寡黙な騎士と神の庭の姫君

紫田 あゆ美

プロローグ

 その昔、神々が人の世に降りて寛ぐ庭があったという。

 神の庭と呼ばれる聖なる庭園の存在は広く知られているものの、実際に見ることができる者はほとんどいない。

 そこを訪れることができるのは選ばれし者のみだからだ。

 選ばれし者の肌に刻まれた痣が、その場所への招待状であり鍵であると言い伝えられている。

 “聖なる庭の護り人、国を統べる一族から選ばれん。選ばれし者、神の庭にて民を守らん。”

 選ばれし者は実際に代々王家の血筋から選出されている。

 その存在は“護り人”と呼ばれ、神々の庭と民の安寧を願うことを使命とし、生涯を神の庭の傍で過ごすことが定められている。

 その存在は稀有で尊く、痣が出現すると、すべての民がその瞬間を知らされるという。

 国中の至るところに設置された、普段はただのオブジェでしかない繊細な細工の灯籠に明かりが灯るのだ。その光は視力を失った瞳にも見え、教会の祝福の鐘の音も、聴力を失った者の耳に届くという。

民は、読み書きを習うと同時に護り人の誕生について聞かされて育つ。

 護り人が神々の庭と民を護ると同時に、民もまた護り人を護る護り人なのである。


☆★☆★


 それは、いつもと変わらない1日の終わりだった。

 日中働いた民は各々の仕事を終え、ある者は帰路に就き、ある者は酒場へと繰り出していく。

 酒場が賑やかさを増し、酒に酔う者が現れだした頃……その瞬間は訪れた。

「ん? なんだこれ?」

 酒を飲んでいた者たちがキョロキョロと辺りを見回す。

 手を伸ばし、ソレを掴もうとするも、掴んだと思った瞬間に消え失せてしまう。

「花びら?」

「……これって、もしかして……」

 人々が顔を見合わせ、数人が店の外に走り出た。

 普段はただのオブジェでしかない細かい細工の灯籠に明かりが点っている。

 人々が顔を見合わせ、確信を抱いて小さく頷き合う。

「護り人だ!」

「護り人が誕生したんだ!」

 酒場は、先程よりも賑やかになった。護り人の誕生を祝う酒盛りに変わったのだろう。

 酒場の外でも人々は空を見上げて感嘆の声を上げていた。

 幼い子どもは空から降ってくる七色の輝きを放つ花びらを掴もうと走り回っている。灯籠に手を合わせる者の姿もあった。

「あぁ……護り人が誕生されたのか……」

 仕事中の事故で光を失ったはずの男性の目にもその花びらだけは見えた。窓を開ければ灯籠に点る明かりも見える。

 男性は指を絡めるようにして手を組むと、祈るように目を閉じた。

「……あら、音が聞こえるわ……優しくて澄んだ音色……護り人が誕生されたのね」

 幼い頃、病で聴力を失った女性が窓を開けて空を仰ぐ。雪のように舞う花びらは、天が護り人の誕生を喜んでいるように思えた。

「……綺麗」

 一生に一度あるかどうかの貴重な体験である。

 民は眠ることも忘れ、お祭り騒ぎで夜を明かしたのだった。



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寡黙な騎士と神の庭の姫君 紫田 あゆ美 @Ayu_S

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