ギター、始めます!
必死に勉強し、祖父と同じ高校へ行けることになった。お前の成績では無理だと笑いながらも、最後までしっかり面倒を見てくれた担任先生ありがとう。
両親も大喜びしてくれ、入学祝にギターを修理してもらえることになった。新しいものを買ってやると言われたけれど、わたしはこれがいいと譲らなかった。
お前はおじいちゃん子だったもんなという父の言葉に胸が痛くなった。
でも、うん。がんばろう。
祖父の青春時代を支えた相棒は、わたしの相棒にもなってくれるだろうか。
入試を終えたと共に始めたギターの勉強。相棒の名前はモズライトだとわかった。ヘッドにはベンチャーズというバンドのロゴが入っている。修理に出したとき店員に「若いのになかなかレアなもの持ってるね」と言われた。レアなんだ。
入学どころか卒業前だけどギターの修理が終わり、引き取るのとついでに初心者セットを買った帰り道、公園からギターの音がするのが聞こえ、つい足を向けてしまった。
ベンチに座って演奏していたのは、わたしと同じくらいの女の子。だけどギターがとてつもなく上手い。
暫く聞いていたら、女の子がわたしに気付き、演奏を止めた。
「なに? って聞かなくてもわかるよ。あなたもやってるんでしょ?」
わたしのギターケースを見て女の子が言った。
「うん……うん? ……うん」
「なにそのどっち付かずの返答」
「やってはいないよ。でもこれからやるんだ」
「ああそういう……それにしては年季の入ってるケース使ってるわね」
そりゃ60年くらい前のギターのケースだし。
いわゆる箱型という、四角いハードケースだ。本体より重いんじゃないかと思う。
「うん。祖父の遺品なんだ」
「へぇ……。私のギターもおじいちゃんのだよ」
そう言って見せてくれたのは、確かリッケンバッカーっていうギター。年季が入ってそうだけど、しっかり手入れされている。赤いサンバーストカラーがかわいい。
「いいギターだね。わたしのはこれ」
ケースを開けギターを見せると、女の子の目が変わった。
「ちょっ、これ、モズライトのベンチャーズモデル!? うっわ、本物初めて生で見た」
興奮気味に見てる。ちょっと怖い。でもキラキラした目で祖父のギターを見てくれている様子に、少し嬉しくなった。
「弾いてみる?」
何気なく言ってみた。聴いた感じ、わたしなんて比べるまでもなく彼女は上手い。だから大切なギターだけど任せても安心だろう。
「えっ!? ……んー……ちょっと一緒に来てくれない?」
少女は自分のギターを片付けると、わたしの手を引き速足で歩き始めた。
「ど、どこ行くの?」
「私のおじいちゃんのとこ。おじいちゃんはギター教室やってんだ」
おおギター教室のお孫さん。道理で上手いわけだ。
女の子に連れて行かれたのは、住宅街にある民家のひとつ。普通な家の門の横に『ギター・ベース教室』という看板が付いているのが少し違和感がある。
表札には『火矢尻』と書かれている。ひ、ひ? か……や、しり?
「おじいちゃんただいま」
「なんだもう帰って……お客さんかい?」
「お、お邪魔します」
玄関までは普通の家なんだけど、入ってすぐ横にある防音ドアを開けるとスタジオのような部屋があった。窓も二重だし、ちゃんと教室感がある。
「それよりこれ、この子のギター、見てよ!」
「珍しく友達を連れてきたと思ったら全く……すまんね、こんな孫で」
「あはは……」
最初話した感じだとクールというか、冷めた感じだったのに、ギターを見た途端180度変わった。本当にギターが好きな子なんだ。
「えっと、それでこれがギターなんですけど」
「どれどれ……おおぉ懐かしいな! 初期のベンチャーズモデルでしかもほとんどオリジナルじゃないか。かなり貴重だよ」
店員さんにも言われたけど、程度がいいレアなビンテージだから大切にして欲しいって、他人のものなのにそんなお願いするものなのかな。
「ひょっとして、お高いものですか?」
「んー……即金なら50万くらいで買うひともいるだろうね。店なら80万くらいで売っていそうだよ」
は!?
やばい、急に触るのが怖くなった。修理というか調整と手入れ、あとちょっとのパーツ交換で5万ちょい取られて高いなぁと思ってたのに、そんなもの比べものにならない金額が出てきた。
そりゃそんだけ高いならメンテだって高いに決まってるよね。
「えっ、じゃあ上手くなってから使わないと──」
「楽器はそういうものじゃないよ。高かろうが安かろうがやることは同じだ。練習用に安いギターを買おうだなんて、それこそ勿体ない」
そういうものなのだろうか。だけどぶつけたり落としたらどうしようって気になって練習に集中できなさそうだ。
とはいえ、結構傷々なんだけどね。祖父がどれだけ愛用していたかわかる。
「それでどれくらい弾けるのかな。少し聞かせてくれないか」
「実はこれから始めようと思ってこれを修理に出していて、今日引き取ったところなんです」
「なるほどね。じゃあ少し弾かせてもらってもいいかな。折角だしベンチャーズの曲をやろう」
おじいさんはギターを受け取ると、音叉を膝で叩いて咥え、音を調整する。なんか職人みたいでかっこいい。
そしてシールドを挿してアンプに通し、曲を弾きはじめた。
素人でもわかる、とても難しそうな曲。指がどこを押さえてるのかもわからない。祖父もこれ弾いていたのかな。
「これはベンチャーズのなかでも一番難しい曲で『キャラバン』っていうんだ。だけどベンチャーズには『ウォークドントラン』や『ダイアモンドヘッド』みたいな初心者向けの曲もあって、教本代わりには丁度いいんだよ」
へー。だったらまず、それを弾けるように練習してみよう。
多分祖父もそうだったんだろうし、丁度いい。
「そうだ、これも縁だから
「えっ私が?」
「ひとに教えるのも勉強のうちだよ。教えるためにはきちんとした理論を持ってないとできないからね。それでどうかな?」
えぇー教えてもらえるのは正直うれしい。教本見ながらひとりでやってたら挫折しそうだし。
「お金取ってもいいの?」
えっ!?
やっぱお金かかっちゃうの? 初心者セットで消えちゃったよ。
「プロじゃないんだから取ったら駄目だろ。それにお前の勉強のためでもあるって言ったはずだ」
「冗談よ」
よかった、最終的には習わないといけないと思ってたけど、さすがに今持ち合わせは……。
「じゃ、改めてよろしくお願いします! わたしは
「ああひとつ上なのね。私は
ありゃ1こ下か。でもギターの腕は比べるまでもない。年齢より年季。
それに、わたしが昔かっこ悪いと思っていた「おじいちゃん子」だ。だけど、こうなることもありえたわたしだ。もう手の届かない場所にいる彼女が凄く羨ましい。
もしわたしがくだらないことに拘らなければ、祖父に教えてもらえてたのかな。
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