第2話

イルナムとタロ


 弟子達に真剣に稽古をつけていたタロも、イルナムの気配を感じ取ることができた。タロはイルナムの方に歩いて行った。二人は数十年ぶりの再会を果たしたのである。


 イルナム、来ることはわかっていた。待っていたぞ。

 

 そうか、じゃ、出ようか。


 そうだな、出ようか。


 近くにVという飲み屋があったが、そこで待っている


 わかった、すぐ行く。


 タロは弟子達に残りの稽古の指示をし、着替えてイルナムの待つ店へ向かった。中に入ると奥のテーブルでイルナムが酒の入ったグラスを片手に持って座って待っていた。タロが席に座るとイルナムは店員にグラスをたのみ、そのグラスに酒を一杯注いだ。二人は自分のグラスの酒を一口ずつ飲んだ。イルナムが先に話し始めた。


 稽古中にすまんかった。


 そんなことないさ、こっちから君の所に先に行くべきであったんだが…


 しかし、立派な息子さんで驚いたよ。あの時、試合の途中 君の大事な… 同じ男として本当に申し訳なかった。もう子供は作れなくしてしまったのかと…


 割れたのは片方だけだった、幸いな事に。あの後、すぐに病院に行って手術してもらったよ。しかし、君のその鼻以前より高くなっていないか…


 骨折していたのを直してもらった。一時血が止まらなくなって。しかし、あん時はよくもあんな無茶な事が出来たな… お互い。


 若かったからな


 二人はグラスの残りの酒を飲み干した。イルナムが先に口火を切った。


 ハナとハルくんが恋愛中である事は私が関与することではないと思う。しかし、結婚となると話しは別だと思わんかね。ハナには俺の道場を継いでもらうつもりだし…あと、そっちのせがれにも家業を継がせるんだろ、

ミスタータロよ。


 ああ、その予定だよ。あいつには才能があるからなその点においてはハナさんも同じだろ。しかし、君のテクォンド道場と私の空手道場が一緒になるのは…


 ありえん ありえんな 


 二人の口から同じ言葉が同時に出た。黙って、お互い自分のグラスに酒を注ぎ、それを一気に飲み干した。今度はタロが先に話し始めた。


 しかし、ハナさんのお腹におる子供を考えると俺らの意志だけではどうにもならないと思わんかね、ミスターイルナムよ。


 子供? 一瞬イルナムの目に殺気が宿った。


 そう、ベイビーだよ、ベイビー。

 

 タロは真剣に手で妊婦のお腹を作りながら、こう質問した。


 まさか、知らなかったのかね。


 知らないわけないだろう、知ってたさ


 イルナムは必死に動揺を隠し、そう言った。そして、この前ハナがハルを紹介しに来た時、最後までハナの話しを聞かずにそのまま追い返した自分の行動を後悔した。


 しかも、式場と日にちも自分達で決めたそうだ。お客は親族と友人達だけだそうだ。全く、今の子達は手に負えん。我が国では結婚は一大事で、全部親と相談しておこなうのが筋なんだが… 君の国では違うのかね。


 いや、そんな事はない。君の国と一緒さ。あの二人はアメリカで生まれて育っているから俺らとは違う、それだけさ。


 二人は再び酒を注ぎ一気に飲み干した。しばらくしてイルナムが口を開いた。


 では、結婚のことは致し方ないとしよう。道場の事は しかし、どうすればいい…


 そりゃ、当然嫁が旦那を立てるのが筋なんじゃないのか、君の国でも、それは同じだろう


 男尊女卑っていつの時代の話しだよー、全く考え方が古すぎないか、夫婦別で道場を運営するのも…なくはないと思うがな。


 君と僕の道場の距離だと、それは…ちょっと。結婚早々に別居させる気か、非情すぎなんじゃないのか親として、これから子供も生まれてくるというのに


 二人はもう一杯酒飲み、しばらく黙り込んだ。タロがこう提案した。


 俺らだけでは話しがまとまらないから張本人達を呼んで四人で話そう、それしかない。


 同意見だ。 イルナムもそう思うところであった。二人は自分の酒代を各自支払って家に帰って行った。

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