょ?」

「うん。左手のほうが忙しいし器用じゃないといけないのにーって」

「最初はそう思うだろうけど、実は弦を鳴らす手のほうが難しいのよ」

 利き手だというのに思ったとおりピッキングができない。左手だったらもっときついのはすぐわかる。なるほど。


「まあ嘘なんだけど」

「嘘かい!」

 なんでそんな嘘をつくのよ。

「右手のほうが大変なのは本当よ。だけどそれはクラシックギターの場合ね」

「えっ? クラシックギターって違うの?」

 アンプを通さないで弾けるだけと思ってた。

「クラシックギターは指で弾くのよ」

「へぇー。具体的には?」

 調ちゃんは少し考え、ギターを構えると親指で6弦を鳴らし、人差し指で5、4弦、中指で3弦を鳴らしてみた。


「確かこんな感じね。私もクラシックをやったことないから詳しくは知らないけど」

 ええーっ、それは大変。いろんな指使うんだ。


「でも慣れるとそのほうがいろんな弾き方ができるらしいわ。おじいちゃんの友人で、エレキでも指で弾くひとがいるわ。フィンガーピッキングというのよ」

「なるほどね。でも調ちゃんはできないんだ?」

「そんなもの、クラシックギターの技術をエレキに応用しただけのものよ。エレキの技術じゃないわ」

 なんか変なこだわりがあるっぽい。あまり触れないほうがいいかも。


「じゃあエレキはその名残で、左が大変なのに右利き用がこっちになってるだけってこと?」

「ピックを使うのもそれはそれで難しいってひともいるけど、私はピッキングを難しいと思ったことないからどうなのかしら」

 うー、才能? 才能なの? わたしには充分難しいよ。

 特にいっこ飛ばしとか……5弦から3弦みたいなのでミスる。練習しないと。


「さて、続けなさいよ」

「うぅぅ」

 なんでだろう、意識するとどうしてもひっかかりやすくなる。

「コツとかないの?」

「ピックの持ち方とか、角度を変えてみるのがいいんじゃない?」

 持ち方……角度……色々試さないといけないなぁ。

 とりあえずそんなにテンポの早い曲じゃないのが救いだね。

「ちなみに次の課題は、これを倍速で弾けるようになったらよ」

「おにぃぃぃ」

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